
【十二月のお題について】
12月のお題は、「チューブ」(詠み込み)、「菌」(詠み込み)、「不自由」(しばり)の3つです。皆さまに季何学研究所の実験に加わっていただいて既に8ヶ月、もうこんなお題には慣れていらっしゃる事でしょう(笑)。
「チューブ」は、筒や管やそういった形状のものです。歯磨のチューブもそうですし、米国ではブラウン管のことも指します。もちろん、研究所の実験は多言語ですので「tube」での応募も可能です。となると、もう少し範囲は広くなり、日本のバンド名やロンドン地下鉄の別名であるTUBEも動画共有サービスのYouTubeも可能ですね。さて、当研究所とチューブの気になる関係(?)ですが、何気にベタで、研究所の内部には無数のチューブが巡らされているのです。所内の研究室に歳時記や句集を届けたい場合、缶詰にそれを詰め、正しいルートのチューブに放り込めば、数分後には目的の研究室に着く仕組みです。
「菌」には二つ意味があります。一つは黴や茸などの菌類。「菌」を「きのこ」と訓むこともできますが、その場合は顕著な子実体を形成する茸の類に限定されます。その場合は晩秋の季語で、そう訓まずに黴の意味として使うと仲夏の季語です。なお、黴菌(ばいきん)は黴でなく人体に有害な細菌を指しますので、季語ではありません。もう一つは、それこそ細菌などの類です。細菌は季語ではありませんが、赤痢菌が起こす赤痢もコレラ菌が起こすコレラ(虎疫)も晩夏の季語です。霍乱という曖昧な季語もありますが、菌によるものとそうでないものがあります。逆に、腐乱(腐爛)は概ね菌によるものです。ちなみに、私に『惑亂』という歌集がありますが、選歌中はずっと惑乱していました。しかし、ビフィズス菌、乳酸菌、納豆菌のおかげで霍乱も防ぐことができ、(ゾンビ化寸前でしたが)腐乱死体にならずに済みました。
「不自由」についてあまり説明することはありません。ポイントは、自由でなく不自由を詠んでいただくことです。できれば、冬館の中心に立ち、右手に歳時記、左手に俳句手帖をそれぞれ持ち、右足を芭蕉の生誕地に向け、左足を一茶の生誕地に向け、右目で冬空、左目で冬野をそれぞれ視野に入れ、鼻で冬林檎を嗅ぎ、口に冬苺を入れ、耳で冬の波を聴き、不自由か自由かわからない状態で詠んでみてください。きっと迷句ができることでしょう。
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【全体評】
12月の実験結果は素晴らしかったです。総合的な質は今までで最高だったのではないでしょうか。「今月の力学」に多くの句を頂きました。「天・地・人」「佳作」「今月の力学」、紙一重の差でした。特に、「今月の力学」には、他の実験でしたら佳作になっていたはずの句が二桁ありました。
「チューブ」は、絵具のチューブ、歯磨のチューブ、患者に繋がれているチューブ、チューブトップの4種類が多かったです。似た内容の句でもそれぞれ出来に差があって、激戦でした。しかし、良い句もチューブが一番多かったです。イメージしやすいモノだったからでしょうか。
「菌」も佳句が多かったです。逆に、「不自由」は説明的になりすぎた句が多く、実験のお題として少し難しかったようでした。
次の実験結果も楽しみです。
実験参加者の皆様におかれましては、今年もどうぞご健吟くださいますよう。2020年がさらなる飛躍の年になりますように。
はらわたに納豆菌の馴染むころはらわたに遣る艶めく肉を
ユーチューブに未来人たち出演し未来を語る十通りほど
名にし負ふ自由の女神は名を持たで信者を持たでながめせし間を
【天】
Nach der Strafkolonie wird der komplettset der Pilze geschickt. 髙橋小径
ユニークな発想。直訳すれば「流刑地に送られて菌(きのこ)の全部セット」。カフカの短篇「流刑地にて(In der Strafkolonie)」を思い出すが、シベリアの収容所コローニーのような場所を連想しても良いだろう。いかなる流刑地でも、そこには囚人だけでなく、刑務官やその家族たち、そして現地調達が不可能な食べ物や物資が当然送られる。不思議なのは、それがただのマッシュルームでなく、「菌の全部セット」なのだ。刑務作業で栽培実験を行うのだろうか。それとも、刑務官の家族にマッシュルーム・マニアがいるのだろうか。妖しい想像が湧いてくる。
【地】
hors du mycélium annulaire/rampe/un vieux capitaine 斎藤秀雄
直訳すれば「環状菌糸体の中から這い出て年老いた船長」。評者は、高柳重信の代表句「船焼き捨てし/船長は//泳ぐかな」の「船長」が年老いた姿を想像した。ミクロレベルに縮まり、何らかの液体が多そうなあたりの菌糸体に身を潜めていたのか、それとも、長年抜け出せなくなっていたのか。「mycélium annulaire」を環状菌糸体だと解釈したが、菌輪と解釈してみても良い。その場合はリング状に生えている茸の群から船長が這い出てくる、別の意味でシュールな光景である。また、capitaineは隊長やキャプテンとも訳せるが、評者は敢えて船長だと解釈してみた。
【人】
わたしの中に菌の楽園日向ぼこ 姫野理凡
いのちを肯定した句だと思う。細菌でも病原性を持たないものは多く、ヒトの肉体は数百種類の常在菌と共存している。冬の日ざしを浴びて自身の肉体をじっとあたためながら、作中主体はそこに宿っている菌を思い、それを「楽園」だと言い切った。生命の実感がある。
【佳作】
引きこもる人間に菌はあたたかい 小林瑞枝
こちらの句も、菌の存在にあたたかさを感じている。ひきこもりの孤独の中で無数の菌と一緒にいるあたたかさ、命そのもののあたたかさであろう。外界と距離をおいた日々が作中主体の感覚を鋭敏にしたのかもしれない、とも想像させる。
リスト弾く無菌の星にゐるごとく 小泉岩魚
「リスト」は、19世紀最高のピアニストであったリストのこと。彼は録音の時代にはぎりぎり間に合わなかったが、ピアノを弾いている姿は存命の頃から多くの画家に描かれてきて、リストがどのようにピアノを弾いていたかはそれらの絵画や当時の音楽家やファンたちの記録を見れば想像できる。特に、ピアニストとして現役のころ(引退後は、作曲、教育、宗教に注力した)は凄まじかったらしい。ピアニストによる単独のリサイタルを考えついたのも、暗譜でリサイタルを行ったのも、リストが史上初めてとされ、弾き方も帝王と魔術師と美神を合わせた感じで、リサイタル中は昂奮のあまり気絶する貴婦人が後を絶たなかったらしい。今風に言えば、世界一のアイドルであった。無敵である。作者はそれを「無菌の星にゐるごとく」と言ってのけた。言い得て妙。
やがて銀河菌糸がつなぐ菌と菌 鈴木牛後
「やがて銀河」が壮大な嘘であり、見立てを面白くしている。菌糸が銀河になることはないが、菌糸の小宇宙から銀河の大宇宙に飛躍することは決して難しくない。どこか形状的に通じるところがあるし(そこが見立てだろう)、小宇宙も大宇宙もシステムやネットワークといったもので構成されているからだ。
チューブぶちまける宇宙青褪める 潤目の鰯
対句表現による二物衝撃の句。青い絵の具で宇宙の絵を描いているものと解釈する必要はなく、チューブ(の中身)をぶちまけることと宇宙が青褪めることの(そのままの言葉の上では)因果関係が全くない二つの事象の衝撃を味わいたい。ミクロとマクロの対比も効いている。
宇宙飛行士めく月夜の尿道チューブ 玉木たまね
患者が尿道にチューブ(ステント等)を入れられるのは決して嬉しい状況ではない。点滴のチューブもすでに別にあるのかもしれない。医療機器にも囲まれているのだろう。しかし、その見た目はどこか宇宙飛行士を思い起こさせる。非常用酸素ポンプや命綱のロープが繋がっている宇宙服を着た飛行士の姿と遠い姿ではない。思えば、両者とも、管や機器に命を預けている状態なのだ。チューブの場所は違うが、中咽頭癌で普通の飲食ができなくなった春日井建が晩年に詠んだ歌「宇宙食と思はば管より運ばるる飲食(おんじき)もまた愉しからずや」とも呼応する。
身長が足りない月には行けない けりいせ
遊園地では、身長が足りないとジェットコースターに乗れない。同様に、近未来の地球では、身長が足りないと月への宇宙船に乗れない。一定の身長にならないと、乗り物のサイズに合わない、もしくは、小さい身体だと危険性が高い、というのが表向きの理由だろう。乳幼児の話だとすればそれだけだが、うがった見方をすれば、自分ではどうすることも出来ない、生まれ持った身体で差別されることも意味する。乳幼児だけでなく、先天的に脚が欠損していたり小人症だったりする人間も月には行けない。この句では身長の話だが、他の身体的特徴や遺伝子の話にも容易に拡張できよう。その先には、映画『ガタカ』(主人公は身体的事由により正規の方法では宇宙飛行士になれない)を彷彿させるディストピアがある。
チューブから煙のやうに産まれし僕 ましろなぎさ
「長寿の母うんこのようにわれを産みぬ」(金子兜太)の本歌取として読んだ。自然讃美の兜太句と正反対に、極限なまでに人工的で冷たい世界であるが、近未来実現されそうな世界でもある。善し悪しの問題とはたぶん違っていて、こういう出産が行われる時代は、科学力によって人類は「長寿の母」以上の長寿を得られるようになっているのかもしれない。
チューブから絞る聖菓の白き薔薇 木ノ下ラーラ
写実的な句。視点が、チューブ、その先、直下にある聖菓、そこに広がる白(クリーム)、白く描かれる薔薇、とスムーズに移動して隙がない。モノの描写に徹したことで、聖菓の白薔薇のデコレーションの描かれる様がリアルに浮かび上がってくる。
クラインの壺へチューブを入れて冬 鈴木麗門
クラインの壺は、クラインの管(チューブ)とも呼ばれ、境界も表裏の区別も持たない二次元曲面の一種であり、3次元空間に射影した見た目はチューブが摩訶不思議なつながり方をしてできた壺である。ただでさえ複雑なそのクラインの壺にチューブを入れたらどうなるのか。入れ方によっては幾何学な難問になり得る。数学者が凍りついてしまうくらいに、数学者がぞっと寒くなってしまうくらいに。それが冬に通じる。季節に通じたところで、これは幾何学から季何学に引き継がれる。
施設より又電話来る大根切る 斎乃雪
どういう施設か不明であるが、親か子か他の近親者が入所していて、何らかの早急に対応しなければならないことがあったのか、施設より電話が来て、しばらくして、また来た。食事の準備という日常の連続性が、施設からの電話という非日常によって切られている場面である。同時に、俎板の上では、大根という物体の連続性が庖丁によって切られている。
【今月の力学】
十本のチューブを生やし死んでゆく
絞り出すチューブの先の物語
あなたなら菌も愛しき流行り風邪
En realite/Manque de Humanite/Etouffe l’avis des majorite
粘菌の秘を究めけり昭和の日
古池に禁飛び込みの御触れ出し
不自由な手を攻めまくる藪蚊かな
転ぶ転ばぬ片靴のシンデレラ
聖菓置き気管チューブを確認す
マスクして細菌学の再試験
初日の出当直室の広き窓
束縛を受ける五体が満足で
菌と生き菌と育ちて七五三
ソプラノは雪女にはなれません
生臭き義手凍蝶を握りしむ
ライオンに麻酔勤労感謝の日
嫉妬とは納豆菌の一種です
smiling slime mold/decide to live/winter wilderness
粘菌の最短経路春立てり
浄土にも穢土にも同じ菌を撒く
裏地には百合が縫われた拘束衣
ヘルニアを病み枯れ木に凭れ手には棘
春の朝奴婢訓が待つ君を待つ
散るさくら激しキリンが燃ゆるほど
障害の在処は心もがり笛
過去の恋除菌をすれば初氷
チューブ外しホスピスを出て蝶となる
ハロウィンのゾンビが酔って菌を吐く
骨髄のチューブに溜まる聖夜かな
爆撃後チューブだらけの子が喘ぐ
朝昼晩、詩人の手にはペンと箸
原色の絵の具のチューブ夏の恋
無菌なるこれからの人初桜
足と手のこんがらがつてゐる聖夜
粘菌の伸び縮みするうららかな
いま少し三本脚のオイディプス
クリスマス腸内細菌不安定
チューブ乗るあの子の前世オーランドー
ねじ切れしチューブは極寒のかたち
たがための除菌たがための淑気
次の世は月の裏にて逢ひませう
木簡の無くて一句はしやぼん玉
チューブより射出成形おでん種
カーディガン羽織る排尿チューブつけ
熱燗や妻子ある吾となき汝と
トラディショナルチューブトップや晒布巻く
チューブよりまつかなあきがとびだした
みずいろのうまく死ねない空の下
永遠にタワーマンション停電す
イヤフォンと眼鏡とマスク一人旅
風薫る隣りの死臭気にしない
冬日差す菌と呼ばるる子の背中
冬ざれの色絞り出すチューブかな
歯磨きのチューブを立てて春の朝
不自由な光あふるる花野かな
二本鎖を暴かれクリスマスの菌業
身の内にチューブ犇めく大枯野
殺菌灯浴び凍蝶となりにけり
物理学実験棟の大嚏
身の丈に合ふ恋人とゐる寒夜
祈りの像祈りて彫るや冬銀河
一尺もあれば猫道遍路道
風死して三叉路の家相続す
点滴のチューブに繋ぐ冬銀河
嫌気性細菌は聖樹かもしれぬ
行く年のチューブワームにおいしい音楽
父へ繋がるあまたのチューブ美しき
霜夜来てチューブワームは聖火めく
保菌者を羨む13歳は駆け出す
まなうらをたどるほたるや八月六日
凍星や鼠の眠る無菌室
チューブから落ちる点滴冬の色
三日月も僕も田舎が大嫌い
わたしを離れわたしに戻る無菌室
暖房やチューブながるるねむきみず
母の99.9%除菌
俺の指が俺を離れてゆく寒い
初日の出スマホのおびたゞしき菌
L’hibernation est sabotée/par les mycétozoaires/de la boîte de caramels
不能腐爛的蘋果/享受文明的野蠻
イヤーマフめくヘッドホンからTUBE
仔のありし熊吊るされて山響む
初雪やあす屠らるる牛の額
黒葡萄ひとつつまんで少し死ぬ
世界が僕を黴菌扱いする
両脇を猫が固めてゐる三日
この線からはみ出てはいけません虹
プール・塾・習字・塾・塾・プール・模試
波濤は真冬避妊具の名はジョニー
冬日の病舎拘束の許可に印
冬菊の根元に半透明のチューブ
無菌の星屑のふる枯野かな
冬青空産んでチューブの腹凹む
囀や余計なものをたんと持つ
雨の日や菌はきらひ母は好き
イップスの人の誤字する深雪かな
救急車待つあひだなる懐手
たんぽぽや三秒ルールの菌の数
冬ひでり絵の具チューブを切りひらく
左足で立ち右足で歯を磨く
除菌スプレーは春光のかをり
凍死して無菌と言ふはつまらなく
ヒトの匂い四分三十三秒を
わたくしの弱る目に菌はよく見える
椿落つタイヤチューブは強張るる
祭囃子胃瘻チューブの向こうから
竃猫お伽話に閉じ込める
ばい菌はいつも鬼役石蕗の花
しろくまや改札口は右利き用
阿房列車チューブを抜けた先に月
光背から逃れられぬ仏かな
レコード盤離れぬ針や春の宵
居並ぶ菌床の一つになる
あなたへとチューブを辿るあたたかさ
こんぺいとうを菌の一派としてぬくし
手袋をはめて他人になる右手
入口も出口もない綺麗な立方体の部屋
冬木立ひろびろと絶望に似て
ひきがへる重なつたまま筑後次郎
太陽と地球に引つ張られる檸檬
短日の焦点合わぬ眼鏡たち
他人の恋うざいなプールサイドの痰
あの時の枯葉盥に洗ふチューブ
Hello首かしげたままの歯磨きチューブ
une femme en haut tube/monte à l’échelle/pour vendanger les fruits solaires
il y a/autant de menottes ouvertes/que de cœurs dans les bouteilles
a través de una ruta tubular/unas mariposas/accionadas por vapor
unas luciérnagas van/al fondo del mar/para buscar las bacterias electrógenas
Estoy amordazado/con un reloj./Gruño cada hora.
【助手の一句】
だいじょうぶわたしないからそういうの
【添削】
抗菌の吊手を握る手套かな
このままでも良いが、吊手と手套の「手」の重なりがややうるさい。助詞の「を」もできれば省略したい。「吊手」を「吊革」と言い換えてみるのはいかが。「抗菌の吊革握る手套かな」
tubeworms try/to communicate/with the Pleiades
散文的なので、語順を少し変えてみたい。「trying to communicate/with the Pleiades/tubeworms」
星離れイスカンダルや目指す菌
この中七の「や」はシンプルに「を」で良いと思う。上五「星離れ」は、イスカンダルを目指している以上は、もとの星を離れているので、省略して、別の上五を持ってきたい。
チューブワームと共に生きぬく身となりぬ
下五「身となりぬ」が蛇足。もったいない。下五に季語か何かしらの追加情報を。
消臭と除菌をされし昼寝かな
昼寝の最中に消臭と除菌をされているのはちょっと面白い。しかし、消臭と除菌の両方は俳句的には欲張り。どちらか一つにしたい。そのかわり、空いた部分に、情景描写を追加すると句がさらに良くなる。