
【十一月のお題について】
今月の実験は先月よりは少し簡単かもしれません……しれません、えぇ、かもしれません……簡単すぎでしょうか、いいえ、そうではないかもしれません……
ハッ、寝かかっていました!
さて、まずは「アンダー」(詠みこみ)。「under」のことだとすれば、「アンダーグラウンド」、「アンダーウエア」「アンダースロー/アンダーハンド」「アンダーヘア」「アンダーバスト」といった言葉がすぐに浮かぶでしょう。「アンダーグラウンド(地下)」は村上春樹のノンフィクション作品の題名でもありますし、カンヌ国際映画祭でパルム・ドールを受賞した映画の名前でもありますし、ロンドン地下鉄の名称でもあります。「アングラ」と日本風に縮めるとニュアンスが変わってしまいますね。「アンダーヘア」は和製英語です。詠みこみなので、「コリアンダー」「アンダーズ東京」「アンダーソン・毛利・友常法律事務所」などもアリでしょう。当研究所アンダーグラウンドに置かれている冷凍睡眠カプセルからなかなか起き上がってこない所長はコリアンダー(パクチー・香菜のこと)が苦手のようで、OR6A2遺伝子に突然変異を持っているとのこと。睡眠中に治ることを期待しているらしいです(私に治せと言うのか!?)。逆に、所長代理の私はコリアンダーが大好きで、どんぶりに山盛りにして、ドレッシングをかけていただいたり、ビールにコリアンダーのパウダーを振ってみたり、ミントのかわりにしてモヒートにしてみたりするのが好きです。季語警察に捕まりそうですが、個人的には夏の季語にしてしまいたいです。
「液」(詠みこみ)は、自由度が高いです。「液体窒素」「液漏れ」「胃液」「血液」「体液」「溶液」「美容液」「不凍液」といった言葉はよく使われるでしょう。液体窒素は、所長の冷凍睡眠にも使われていますが、胃液や血液といった体液をうまく凍らせないと身体中が破壊されてしまうので、当研究所では独自の自由律溶液を不凍液として使っています。所長の安全のためには、冷凍睡眠カプセルの電池が液漏れしないようにも気を付けています。また、安全と関係ないところでは、所長の(いつになるかわからない)寝起きのときに最大の効果を発揮する無季美容液を開発しました。これは、所員たちにも好評なので市販化を考えています。
あと、そうそう、そういえば、所長が好きな短歌に塚本邦雄の「革命歌作詞家に凭りかかられてすこしづつ液化してゆくピアノ」があって、当研究所では、わざわざ革命歌作詞家をタイムマシンでレーニン時代のソ連と文化革命時代の中国から20人ずつ呼び出し、ピアノにはスタインウェイ、ベーゼンドルファー、ベヒシュタイン、ファツィオーリ、プレイエル、エラール、シンメル、ペトロフ、ヤマハ、カワイ、オオハシ等を用意して、「液化」する様子を観察実験してみました。そして判明したのは、革命歌作詞家の国籍、体重、ピアノのメーカー、革命歌作詞家とピアノの相性といった要素だけでなく、革命歌作詞家の霊媒体質が重要だという事です。ピアノが液化するためには、99%の汗(努力)よりも1%の霊感が重要なのです。ちなみに、立冬の後に、ピアノが液化したときの液を入れて気象季語装置を発動させると空から「液雨」が降ります。
三つ目は「幸福」(しばり)。不幸の句に比べて、幸福を感じさせる句というのは遥かに難しくて、下手に作ると、自慢か手前味噌かマウンティングかのろけ話かお涙頂戴か他愛のない報告になってしまいます。宝くじで六億円当たりましたなんて句があったら、多くの読者が抱くのは祝福の心でなく嫉妬か殺意でしょう。しばりですが、幸福という言葉を詠みこんでも問題ないでしょう。○○の科学、○○実現党といった宗教関連の団体もありますし、最近は「幸福洗脳」というファッションブランドもあります。「幸福の木」という観葉植物もあって、当研究所の玄関にも実験台の幸福を願うために鉢植えが一つ置かれています。
お後がよろしいようで。
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【全体評】
「アンダー」の題詠は、前月の「ガイド」や前々月の「サービス」よりもバラエティに富んだ語彙を活用できたせいか、無理が少ない句が多かったと思う。全体のレベルも上がっていて、選句が大変だった。「液」も同様に、「反応」や「媒」に比べてうまく詠まれている句が多かったように思う。つまり、前月や前々月よりも簡単だったと言えるが、秀句佳句の数はほぼ変わらず。大きな違いは、今回の方が伝統寄りの句に採れるものが多かったことで、これは前述の無理が少ないことと関係している。「幸福」の句は数が少なかったが、どう読んでも幸薄そうな句(?)は多かった。
トーマス・A・アンダーソンの逮捕記事見つからず朝の一杯を乾す
パクチーとコリアンダーと香菜のおかはりくださいパクチー多めで
米国は卓の下(アンダーザテーブル)と言ふ瑞穂国の袖の下のこと
芥子(けし)の液ねつとり丸め致死量の寸前まで吸ふごとし債務は
幸運の女神は強きものだけを助くたとへば核持つものを
委員長と大統領は比べあふ核ミサイルの嘘のサイズを
委員長と大統領は比べあふおのが髪型支持する声を
一抹の雲のごとくに肉慾は脳を掠めて去りゆくところ
(天)
精鋭の精液筒に凍りたる 姫野理凡
「凍りたる」とあるが、液体窒素等を使って人工的に凍らせた話なので無季の句である写生句だが、この句は描写の良さでなく、句材の珍しさで勝負しているところがある。無論、句材だけで良い句になるわけではなく、良い句にしているのは「精鋭」という主観が実感になっている魅力だ。「精鋭」という言葉の背後には、期待もあるし、精液を供出した生命体への信頼と同情もあるだろう。
さて、ここで問題になるのは、精液を供出した生命体であるが、たぶん人間でなく家畜であろう。なぜなら、一般的な手段として、人間の場合は「精子」を凍結させ、家畜の場合は「精液」を凍結させるからである。
人間の精子凍結が行われる場合は、人工授精や体外受精(顕微授精)を行う予定で事情により新鮮な精子が使えない場合、全体的に数が少なかったり動きがよくなかったりしたときに精子を蓄積する場合、精巣悪性腫瘍等において精子を保存する場合の三通りが主であるが、融解後に精子を選びぬいて使用するため、精液丸ごと凍結させることはまずない。精液を加温で液化させ、遠心分離で死精子や不純物を除去して高比重である精子を回収、さらに精子を守る凍結保存液と混和し、その後保存チューブに移して液体窒素で少し冷却、最後に-196℃の液体窒素で凍結させることになる。
家畜の精液凍結は、育種改良、ジーンバンク、雄の広域利用等を目的とする場合が多く、多分に優生学的だ(人間だと人権上の大問題になってしまう)。「精鋭」とあるので、育種改良を目的としているのかもしれない。対象の家畜は牛、豚、馬が大半であるが、その精液が期待されるほど精鋭なのだろう。凍結精液は融解後に注入すれば使えるので、精液は希釈・分注後にそのまま液体窒素の蒸気で凍結させる事になり、チューブでなく筒や缶に保存される。
なお、精液のまま保存される事は稀であるが、人間として解釈することも一応は可能である。その場合、ナチス的な優生学の意味での「精鋭」という事になり、非常に怖い句になる。また、極端な解釈であるが、インテリジェント・デザイン(ID)説のように、高度な知的生命体が人類を造りだす過程で何らかの種の精液と凍結保存したともとれる。
(地)
火と水を使ふ幸せ石蕗の花 弓緒
「火と水を使ふ」とは大きく出た。確かに、人類は火と水を太古より使っている。それこそ大規模な公共事業や戦争といったものから、毎日の仕事や家事まで、人類ほぼ全員が何らかの形で直接的間接的に、物理法則に従って火と水を使っている。火と水の使い方を高めていく過程で文明が築かれてきたと言っても過言ではない。作中主体も当然火と水を使っているわけだが、使うことに「幸せ」を感じている。この世で生活する喜びを実感しているのだ。取合せの石蕗は、暗緑色の葉が地味ながら花の黄が鮮やかで、作中主体の実直さや幸せと結びつく。中七下五でツ音ワ音の韻を踏んでいるのも良い。
(人)
Premiumaraboundereviewithoutabooblivioneglectingloomyouth 斎藤秀雄
実験的な俳句。英単語が並べられているが、切れ目がないどころか、二つの単語が一字以上を共有する形でつながる箇所を複数持つ長大な一つの文字列になっている。私が認識できたのはpremium/ Arab/ bound/ under/ review/ without/ taboo/ oblivion/ neglecting/ gloomy/ youthで、もっとあるかもしれない。ただの単語の羅列ではなく、意味をなしていて、一例としては「Premium arab bound under review without taboo」「oblivion neglecting gloomy youth」の二つのフレーズから成り立っているように考えられ、政治的な示唆(というか批判)に富んでいる。ちなみに、英語は同じ字でも言葉によって発音が変わるので、言葉が字を共有する形でつながっているこの句は朗読向きではなく、あくまでも書かれている状態で味わうべき句だと思う。
(佳作)
草上の液体として蛇走る 安田中彦
見立ての句は難しく、陳腐で終わるか上滑りするかでいずれの場合が多いが、「草上の液体」は良い塩梅だと思う。水のような動きだけでなく、「液体」という言葉には無機物感があって、それが爬虫類の不気味さとも通じている。
私が枯れると空が広がる 古田秀
自由律。一読、不思議な因果でハッとなる(俳句としてはその時点で及第点)。しかし、よく考えてみれば、心象風景だとすれば不思議ではない。心が枯れてしまっている状態で青空を見上げれば、いつもよりも広がりと透徹した明るさが感じられる筈だ。心象風景として読めば「枯れる」という言葉があっても基本的には冬の句にならず、無季の句になるが、やはりこの空には冬のイメージがあって、植物と一緒に私という存在が枯れてしまっている冬の句だと解釈することも可能である。
アンダーパスの底は世の底なる月夜 鈴木牛後
『デジタル大辞泉』によれば「アンダーパス」とは「1 立体交差で、掘り下げ式になっている下の道路。くぐり抜け式通路。⇔オーバーパス。2 鉄道や道路の下を通る地下道」だそうである。どちらの意味にせよ、何らかの下に掘られた道であり、暗いイメージしかない。特に「夜」だから、多少の照明があったにせよ暗さが感じられる(短いアンダーパスだと照明がない場合もある)。「底」とあるので、このアンダーパスが平面でなく、入口から中心部の底(たぶん上を通る道路や線路の真下)に向かって下りてゆき、そこから出口に向かって上がるU字構造になっていることが判る。そして、その底から上がろうとするときに、狭い視野の先に「月」が見え、自分の場所が「世の底」のように思えたのだ。
アンダーバスト測るをのこや芋の秋 篠田大佳
「をのこ」(男子)がアンダーバスト(和製英語で、乳房の下で測る胸回りのこと)を測っている。たぶん自身のアンダーバストだろう。普通、アンダーバストを測るのはブラジャーを買うときである。トップ(乳房の頂点で測る胸回り)及びトップとアンダーバストの落差でサイズを決める場合が多い。男性用ブラジャーも流行っているらしいが、頻度から考えれば、女性用ブラジャーである可能性が高い。トランスジェンダーが女性装したい場合やトランスヴェスタイトが普通に女装する場合が考えられる。近年、「男の娘」(おとこのこ)という存在もある。舞台で女形のような女性役を演じるため、イベントでコスプレするため、といった状況もあり得る。さらに、ブラジャーのためでなく、胸筋を鍛えているボディビルダーが(男性でも)アンダーバストを測ることはある。この句の場合、どのシチュエーションか不明だが、現在はまだ珍しい情景を目撃して作中主体は驚きを感じているようだ。同時に、「芋の秋」という季語が示すように、その「をのこ」が測っている手つきは、慣れていないのか、どこか非常に芋っぽいのだろう。だが、里芋の皮がずるりと剥けるように、その「をのこ」は大変貌するのだ。
無論、「をのこ」がアパレルの仕事などで女性のアンダーバストを測っているという読みも可能である。その場合でも、新米なのか、彼のどこかに芋っぽさがあるのだろう。
いつだって麗子の顔で毛糸編む き乃
世の中には多くの麗子が存在しているが、俳句で詠む場合は岸田劉生の娘・麗子を指す場合が殆どである。この句の場合も、劉生による数多の「麗子像」で有名な岸田麗子のことだと思って大丈夫だろう。但し、間違えてならないのは、本物の麗子のような顔でなく、広く知られている麗子像のようなデフォルメされた、不気味、しかし愛らしい顔として解釈しなくてはならないことだ(残っている写真を見たかぎり、本物の麗子と麗子像は似ても似つかない)。作中主体がそういった顔で編んでいるのか、作中主体にとって大事な存在(例えば自身の娘)がそういった顔で編んでいるのかは定かではないが、どちらの場合でも俳諧的な諧謔があって一寸面白い。上五の「いつだって」が効いている。
時雨るゝをあやかし走りぬけて虹 ぐ
「時雨るゝをあやかし走りぬけ」という長くつづけることで「あやかし」が実際に走っていった時間を感じさせ、下五の途中になって「ぬけ」たところでやっと「て」の軽い切れが入り、最後に時雨から一気に「虹」に転じたのが技だと思う。「虹」は夏の季語だが、どの季節にもあるので、この場合は「時雨るゝ」で初冬の句。季重なり(しかも季違い)でも気にならない。
闇汁のアンダーグラウンドよりハム 西村麒麟
「アンダーグラウンド」は本来「地下」という意味。「闇汁」だと物理的には「水面下」になってしまうが、暗闇の中で意識されるのは見えない水面ではなく、下に投入されている得体のしれない、予想のつかない食材であろう。そういう意味での「地下」感であり、「アンダーグラウンド」を略した「アングラ」が持つ「出所不明」や「独自の主張をする前衛的で実験的」というイメージそのものである。前の句と同じく、最後に「ハム」が出てくるまでに音数を使っているのが技で(しかも中八)、その長い緊張感の後、取り出した食材が意外だが比較的食べやすい「ハム」だということで作中主体はやっと安堵できるのである。
Örtlich betäubt wird der Wolkenkratzer
Verflüssigen. 髙橋小径
直訳すると「当地呆気に取られ摩天楼は/液化」。無機物の少し滑稽な幻想詠という体裁であるが、社会もしくは人間を詠んだ句としても充分解釈できよう。いかなる立派なシステムでも、それが液状することなく形状を保つには、環境との適切な関係が必要なのだ。
抱きしめてアンダーシャツの汗匂う 中原政人
「アンダーシャツ」とは、野球などのスポーツで肌につけるシャツのこと。適度な圧迫が筋肉の動きを助ける他、乳酸や老廃物の排出を促す機能もあると言う。速乾性のタイプもあるにはあるが、アンダーシャツはすぐ汗塗れになる。さて、作中主体はスポーツを終えた後の人物を「抱きしめて」いる。相手がアンダーシャツの上にユニフォームやスポーツウェアを着ている状態なのか、それとも、もう少しプライベートな場所で、アンダーシャツしか着ていない状態なのか判らないが、抱きしめている実感が、抱き心地の触覚とともに「汗」の「匂」いで嗅覚を通じてもある。アンダーシャツから汗が匂ってきているところが適確だ。ユニフォームやウェアだと汗臭さよりも泥臭さだろうから。
抱き上ぐる猫に冬日の温みかな 金子 敦
こちらの句で抱いているのは「猫」。猫の平熱は人よりも高くて、38度台くらいとされているので、冬場に猫を抱くと「温」(ぬ)くく感じられる。しかも、日向ぼこをしていたらしく、高めの体温だけでなく「冬日」の「温み」も加わっている。そりゃあ、そこにいたら「抱き上」げますよ、かわゆいんだし。
(今月の力学)
泣き黒子なくて液果のやうな君
不幸の逆や体操で手に入る
アンダー18君の目は針の標的
体液を満たし蛹は明日のうすみどり
修正液ぽとり青春が消えた
血/液/の/落/ち/て/広がる九月かな
日記買ふ血液検査終へし夜に
Mein Schatz,/Dein ruhiges Antritz/Macht mir gesetzt
寂しさでワタクシ液化しています
小春日や娘の彼と顔合わせ
あめと寝るむかしの雨と知りながら
少年の精液うすめプール月
石鹸玉地球は液体だと思う
元日も薬液のみに生かさるる
熱燗は神つくる液拝し酌む
言の葉の裾をととのへ横たふる
いい人にはなれませんからぱぴぷぺぽ
お茶しつつ断捨離ルロイ・アンダーソン忌
そこはかとなく満ち足りて日向ぼこ
オリーブやオノコロ島の夢をみる
¿Qué hora es? Es tiempo de vuelo de domingo.
精液のなかつたころの恋の春
薬液はヒトと混ざりて冬薔薇
夏の月夢の中ではしあはせです
幸福は電気羊のやうなもの
よろこびの機械は自爆するかもしれぬ
in the darkness/an undertaker and a banshee/met in secret
木枯や液体みつる耳の果
question marks/caught on my sweater/such a happy day
アンダーアーマーのシャツ干されたり捕鯨船
廃液の湯気立ちのぼる運河かな
賢くて間抜けたる子や枇杷の花
アンダーライン引くも引かぬも廃棄され
冬薔薇や手の柔らかき娘たち
疣を焼く液体窒素冬の鵙
星涼し液状化する聖家族
血液を量り売りする保安官
闇市を幸福売りが練り歩く
窓際でアンダーラインが脱線する
雪の雷アンダーラインを消すライン
転生の一日目なら雪蛍
諍いの裏に廻って大根炊く
湯婆に抱かれ胎児として眠る
血液洗浄/(蚊)/わたし → わたし
夢見るや薬液中の脳髄も
開戦日は明日よミセスアンダーソン
雲の峰剥がれ落ちずにいる虚構
小春日のアンダーヘアケセラセラ
手付かずのページを捲る寝正月
精液の中の私よ引き返せ
ひとときの液で暮らしている女
アンダーで投げるひよこと下着かな
白鳥来アンダーバストのすぐ下に
液体の凍てて個体になる朝
ゆつくりと小鳥を放つ終の家
ただ髪を遊ばせている枯野人
蜜柑の香アンダースローで越境す
減量の明けて汗掻く食事かな
運命線の重なる握手
春光やアンダースローにもらふ鍵
空風はサーターアンダーギーのなか
手袋はしないで帰る握手会
幸福の王子の智歯を抜く霜夜
Unter einer Brief,die Reisfinkenzunge dreht so tief.
「アンダー・ザ・シー」かけながら社会鍋
時雨るやアンダーパスの壁に顔
裁判官いつもアンダーバーの口
ペディキュアの小指がすごく決まる初夏
液漏れを許してしまふ周波数
船に積む金羊毛と悦に入る
着膨れて母と息子の二人乗り
初空やチンピラのアンダーウェアはピンク寄り
毛糸編む眼鏡のつるを嗅いでしまう
お湯の出る蛇口をもらふ露伴の忌
小鳥来て幸福論を啄みぬ
液漏れの電池安らか冬銀河
undercurrent—/underestimate of understandings
冬の果アンダーバーに埋まりたる
海鳴りを聞く初雪の大伽藍
負の蜷局(とぐろ)静かに静かにアンダーへ
アンダーパスの口黒々と夏出水
オスバン液の匂いの中をゆく朧
みしみしとがたがたとぱん音が在る
(助手の一句)
冬や指なぞるアンダーウェアの痕
(添削)
春の月雄猫さはぎ液状化
雄猫が騒いで春の月が液状化したのか、春月の下で雄猫が騒いで液状化したのか、一読わかりづらい。前者なら七五五のリズムになるが「雄猫さはぎ春月の液状化」、後者なら「春月や騒いで猫は液状化」などとするだけでわかりやすくなる。
二十世紀の友と抱き合ふ温かし
この「温かし」は二人の体温及び友情による抱擁の温かさであろう。春の季語である「あたたかし」は気温に起因するものであって、体温や友情のあたたかさのことではない。それに、無季の句だとしても、抱き合って体を温める、旧交を温める、のいずれも当たり前なので、「温かし」は避けたい。「二十世紀の友と抱き合ふ着膨れて」とか、下五に色んな言葉を入れて試してみたらどうだろうか。
太腿へ挟む爪先月冴ゆる
「太腿へ挟む爪先」がわかりづらい。「太腿に挟む爪先」か「太腿を挟む爪先」か。
液体廃棄物の海流放出監視せよ
下五のせいで標語になってしまっている。それにやや説明的だ。「海(流)」と「液体廃棄物」という二つの単語があれば、どういう状況なのか読者に伝わる。無季にしておくならもう一つ情報を追加したいし、季語を入れて有季にする手もあろう。
液漏れのするピンクローターの電池
液漏れしているのは電池のことだが、(電池が入っている物が物だけに)人間がしているかのようである。たぶん掛けているのであって、その掛けが句のポイントなのでそれは維持したい(この掛けがなければただの電池の液漏れ報告)。維持したくないのは「液漏れ」と「電池」の言葉の距離。両者を近づけたい。一例だが「ピンクローター電池液漏れする夜かな」など。
幸せはライトノベルの軽さほど
発想は面白いが、「ライト」と「軽さ」が被ってしまう。せっかくなので、下五を少し面白くしたい。「幸せはライトノベルの執事ほど」とか。