2015年8月31日

西鶴研究会、ご報告と所感(染谷智幸)

西鶴研究会、ご報告と所感

 昨日、8月27日(木)午後2時より6時まで、西鶴研究会が青山学院大学で行われました。いつものことですが、青山学院の篠原進氏に場所の手配その他万端お世話になりました。心より感謝申し上げたいと思います。

 さて、今回は発表一つ、講演一つの構成でした。
 発表は有働裕氏の「「恋草からげし八百屋物語」考-『天和笑委集』と『御当代記』」。研究史を丹念に調べた上で自説を展開することに定評のある有働氏ですが、今回は「モデル小説からの脱却」というのが全体のキートーンで、『天和笑委集』などの周辺資料を駆使しながら、お七が実在したという前提に立つことの無理・限界を指摘、その前提を放擲して自由にこの物語を読むことを提唱されました。
 矢野公和氏のお七論とも重なってなかなか興味深い発表になったと思います。
 会場の反応も大方は賛成の方向であったと思います。私も基本的にはもう「モデル小説」なり実在云々は外すべきだろうと思っているのですが、これは会場でも質問したように、もし有働氏のように読むとした場合、このお七物語の基本的構造(恋人に逢いたいがための付け火)自体も西鶴の創作によるのか、という別の問題が起きてくると思われます。
 「恋草からげし八百屋物語」始め『好色五人女』の各編は、既に指摘もされているように歌舞伎・浄瑠璃の構造を真似て、主筋に、別筋やら伏線またチャリ場等が複雑に絡んで膨れ上がっています。その膨らましに西鶴の見せどころがあったというのが大方の指摘でしょう。とすれば、モデルというのでなくとも、江戸に恋人に逢いたいがために付け火をした少女が居たぐらいの話は出回っていたと考えるべきではないでしょうか。そうでないと、この「恋草からげし八百屋物語」を書いている西鶴の姿勢がよく分からなくなってしまうのです。
 当日、時間が無かったので、この辺りについては更に有働氏と議論をしてみたいと思っています。
 次の石上阿希氏のご講演「春画・艶本研究の過去・現在」はこれまた興味深い内容でした。
 石上氏はいま春画研究のホープとして最も注目されている若手春画研究者です。世界を飛び回り、今一番多くの春画を実見しているのが彼女でしょう。それだけに一言一言に説得力があります。国際浮世絵学会で新人賞を受賞されたのも宜なるかなです。講演の内容は、題目の通り、春画・艶本研究の過去を振り返り、その厳しい苦節の時代から、黎明を迎えつつある現在までの歴史を述べて、最後に、林美一氏の『艶本江戸文学史』(1991年)の一節をもって結ばれました。

明治以後現在まで断続的につづけられてきた艶本研究は、余りにも不完全でありすぎた。私は江戸艶本を極めるについて、遂に江戸の出版文化を研究する上には、どうしても江戸艶本を解明しておくことが急務だという信念を持つに至ったのである。それが終わった上で、本来の江戸文学研究に戻ったところで遅くはない。

 この、艶本研究をきちんとしていない江戸文学研究は不完全である、は実に重い言葉です。確かに、江戸文学研究者は艶本研究から逃げてしまっていると言われても仕方がないかも知れません。私も『男色大鑑』研究から西鶴研究に入っていったので、この点はよく分かります。男色が分からなければ、武士を扱った文学や、芝居は理解できないのではないかと思っているからです。
 それはともかくも、西鶴研究においても艶本へのブレーキが研究自体を歪めていないか気になるところです。過日も、ダニエル・ストリューブ氏(パリ・ディドロ大学)が国文学資料館主宰のシンポジウム「男たちの性愛-春画と春本と」(2014年12月)において「西鶴晩年の好色物における「男」の姿と機能」という題で発表され、従来から西鶴作品として評価の低い好色本の再評価を試みて居られました。西鶴研究者も改めてこの問題を洗い直す必要があると思います。
 また、そのことと絡みますが、当日質問に立たれた中嶋隆氏が、江戸文学研究には表と裏があり、両面必要なのだが、林美一氏は裏を強調されすぎたきらいがあると指摘されていました。こちらも長年、日本の津々浦々まで春本を実見して来られた中嶋氏ゆえに重い言葉です。何を表とし裏とするかは議論のあるところでしょうが、そうした両面からこの問題を見ることは極めて重要だと思います。
 なお、石上氏が講演の最期に触れた、立命館大学アート・リサーチセンタ-の「オンライン展示、春画を見る、艶本を読む」には驚かされました。大英博物館の春画展示を、日本でも試みようとして引き受け手がなかったという話はのは有名ですが、それならばバーチャルでやってしまえという企画でありましょうか(そこまで過激ではないのかも知れませんが)。
 版画はやはり実見しないとその良さが分からないと思いますが、こうした試み自体が「今」を意識していて実に良いと思います。西鶴研究も見習わねばなりません。まずはこのブログ、もうすこし投稿者が増えると嬉しいのですが。。。(了)

2015年7月11日

次回の西鶴研究会のプログラムが決まりました(染谷智幸)

次回の西鶴研究会のプログラムが決まりました。

日時:8月27日(木)午後2時~6時
場所:青山学院大学総合研究ビルディング18会議室(10階)

《タイムスケジュール》
2:00 研究発表(有働裕氏)
3:00 質疑応答
3:40 西鶴に関する新企画について
4:00 休憩
4:10 石上阿希氏ご講演
5:10 質疑応答
5;45 総会
6:00 終了

今回は、通常の研究発表(有働氏)と前々回に問題となった、中高校生等の若い人たちに向けた西鶴入門書の企画提案、そして石上阿希氏の春画に関するご講演の三本立てになりました。

石上さんには、今回、春画研究の今日的問題についてご講演をお願いいたしました。ご存知の方も多いかと思いますが、彼女は、春画研究を牽引する若手研究者として今一番注目されている方です。日本はもちろんのこと、世界を飛び回って多くの春画を調査されると同時に、大英博物館などの春画展の企画にも携わり、成功裏に導いて来られました。このほど、その功績が認められて国際浮世絵学会の新人賞を受賞されました(本年六月七日)。

その受賞記念のスピーチを私も拝聴させていただき、たいへん啓発されました。
ご存知のように、大英博物館を始めとするヨーロッパの春画展は大変好評で、春画展に来館されたほとんどの方たちが、春画を好意的に評価されたようです。ところが、本家本元の日本の美術館・博物館が大英博物館の巡回展を敬遠するなど、いささか冷たい反応を繰り返しました(永青文庫が意を決して今年九月から春画展を開催するとのこと。ただしスポンサーはつかないようです)。石上さんは、そうした春画の今日的問題の背景を探るべく、日本近代における春画への眼差しを丁寧に追いながら、日本の文化が多様性を失っていった過程をスピーチで解き明かされました。

私は今まで、春画に特別な関心持たなかったのですが、韓国の古典文学、特に小説を研究する過程で、似たような問題に直面したことから、改めて関心を持つようになりました。良く知られているように、朝鮮の文物は儒教(朱子学)の影響もあって、あまり性的に生々しいものは残っていないのですが、『卞強釗伝』(ピョンガンスエジョン)や『紀伊齋常談』(キイチェサンダン)のような、極めてエロチックなものが突如噴出することがあります。それでその背景を探っているのですが、どうも朝鮮時代前期までに相当数あったエロチックな世界が、後期に多く失われてしまったようです。

たとえば、朝鮮半島にはかつて「性石」(男根・女陰をシンボライズした石や岩など)たくさんありました(朝鮮半島には岩石が多くあることが原因でしょう)。しかし、そうした性石の多くが、朝鮮時代に破壊されました。背景には、その朝鮮時代後期に儒学(朱子学)が台頭し全盛を誇ったからのようです(『韓国の性石』김대성著、1997年)。本来の儒教に、性に対する強い忌避があったと思われませんが、朱子学(宋学)以後の儒学は何よりも秩序を重んじました。そのために風俗紊乱に極めて敏感に反応したと考えられます。

これもよく知られているように、日本の美術館・博物館の多くは明治期の成立ですが、この時期には徹底した西欧化と同時に儒教化が図られました(柄谷行人『日本精神分析』文藝春秋2002、與那覇潤『中国化する日本』文藝春秋2011、小倉紀蔵『朱子学化する日本近代』藤原書店2012など)。明治期の日本に、男女の性に関して不寛容な二大宗教がダブルパンチで襲来したのですから、本来、性に寛容であるはずの美術・芸術と言えども硬直化してしまうのはやむを得ぬ仕儀だったかもしれません。西欧の美術館・博物館より日本の美術館・博物館が性に対して不寛容なのは、そんなところに原因の一端があるかとも思います。

いずれにしても、この明治以降に西鶴も風俗紊乱の原因として検閲を受け、本文に伏字などが施されたりしました。文と画との違いはあっても、同じような経路を辿ったわけですから、その経緯を比較してみることは有意味だと思います。特に西鶴は、その明治以降の西欧化の中から、また再発見もされたわけですが、同様に浮世絵もフランス印象派のジャポニズム、春画も昨今の欧米からの再評価と、同じような視座から批判と評価を受けています。この現象をどう考えるか。

今回の石上さんのご講演を拝聴しながら、そんなことを考えてみたいと、今から楽しみにしているところです。なお、近日中に有働さんの発表要旨、石上さんのご講演の題目などを会員の皆様には送らせていただく予定です(このブログにも掲出いたします)

2015年2月25日

西鶴研究会のブログ、スタートします

西鶴研究会は、今までHPを主たるメディアとしてきましたが、
40回目の研究会を機に、ブログとして改めてスタートすることになりました。
よろしくお願いします。

そこで早速お届けするのが、篠原進氏の『武道伝来記』論です。

篠原進「『武道伝来記』の〈不好容儀(いやなかたぎ)〉」(「青山語文」45、掲載予定)
http://kasamashoin.jp/saikaku/2015/02/45.html

このご論考はこの3月26日(木)の研究会で行われる武家物の3発表、とりわけ井上泰至氏のご発表にむけての前哨戦というスタイルを取っています。
ゴングが鳴る寸前に、場外からいきなり仕掛けるという実にスリリングな展開です。(譬えがあまり良くないかも知れませんが・・・)

研究会当日が実に楽しみになってきました。

ちなみに、今回の発表3本は全て武家物であることが象徴するように、今、西鶴研究では武家物の見直しが盛んです。

従来、他の町人物、好色物等に比べて、一等評価の低かった武家物に、新たな光が当てられつつあります。

とはいえ、好色物についても、昨年末の12月6日(土)に国文学資料館で春画・春本を問題にしたシンポジウム「男たちの性愛」が開かれたことが象徴するように、従来にはない斬新な視覚から光が当てられつつあります。

また、巷では、従来の資本制の考え方を覆したトマ・ピケティの『21世紀の資本』が13万部以上も売れて大騒ぎになっていますが、この資本制の歴史的な見直しは、西鶴の町人物評価にも波及することは必定です。

いずれにしても、西鶴研究が新たな時代に入りつつあることは確かです。

このブログを、そうした新しい西鶴研究に向けて役立てていただけたら嬉しいかぎりです。

ご意見、ご感想をお寄せください。
(少し長めのご意見などは、別途、西鶴リポジトリに載せる場合があります)

なお、採否はご一任ください。

染谷智幸(西鶴研究会事務局長)