2015年7月21日

第四十一回 西鶴研究会【有働 裕氏、石上阿希氏】(2015年8月27日(木)、青山学院大学総合研究ビルディング18会議室(10階))

日時:8月27日(木)午後2時~6時
場所:青山学院大学総合研究ビルディング18会議室(10階)

《内容及び、タイムスケジュール》
2:00 研究発表(有働裕氏)
3:00 質疑応答
3:40 西鶴に関する新企画について
4:00 休憩
4:10 石上阿希氏ご講演
5:10 質疑応答
5;45 総会
6:00 終了

発表・講演、題目および要旨

◆「恋草からげし八百屋物語」考 ― 『天和笑委集』と『御当代記』を中心に―
愛知教育大学 有働 裕

『好色五人女』巻四「恋草からげし八百屋物語」には、さまざまな謎が存在する。本発表は、それらの謎を解くための手始めとして、『天和笑委集』『御当代記』の記述を検討しつつ、お七の設定について論じるものである。
『好色五人女』については、実説に基づくモデル小説という理解が、長きにわたってなされてきた。しかし、谷脇理史氏によって「モデル使用説というレッテルをはがして、作品を見直してみる必要」(「『好色五人女』―悲劇的恋愛事件を題材に―」『国文学 解釋と鑑賞』至文堂・一九九八年八月号。)があるという主張がなされて既に久しい。また、「恋草からげし八百屋物語」についていえば、モデルの存在を根底から否定する矢野公和氏の論(「「八百屋お七」は実在したのか」『西鶴と浮世草子研究 Vol.4』笠間書院・二〇一〇年十一月)も提示されている。お七の存在を完全に否定できるかどうかは別として、『天和笑委集』(著者未詳・写本・貞享年間の成立か)の記述に信憑性が乏しいことは確かであり、『天和笑委集』を西鶴が情報源として利用したとは思えない。しかし、そうだとすれば、さらなる疑問も生じてくる。たとえば、『天和笑委集』には、お七と同様に火刑に処された罪人として「お春」「喜三郎」という人物が登場し、こちらは『御仕置裁許帳』天和三年三月にも処刑された記録がある。お春に関する記述には「恋草からげし八百屋物語」と類似した部分が見られるが、このことをどのように考えればよいのか。また、本郷で放火事件を起こした犯人であれば小塚原で処刑されるはずであるのに、『天和笑委集』でも「恋草からげし八百屋物語」でも、お七は鈴ヶ森で処刑されている。なぜこのような当時の常識に反した設定がなされているのか。これらの問題について、お七のモデル(実説)を探し求めるのではなく、同時代資料として『天和笑委集』『御当代記』を読み返しつつ考察してみたいと考えている。

◆[講演] 春画・艶本研究の過去・現在
国際日本文化研究センター 石上阿希

                        
*司会は前回の発表者にお願いする予定です。(染谷記)

*研究会では、参加者による告知・広報(出版・企画・研究会等)の時間を取ってあります。ご希望の方は、研究会が始まる前に染谷までご一報ください。

出欠のご連絡をメールにて8月14日(金)までに染谷までお送りください。
*その際、午後六時からの食事会(会費:専任職にお就きの方・5000円程度、それ以外の方、院生・3000円程度)の出欠もお知らせください。
(メール先:goku7788(アットマーク)gmail.com 染谷智幸宛)

2015年2月24日

第40回・西鶴研究会(2015年3月26日(木)、青山学院大学 総合研究ビル9階、第16会議室)

日時    3月26日(木) 午後1時30分より6時まで
※通常より30分早く開始です。
場所    青山学院大学 総合研究ビル9階、第16会議室
内容    研究発表、並びに質疑応答、討議

1:30~2:15 仲沙織氏
2:15~2:50 (質疑応答)
2:50~3:00 休憩
3:00~3:45 浜田泰彦氏
3:45~4:20 (質疑応答)
4:20~4:30 休憩
4:30~5:15 井上泰至氏
5:15~5:50 (質疑応答)
5:50~6:00 連絡事項等

◆『新可笑記』巻一の四「生肝は妙薬のよし」考

大阪大学(院) 仲沙織

『新可笑記』(元禄元年十一月刊)巻一の四は、典拠として孝女の生肝がとられるも仏が身代わりとなって命が助かるという枠組みの先行作品、古浄瑠璃 『阿弥陀胸割』(冨士昭雄氏)・『清水寺利生物語』(広嶋進氏)が既に指摘されている。しかし、巻一の四では典拠のような仏の奇瑞は起こらない。冒頭に 「忠ある武士孝ある娘の事を語りつたへり」とあるが、巻一の四は生肝をめぐって、主君のために「忠ある武士」が「孝ある娘」を殺害する内容となっている。
先行研究においては後半部の武士による発言の内容も含め、〈忠〉と〈孝〉との関係性―その矛盾や対立などが中心に論じられてきた。本発表ではこの問題と結 末における侍の往生の意味について考察を行う。また、従来殆ど顧みられてこなかった母親や周囲の人物の設定における工夫、そして『本朝二十不孝』巻二の二 「旅行の暮の僧にて候」との関係を指摘し、巻一の四の新たな読みを試みる。


◆『武家義理物語』をどう読むか?
― 巻二の一、巻二の二の敵討事件と序文をめぐって ―

佛教大学 浜田泰彦

 『武家義理物語』(以下、『武家義理』。)「身代破る風の傘」(巻二の一)と「御堂の太鼓打つたり敵」(巻二の二)は、二編一連の物語である。また同時に、貞享4年6月に発生した御堂前敵討事件を取り込んだ際物でもある。
 『武家義理』刊行直前の事件より材を得た上記二話は、本部実右衛門と島川太兵衛(後に「本立」と改名し、出家)が、阿波新橋での衝突事件により敵討ちへ と展開したため、本作序文の「時の喧嘩・口論自分の事に一命を捨ることはまことの武の道にはあらず」なる一文に矛盾するのではと指摘されてきた。たとえ ば、吉江久弥氏はこの一件を「武士の本意に外れた行為であ」ると指摘した上で、『武家義理』は「肯定的主題」に「否定的主題を副え」た「複合の主題から構 成せられ」た作品であると総括する(「『武家義理物語』論―『武道初心集』との関係から」『西鶴 人ごころの文学』1988年・和泉書院)。
 だが、はたして西鶴が刊行直前に発生した事件を、わざわざ「否定的主題」として取り入れるであろうか? 
 実際、敵討の契機となった事件の場面を読み直すと実右衛門は、太兵衛と傘が接触したのを咎めたのではなく、太兵衛が「これは慮外」と「推参なる言葉」を かけられたために、武士として引くことができなくなったと描写されている。その意味で、「時の喧嘩・口論」には該当しないのではあるまいか。
 本発表では、西鶴が御堂前の敵討ちを「武士の本意」として描いたという立場から、解釈を行っていく。

◆近世刊行軍書と『武家義理物語』― 青砥説話の生成と展開
               
防衛大学校 井上泰至

元禄を十七世紀の文化・文学の頂点に位置づけ、寛永・寛文期をそれへの助走と考える見方を一旦措いて、むしろ寛永・寛文の文化にはそれぞれ代替え不 可能な価値があり、十七世紀の文学史を、隣接他分野からの視点も導入して、新たな視点から捉え直す。――この課題に取り組むに当たって、西鶴とその時代に 繋がる武士道観を探索していくやり方をすると、後世の展開を知っている我々の予見から、寛永・寛文の文化・文学を矮小化して捉えてしまう危険性がある。
通説の武士道観は、戦国の気風を残した、暴力を推奨する「武道」「武士道」から、太平の世に適応した官僚的な「士道」への変化を見てとる考え方で、西鶴の 武家物理解にもこの公式を当てはめられてきた。しかし、「武士道」から「士道」へという公式は、近代の倫理学の成果に過ぎず、その変化が画期的になされた ものでもない以上、こうした公式の当てはめは、「慶応三年(一八六七)に、「吾輩は猫である」「こころ」の作者、夏目漱石が生まれた」という「歴史叙述」 のような、現代と当代を無造作に混在させるやり方と同断である。西鶴は「武士道」「士道」の双方を意識しており、かつ現実の武士の間では元禄に近いあたり まで、勇武の武道は実践されており、そこに近代の倫理思想史からイメージしがちな公式的な転化は求むべくもない。
今回は、『武家義理物語』巻一の一「我物ゆへに裸川」を取り上げる。この話は、作品の顔となる冒頭話であると同時に、寛永・寛文期にそれぞれ重要な軍書で 取り上げられた青砥藤綱の説話を取りこんで、そこに新たな視角を導入した西鶴版青砥説話となっており、西鶴の小説的達成という公式に乗ることなく、「士 道」的なるものがどのように説話として形成・流布され、そのイメージをどう使いながら西鶴は己の小説を書いたのかを問うのに格好の題材が揃うからである。

2014年8月28日

第39回・西鶴研究会(2014年8月28日(木)、青山学院大学 総合ビルディング会議室)

出欠のご連絡をメールにて8月15日(金)までに染谷までお送りください。
*その際、午後六時からの食事会(会費:専任職にお就きの方・5000円程度、それ以外の方、院生・3000円程度)の出欠もお知らせください。


日時    2014年8月28日(木) 午後2時より6時
場所   青山学院大学 総合ビルディング会議室
(当日、1Fの入り口に会議室の場所を掲示しておきます)

内容    研究発表、新企画の提案(並びに質疑応答)、2013年度総会

◆「古典」としての西鶴と本文注釈  ―解釈と教材の観点から―
福岡女子大学 大久保 順子

 近年の研究会の議論で言及される〈暉峻西鶴〉批判や「近代的読み」批判等は、西鶴作品が「いかにして(いかなる背景で)読まれてきたのか」という 作品受容の再検討であり、作品解釈の前提への着目ともみられる。例えば〈暉峻西鶴〉以前も、明治期の「江戸文化」的な西鶴の扱いの後に、大正・昭和期の研 究の進展や国語教材化の動向がみられ、その経緯の中で「文学作品」「歴史文化教養教材」等の枠組から「西鶴」の価値が問われ続けている。あるいは他の近世 作品(『常山紀談』『駿台雑話』や、芭蕉、近松等)の教材化と比較して、西鶴作品が「いかなる(古典)文学である(あった)か」ということも、その本文や 注釈、解説の各所に窺うことができるのではないか。本発表ではそのような視点から、教材に反映された本文注釈と解釈の動向について考えたい。前年の調査報 告例の他に、『万の文反古』巻三の三や『西鶴俗つれづれ』巻四の一等の例を加えて検討し、竹野静雄氏編『西鶴研究資料叢書』等の諸資料の言説等も参照する 予定である。

◆「はじめての西鶴―SAIKAKU U18」(仮題)の企画について
西鶴研究会事務局 
 
 西鶴研究会では、今まで、メンバーの御協力を得て『西鶴が語る江戸のミステリー』、『同 ラブストーリー』、『同 ダークサイド』(いずれも、ぺりかん 社)、『西鶴諸国はなし』(三弥井書店)を上梓して来ました。幸いいずれも好評にて版を重ね、出版社から続編も求められています。
 そうした声を享け、事務局を中心に新企画を練った結果、凡そ以下のような企画にまとまりつつあります。そこで、今回の西鶴研究会の後半では、この新企画 の趣旨・概要並びに問題点等を事務局側から提案ならびに説明し、会員の皆さま方にご意見をいただく場としたいと存じます。
 なお当日は、この新企画についての議論から、さらには広く「西鶴研究と啓蒙」「中高の教科書と西鶴」「西鶴の研究と教育」等についても、議論を深められたらと考えております。

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○仮タイトル 「はじめての西鶴―SAIKAKU U18」

○趣旨 日々悪化する日本の古典教育の状況に、研究者もただ手をこまねいているだけでなく、積極的にアプローチしたい。特に、古典に興味を示さなく なってしまった若い人たちに、どうしたら少しでも興味を持ってもらえるのか。西鶴という作品を通して、これを徹底的に考えるとともに、様々に工夫を凝らし た西鶴の入門書・啓蒙書を作成し、若い人たちに直接送りとどける。

○対象とする読者 これまでの出版物は、大学生や社会人を対象としていたが、新企画書ではターゲットを「三才の童、八旬の口」(都の錦『御前於伽』)にも合うようにシフトする。すなわち、
1)はじめて西鶴に触れる中学生や高校生
2)大学受験生
3)カルチャー講座や講演会に集う社会人(ただし、メインは1と2)
を対象とする。(この対象については議論があり、まだ完全に定まっておりません)
 特に、中高生については、マーケティング的にはいちばん難しいとされる層だが、10年後20年後を考えれば、この若者たちを刺激し、興味を喚起することは、今後の西鶴研究を考えれば不可欠ではないかと考える。

○参考 土方洋一他『高校生からの古典読本』(平凡社ライブラリー)
有働裕『これからの古典ブンガクのために』(ぺりかん社)。
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なお、当日には、もう少し煮詰めたものをプレゼンする予定です。(以上)
                        
*司会は前回の発表者にお願いする予定です。(染谷記)
問い合わせ先  染谷智幸

2014年3月27日

第38回・西鶴研究会(2014年3月27日(木) 午後2時~6時、青山学院大学 総合ビルディング)

日程     第38回
2014年3月27日(木)
午後2時〜6時
場所     
青山学院大学 総合ビルディング (教室は当日1Fに掲示します) 

◆『西鶴置土産』神話の形成――無視された青果戯曲――

                                        神奈川大学 広嶋 進

『西鶴置土産』(元禄六年冬刊)は通説では西鶴晩年の作であり、自らの死に臨んで「悟り」を得て達観した作者の境地を示す作品であるとされている。  しかし、作者が本当に「悟り」の境地にあったのかどうかは知り得ないことであり、また本作の成立時期に関して元禄二年成立説も存在している(潁原退蔵、野間光辰両説)。 私はこのような作品解釈は「西鶴神話の一つ」と呼ぶべきものであると述べたことがある(『西鶴探究』ぺりかん社)。    本発表では、この「『西鶴置土産』神話」が、いつ、誰によって提示され、その後どのように形成されていったのかを探索してみたい。そして同時に、そのような「神話」を支えてきた文学観(=作品評価の枠組み)を明らかにしてみたい。 またこれに関連して真山青果の『西鶴置土産』翻案劇(大正十二年刊)を取り上げ、この劇作がなぜ正当な評価を受けてこなかったのか、その理由についてもふれてみたい。

◆[講演]西鶴戯作者説再考

           九州大学名誉教授   中野三敏

(事務局より)

 中野氏のご講演に関しましては、中野氏から、岩波書店の『文学』(2014年1,2月号)所載の「西鶴戯作者説再考」にお書きになったものを中心に、従来のものを踏まえて、全体的にお話しになる、とのご連絡を戴いております。当日ご参加される皆さまには、事前に『文学』のご論文をお読みいただければと存じます。
 なお、当日のご講演の後、討議の時間を1時間ほど用意させていただいておりますが、今回の「戯作者説再考」は、様々な問題を含んでおります関係上、多種多様なご意見・ご感想が出るものと思われますので、この1時間では足りないことが予想されます。
 そこで事務局としては、事前に、中野氏の「西鶴戯作者説再考」(『文学』)を読まれた上でのご意見、ご感想を集め、笠間書院の「西鶴リポジトリ」にアップして、当日の議論が深まるようにしたいと考えております。(既に、中野氏の上記ご論文にお名前の載った、篠原進氏よりご意見を載せたい旨、ご連絡をいただいております)

リポジトリにご意見・ご感想をお載せになりたい方は、

締め切り:3月20日(木)、ただし出来るだけ早くお送りください。

     届き次第にアップいたします。

原稿の長さ:3000字〜4000字程度

 *なお、このリポジトリの編集権は笠間書院側にあります。ご承知置きく   ださい。

 の要領で染谷までお送りください。

 よろしくお願いいたします。              (染谷記)

その他     講演の司会は、有働裕氏の予定です

2013年8月29日

第37回・西鶴研究会(2013年8月29日(木) 午後2時~6時、青山学院大学 17号館 3階 17308教室)

日程     第37回
2013年8月29日(木)
午後2時〜6時
場所     
青山学院大学 17号館 3階 17308教室 

◆西鶴作品を、注釈する

                      日本女子大学   福田安典

 歌謡研究家で有名な忍頂寺務は古書の収集家でも有名で、三田村鳶魚とも親交があった。その蔵書の大部分が大阪大学蔵「忍頂寺文庫」として知られ、八文字屋本も数点所蔵されている。しかし、西鶴の作品は所蔵されていない。そのゆえか、忍頂寺務は西鶴研究者としては見なされてはいないであろう。
 その後に、大阪大学に入る際に、忍頂寺務の遺族の手元に遺された蔵書が発見され、 平成十二年「小野文庫」として大阪大学に収集された。そこに三田村鳶魚が中心となった西鶴輪講会の記録『西鶴織留輪講』が、活字化されながら未製本の状態で見つかった(国文学研究資料館のHPで公開中)。また、同じく仮製本で同一版面を持つ別本も国文学研究資料館に所蔵されている。この二本しかない西鶴注釈書から見えてくることについて報告したい。
 折しも、西鶴作品注釈者の前田金五郎氏が逝去された。氏のなされた注釈についても触れながら、西鶴作品を注釈することについて論じてみたいと思う。

◆西鶴における「文学」の成立  
                                  東京女子大学   矢野公和

 木越俊介「西鶴に束になってかかるには」(「日本文学」二〇一二・一〇)に触発されたブログ上での応答、篠原進「発熱する胡桃(テキスト)」(西鶴研究会)、同「あらすじの外側にある物語―『新可笑記』の表現構造―」(「青山語文」)等の問題提起を承けて、今回西鶴に於ける「文学」の成立について考えたい。ここで言う「文学」とは、十九世紀西欧文学や日本の近現代作家に見出される、自己の見解をストレートに主張・表明するのではなく、作品世界そのものに語らせることで表現する在り方を想定している。
 『新可笑記』は雑然とした武家説話集であるとされ、西鶴作品中での評価は決して高くはないが、失敗作であるが故に西鶴文学の本質的な問題を体現していると考えられる。この作品は個別的な談理・教訓に眼目があるのではなく、複数の話をアレンジすることで新しい作品世界を創出することを目指したものであり、総体としての武家社会や武士の在り方そのものの問題点を描き出すのが作品の主題であったと考えられる。道義的な発想と人間社会の現実との間に宙吊りになっていた西鶴は、自らの表現手段としての「文学」、即ち虚構の作品世界を必要としていた(拙著『西鶴論』2「西鶴浮世草子の原点」)。
 「俗源氏」としての『好色一代男』からスタートした西鶴は、『五人女』『一代女』に於いて好色をテーマとする作り物語の世界を構築する一方で、『二十不孝』や武家物の諸作に於いて談理・教訓を標榜しながら作家としての主体を構築していたが、「大福新長者教」としての『日本永代蔵』を経て、最終的に『世間胸算用』の「難波西鶴」という作家主体に到達したと考えられる。
 やや新味に欠ける嫌いがあるが、上記のような点に関する私見をお聞き頂きたい。

                            (染谷記)

その他     司会は前回発表者の予定です

2013年3月22日

第36回・西鶴研究会(2013年3月22日(木) 午後2時~6時、青山学院大学 総合研究ビルディング 10階 第18会議室)

日程     第36回
2012年3月22日(木)
午後2時〜6時
場所     
青山学院大学 総合研究ビルディング 10階 第18会議室 

◆共同討議「発熱する胡桃」                       

青山学院大学 篠原進
山口県立大学 木越俊介

すでにご承知の通り、木越俊介氏のご論文「西鶴に束になってかかるには」(『日本文学』2012年10月号)に対して、篠原進氏が「発熱する胡桃―木越俊介氏の挑発に応える」と題されたご論文を笠間書院のブログ上に発表され、話題となりました。その後、

・篠原進氏のスピード反論(忘却散人ブログ)
・西鶴の政治性(閑山子余録)
・西鶴の政治性 続 (閑山子余録)
・応答の途(THIS WHEEL'S ON FIRE)
・西鶴研究会掲示板http://ihasai.bbs.fc2.com/
(有働裕、飯倉洋一、井上泰至の各氏、並びに染谷智幸の書き込みあり)

 と議論の深まりを見せました。(詳しくは笠間書院のブログをご覧ください)

 今回の木越氏と篠原氏のやり取りは、西鶴研究を考える上で重要で良質な問題を多々含んでいると思われます。そこで、事務局内で話し合った結果、今回の問題を俎上に載せた共同討議を行うことにいたしました。内容としましては、

(1)篠原氏によるご発表
       木越論文を取り上げた意図と、そこから広がる問題点について(30     分〜40分程度)
(2)木越氏からの批評とコメント
      ご自身の問題提起の意図についても再提起をいただく(時間は30分     程度)
(3)お二人のやり取りを踏まえての全体討議(時間は40分〜50分程)
   司会(有働裕氏)

を予定しております。

 会員の皆さまにおかれましては、お二方のご論文、如上の反応などを踏まえて、当日、積極的なご意見を賜りますよう、お願い申し上げます。       (文責染谷)

◆髑髏はだれのものか―「因果のぬけ穴」小考

          都立産業技術高専(非) 糸川武志

 『西鶴諸国はなし』巻三の七「因果のぬけ穴」は、敵を討ちに行って親の首を打つことになり、それでもなお果たそうとして返り討ちにあう悲惨な話である。『堪忍記』巻三、あるいは『源平盛衰記』巻二十の六「楚効刑保の事」が典拠であり、但馬国七味郡村岡での近藤源太兵衛の敵討に想を得たとされる。因果を示す髑髏についても、『荘子』至楽篇の髑髏問答との関連が指摘されている。
 典拠・題材は明らかになってきたが、それぞれのつながりと本話の主題については、議論の余地があるように思われる。本発表では、『諸国はなし』と少なからず影響関係にある『新御伽婢子』巻一の四「髑髏言」の介在を考えてみたい。また、やむを得ず打ち落とした父「判右衛門」の首を埋めようとして出てきた髑髏については、これまで、敵討の原因となった伯父「判兵衛」の誤りとされてきた。文章、文脈上の問題だけでなく、ついさっきまで目の前に置いて語りかけた父の首があるにもかかわらず、髑髏もまた父のものであるという構成の不整合さ故である。けれども、本文どおりの解釈の可能性はないのだろうか。あくまで可能性にとどまるが、この失敗した敵討譚が因果で収められている意味を問うことになると考えている。無視される定めと逃れ難い因果のゆれの中に本話の主題性を求めてみたい。

*本来なら研究発表を前にすべきですが、発表者のご予定もあり、共同討議を前にもってまいりました。ご了承ください。(染谷記)

     

◆共同討議「発熱する胡桃」                      

青山学院大学 篠原進
山口県立大学 木越俊介

すでにご承知の通り、木越俊介氏のご論文「西鶴に束になってかかるには」(『日本文学』2012年10月号)に対して、篠原進氏が「発熱する胡桃―木越俊介氏の挑発に応える」と題されたご論文を笠間書院のブログ上に発表され、話題となりました。その後、

・篠原進氏のスピード反論(忘却散人ブログ)
・西鶴の政治性(閑山子余録)
・西鶴の政治性 続 (閑山子余録)
・応答の途(THIS WHEEL'S ON FIRE)
・西鶴研究会掲示板http://ihasai.bbs.fc2.com/
(有働裕、飯倉洋一、井上泰至の各氏、並びに染谷智幸の書き込みあり)

 と議論の深まりを見せました。(詳しくは笠間書院のブログをご覧ください)

 今回の木越氏と篠原氏のやり取りは、西鶴研究を考える上で重要で良質な問題を多々含んでいると思われます。そこで、事務局内で話し合った結果、今回の問題を俎上に載せた共同討議を行うことにいたしました。内容としましては、

(1)篠原氏によるご発表
       木越論文を取り上げた意図と、そこから広がる問題点について(30     分〜40分程度)
(2)木越氏からの批評とコメント
      ご自身の問題提起の意図についても再提起をいただく(時間は30分     程度)
(3)お二人のやり取りを踏まえての全体討議(時間は40分〜50分程)
   司会(有働裕氏)

を予定しております。

 会員の皆さまにおかれましては、お二方のご論文、如上の反応などを踏まえて、当日、積極的なご意見を賜りますよう、お願い申し上げます。       (文責染谷)

◆髑髏はだれのものか―「因果のぬけ穴」小考

          都立産業技術高専(非) 糸川武志

 『西鶴諸国はなし』巻三の七「因果のぬけ穴」は、敵を討ちに行って親の首を打つことになり、それでもなお果たそうとして返り討ちにあう悲惨な話である。『堪忍記』巻三、あるいは『源平盛衰記』巻二十の六「楚効刑保の事」が典拠であり、但馬国七味郡村岡での近藤源太兵衛の敵討に想を得たとされる。因果を示す髑髏についても、『荘子』至楽篇の髑髏問答との関連が指摘されている。
 典拠・題材は明らかになってきたが、それぞれのつながりと本話の主題については、議論の余地があるように思われる。本発表では、『諸国はなし』と少なからず影響関係にある『新御伽婢子』巻一の四「髑髏言」の介在を考えてみたい。また、やむを得ず打ち落とした父「判右衛門」の首を埋めようとして出てきた髑髏については、これまで、敵討の原因となった伯父「判兵衛」の誤りとされてきた。文章、文脈上の問題だけでなく、ついさっきまで目の前に置いて語りかけた父の首があるにもかかわらず、髑髏もまた父のものであるという構成の不整合さ故である。けれども、本文どおりの解釈の可能性はないのだろうか。あくまで可能性にとどまるが、この失敗した敵討譚が因果で収められている意味を問うことになると考えている。無視される定めと逃れ難い因果のゆれの中に本話の主題性を求めてみたい。

*本来なら研究発表を前にすべきですが、発表者のご予定もあり、共同討議を前にもってまいりました。ご了承ください。(染谷記)
その他     司会は前回発表者の予定です

    

◆共同討議「発熱する胡桃」                      

青山学院大学 篠原進
山口県立大学 木越俊介

すでにご承知の通り、木越俊介氏のご論文「西鶴に束になってかかるには」(『日本文学』2012年10月号)に対して、篠原進氏が「発熱する胡桃―木越俊介氏の挑発に応える」と題されたご論文を笠間書院のブログ上に発表され、話題となりました。その後、

・篠原進氏のスピード反論(忘却散人ブログ)
・西鶴の政治性(閑山子余録)
・西鶴の政治性 続 (閑山子余録)
・応答の途(THIS WHEEL'S ON FIRE)
・西鶴研究会掲示板http://ihasai.bbs.fc2.com/
(有働裕、飯倉洋一、井上泰至の各氏、並びに染谷智幸の書き込みあり)

 と議論の深まりを見せました。(詳しくは笠間書院のブログをご覧ください)

 今回の木越氏と篠原氏のやり取りは、西鶴研究を考える上で重要で良質な問題を多々含んでいると思われます。そこで、事務局内で話し合った結果、今回の問題を俎上に載せた共同討議を行うことにいたしました。内容としましては、

(1)篠原氏によるご発表
       木越論文を取り上げた意図と、そこから広がる問題点について(30     分〜40分程度)
(2)木越氏からの批評とコメント
      ご自身の問題提起の意図についても再提起をいただく(時間は30分     程度)
(3)お二人のやり取りを踏まえての全体討議(時間は40分〜50分程)
   司会(有働裕氏)

を予定しております。

 会員の皆さまにおかれましては、お二方のご論文、如上の反応などを踏まえて、当日、積極的なご意見を賜りますよう、お願い申し上げます。       (文責染谷)

◆髑髏はだれのものか―「因果のぬけ穴」小考

          都立産業技術高専(非) 糸川武志

 『西鶴諸国はなし』巻三の七「因果のぬけ穴」は、敵を討ちに行って親の首を打つことになり、それでもなお果たそうとして返り討ちにあう悲惨な話である。『堪忍記』巻三、あるいは『源平盛衰記』巻二十の六「楚効刑保の事」が典拠であり、但馬国七味郡村岡での近藤源太兵衛の敵討に想を得たとされる。因果を示す髑髏についても、『荘子』至楽篇の髑髏問答との関連が指摘されている。
 典拠・題材は明らかになってきたが、それぞれのつながりと本話の主題については、議論の余地があるように思われる。本発表では、『諸国はなし』と少なからず影響関係にある『新御伽婢子』巻一の四「髑髏言」の介在を考えてみたい。また、やむを得ず打ち落とした父「判右衛門」の首を埋めようとして出てきた髑髏については、これまで、敵討の原因となった伯父「判兵衛」の誤りとされてきた。文章、文脈上の問題だけでなく、ついさっきまで目の前に置いて語りかけた父の首があるにもかかわらず、髑髏もまた父のものであるという構成の不整合さ故である。けれども、本文どおりの解釈の可能性はないのだろうか。あくまで可能性にとどまるが、この失敗した敵討譚が因果で収められている意味を問うことになると考えている。無視される定めと逃れ難い因果のゆれの中に本話の主題性を求めてみたい。

*本来なら研究発表を前にすべきですが、発表者のご予定もあり、共同討議を前にもってまいりました。ご了承ください。(染谷記)

その他     司会は前回発表者の予定です

2012年8月23日

第35回・西鶴研究会(2012年8月23日(木) 午後2時~6時、青山学院大学 総合研究ビルディング 10階 第18会議室)

日程     第35回
2012年8月23日(木)
午後2時〜6時
場所     
青山学院大学 総合研究ビルディング 10階 第18会議室 

◆『本朝二十不孝』― 教訓に違和感を生み出す親子の共通性 ―

                   愛知教育大学大学院  中村雅未

 『本朝二十不孝』における評語や教訓と作品内部との矛盾については、これまで数多くの指摘がなされてきた。たとえば、全五巻二十話において、語り手や世間の評判によって作中の不孝者を悪人だと断定する記述は非常に多く目に留まる。その所業を見る限り、確かに彼らは悪人だと言えよう。しかし、不孝者の話を集めた作品という設定でありながら、不孝者の親にあたる人物の描写から始まる話や、子よりも親の描写の方が多い話も多々存在しており、そこに違和感が感じられる。

巻一の二「大節季にない袖の雨」も、こうした矛盾を抱えた作品である。主人公・文太左衛門の所業は確かに悪人と呼ぶにふさわしく、これと末尾の「世にかかる不孝の者、ためしなき物がたり、懼ろしや、忽ちに、天、これを罰し給ふ」という教訓は、確かに対応している。しかし、主人公よりも親に多く割かれた描写や、親と子の価値観の共通性に注目すると、印象が異なってくる。没落し、人々が見切りをつけて立ち退いていく伏見の町において、ひたすら将軍の上洛を願い、繁栄と零落を繰り返す主人公・文太左衛門の親。一家心中の危機に際して娘が身売りした金を「銀ほど自由なるものはなし」と年越しに充てる無計画性と倫理観の欠如こそ、主人公に引き継がれ、一家を滅ぼした要因であった。

また、巻二の一「我と身を焦がす釜ヶ淵」も、同様の矛盾を抱えている。有名な盗賊である主人公・石川五右衛門の悪事が、その父親によって語られており、この父親の存在感を看過することはできない。また、本話では、典拠となった郭巨説話、石川五右衛門伝承の当時の受容状況から見て、五右衛門の処刑の場に描かれているべき母親の存在が話中から削除されていることが目に留まる。話中には父親が書き込まれているものの、五右衛門の処刑の場には描かれない。父親が挿入された意味は、父と五右衛門、五右衛門と息子という、二組の父子を作中に作り出すことにあったのではないか。つまり、「我と身を焦がす釜ヶ淵」は、有名な悪人を間に挟んだ二代の親子を、父が息子を犠牲にするという共通の構図で描くことによって、むしろその悪人よりも親としての自覚を持たない親の姿を、アイロニカルな視点で描き出した作品として捉えてみたい。

『本朝二十不孝』という作品は、不孝譚という形式を取りながらも、同時に親子の共通性を描き出している。すなわち西鶴は、子のあり方だけを問題にするような「孝」「不孝」の概念に疑問を発していると考えてみたい。

◆『武道伝来記』の「武道」                防衛大学校 井上泰至

 門外漢が、西鶴について発言しようというのは他でもない。江戸時代の「武士の文学」について、ここ十年あまり関心を持って追いかけてきた立場から、標題に挙げた「武道」の意味が、にわかに気になってきたのである。

この時代、「武道」という言葉の流通において、決定的な役割を果たしたのは『甲陽軍鑑』である。西鶴は、そういう一般的な「武道」の意味や、それを流通させたテキストと、どう歩調をあわせ、あるいはどう距離をとりながら作品を構築したのか。

従来は「敵討」のみに焦点が当てられてきた感のある本作を、そういう視点から読み始めてみると、どういう読みが可能なのか。近年の史学・思想史学・軍記研究の成果を踏まえつつ、「武道」という言葉をめぐる当時の文脈と西鶴の位置を整理することをまず志し、「武道」に皮肉な視線を投げかけたとして注目されてきた話以外、具体的には巻一ノ一を中心にその読みを提示して、従来光の当たらなかった別の面が、この作品にはあるのではないか問題提起をしてみたい。

その他     司会は前回発表者の予定です

2012年3月22日

第34回・西鶴研究会(2012年3月22日(木) 午後2時~6時、青山学院大学 総合研究ビルディング 10階 第18会議室)

日程     第34回
2012年3月22日(木)
午後2時〜6時
場所     
青山学院大学 総合研究ビルディング 10階 第18会議室 

◇ 戯作者たちと西鶴ー 関連の多様さ

同志社大学  神谷勝広

 近年、近世小説研究は、ジャンルごとに専門化・高度化している。そろそろ、研究の専門化・高度化の成果を踏まえ、改めて研究の関連化・横断化を考えてはどうだろうか。
 既に、複数の文庫がマイクロ化され、さらに早稲田大学附属図書館資料はデジタル化もされた。今後もマイクロ化・デジタル化は進展していくであろう。加えて、優れた事典類の刊行が相次いでいる。『草双紙事典』『読本事典』『人情本事典』などである。木村八重子氏による草双紙の書誌研究、『浮世草子事典』の企画も進みつつある。木村氏の成果と『浮世草子事典』の刊行が果たされれば、上方小説と江戸小説との関連についての認識が、一変する可能性もあろう。
今回は、上記のような期待を抱きつつ、三人の戯作者たち―江戸の種彦・一九、明治の篁村―と西鶴の関連について、私見および見通しを述べる。

◇   講演:中国版画と浮世絵

         学習院大学名誉教授 諏訪春雄

 近世中期に誕生した錦絵が中国版画の技法を継承して成立したことは定説となっています。しかし、中国版画の技法が当時どのようであったか、錦絵はそれにどのような工夫を加えたのか、など詳細は明らかでありません。私が実施した天津、蘇州など、中国版画工房の現地調査で、現在の中国の技法は、墨摺り筆彩色、紙と刻版固定、匡郭見当型の三種に分類できました。清代までの中国古代版画の技法は、墨摺り筆彩色、餖版(版木小片固定)、拱花(版木固定)の三種であり、その影響が中国の現在の技法に残っていると考えられます。日本の浮世絵版画は中国の技法の継承段階と見当工夫段階に大きく二分できます。浮世絵版画の技法と表現の二つの方向から、日本の浮世絵の特質に迫ります。  

その他     司会は前回発表者の予定です

2011年9月10日

第33回・西鶴研究会(2011年9月10日(金) 午後1時~5時30分、財団法人柿衞文庫)

日程     第33回
2011年9月10日(金)
午後1時〜5時30分
場所     
財団法人柿衞文庫 〒664-0895 伊丹市宮ノ前2-5-20   

講演会 「西鶴の矢数俳諧とメディア(仮)」  早稲田大学 中嶋 隆

シンポジウム テーマ「ことばの魔術師―西鶴の俳諧と浮世草子」
         コーディネーター・司会 青山学院大学 篠原 進
         パネラー          和光大学 深沢眞二
                      連句人・俳人 浅沼璞
                   愛知淑徳大(非) 早川由美
                     関西学院大学 森田雅也
                       早稲田大学 中嶋隆

             パネラーの発表(各15分) 3時30分〜4時45分

   質疑応答(30分)     5時〜5時30分

上記の講演会・シンポジウムに合わせて、以下の展覧会・講演会が行われます。

展覧会開催要項

◆展覧会の名称

秋季特別展「西鶴-上方が生んだことばの魔術師」

◆展覧会の趣旨

      「天下矢数二度の大願四千句也」。この句を発句として、西鶴は一人で一昼夜に四千句を詠みあげるという大記録を成し遂げます。数千人の聴衆を集めたというこの一大イベントは、『西鶴大矢数』として延宝九年(1681)に刊行され、息次ぐ間もなく放たれる弓矢のように言葉を自由自在にあやつった西鶴の存在を日本中に知らしめます。全国各地で現れる矢数俳諧の記録への挑戦者からの挑戦を受け、ついに西鶴は貞享元年(1684)、一日に二万三千五百句を独吟するという、他の追随を許さぬ、空前絶後の試みをやってのけたのです。「神力誠を以て息の根とむる大矢数」とみずから詠んだように、まさに、神がかりな力によって、矢数俳諧の息の根をとめ、西鶴はその記録にとどめを刺したのです。人間わざとは思えぬ偉業をなしとげた西鶴は、実は、伊丹ともゆかりが深い人物です。京の俳人宗(そう)旦(たん)が伊丹に開いた俳諧塾也(や)雲(うん)軒(けん)をしばしば訪れたという記録が西鶴の追善集『こころ葉』にあります。ここでの若き鬼貫(おにつら)や鴻池の西(さい)六(ろく)をはじめとする伊丹の酒造家の旦那衆たちとの交流がのちに、西鶴の浮世草子『西鶴織留(おりどめ)』につながります。『西鶴織留』で西鶴は、「津の国のかくれ里」として伊丹を紹介し、諸芸に通じた伊丹の酒造家の男を描き出しているのです。

   そして、伊丹に近い豊中では、昨年、原田神社に奉納された俳諧額が文化財に指定されました。幅約3メートル60センチもあるこの大きな額は、西鶴の浮世草子の代表作『好色一代男』の版下を書いた西吟(さいぎん)が元禄16年(1703)に、近郊の農村地域の人々から寄せられた句のなかから撰んだ百句を書いたもので、今もその筆蹟を墨色確かに見ることができる貴重なものです。

   今年は西鶴の矢数俳諧の記念碑ともいうべき『西鶴大矢数』が刊行されて330年になります。『西鶴大矢数』はもちろん、二万句達成を示す新出の西鶴真蹟短冊や、西吟の記した奉納額、またエネルギッシュな矢数俳諧とはうって代わって典雅な西鶴の絵画と句が織りなす「西鶴自画賛十二ヶ月帖」など貴重な資料をご紹介しながら、「浪花の浮世草子作家」として有名な西鶴の、「俳諧師」としてのことばへの挑戦をご紹介します。伊丹の酒造家をはじめ農民庶民にいたるまで俳諧を楽しんだ時代のエネルギーを感じ取っていただければ幸いです。

◆会期

      平成23年9月10日(土)〜10月23日(日) 
             月曜休館 ただし9月19日(月)・10月10日(月)開館、9月20        日(火)・10月11日(火)休館

◆開館時間

      午前10時〜午後6時(ただし入館は5時30分まで)

◆会場

      柿衞文庫 1階・2階展示室(計2室)

◆入館料

      一般 700 (600)円 大高生 450 (350)円 中小生 350 (250)円
                                 (  )は20人以上の団体料金

◆主な出品作品

      ・『西鶴大矢数』(天理大学附属天理図書館蔵)             ・西鶴筆「神力誠を以」句短冊《新出》(個人蔵)
      ・下里勘州(知足)あて西鶴書簡(天理大学附属天理図書館蔵)      ・『西鶴織留』(柿衞文庫蔵)
          ・『西鶴五百韻』(国立国会図書館蔵)
      ・『西鶴十三年忌歌仙 こころ葉』(東京大学総合図書館蔵)
      ・西吟奉納額《豊中市指定文化財》(豊中市教育委員会寄託)
      ・西鶴自画賛十二ヶ月帖《伊丹市指定文化財》(柿衞文庫蔵)                         など約80点

◆関連講座
    〔一般 1,500円/回  大高生 1,000円  友の会会員 500円/回  入館料込      要申込〕

   ①平成23年9月24日(土)    午後1時30分〜3時

    「西鶴の連句と連想(仮)」   連句人(レンキスト)・俳人 浅沼 璞 氏

   ②平成23年10月15日(土)   午後1時30分〜3時

    「西鶴と伊丹・北摂地域の俳諧」関西学院大学教授 森田雅也 氏

2011年8月 5日

32回再・西鶴研究会(2011年8月5日(金) 午後2時~6時、青山学院大学 5号館517教室)

◇『好色五人女』巻二「情を入し樽屋物かたり」における「ぬけ参り」

皇学館大学  速水香織

『好色五人女』(貞享三年二月)は、実際に起こった男女の事件を題材にした作品でありながら、内容の大部分は作者西鶴の創作であるため、その執筆意図や方法について従来様々な評価がなされ、論議が展開されてきた。

その中で、巻二「情を入し樽屋物かたり」は、貞享二年正月に西鶴の地元大坂で起こった事件を題材とし、生活に密着した年中行事等に関する描写が多いため、作中で「もっとも風俗小説的になった」(江本裕氏 講談社学術文庫『好色五人女』解説)とも評される。本発表では、この巻二に見られる趣向の内、物語の中盤におかれる「抜け参り」に着目し、この趣向が作品にもたらす効果について考察する。近世以前から貞享期にかけて、様々な作品に見られる「伊勢参宮」の逸話には、「大神宮の霊験により、それまでの生き方に係わらず、厚い信心を以て参れば必ず利生がある。逆に、よこしまな心で参詣した者には、厳しい神罰が下る」という共通した展開が見られる。本話においてもこの展開は踏襲されており、おせんもまた、「よこしまな心で抜け参りした結果破滅している」ことに注意すべきであろう。そして、「抜け参り」という要素に注目する時、本話の冒頭から物語を動かす役目を負う夫婦池のこさんの重要性があらためて浮かび上がってくる。主人公おせんの抜け参りと破滅は、こさんによって準備され、誘われたと読む事が出来る。

◇西鶴の作為と方法――「大晦はあはぬ算用」と「照を取昼舟の中」をめぐって

北星学園大学 宮澤 照恵

『西鶴諸国はなし』巻一「大晦はあはぬ算用」および『懐硯』巻一「照を取昼舟の中」を取り上げ、西鶴の作為とフィクション化の方法を探ってみたい。

前者は、章末におかれた「武士のつきあひ格別ぞかし」や目録小見出しの「義理」をめぐって、解釈が分かれている作品である。本発表では、「金」を軸として咄が組み立てられていることを出発点とし、やや時代が下る「盗人説話」を提示することによって西鶴の作為を考える糸口としたい。併せて、狭い範囲でしか通用しない仲間内のみの相互理解や賞賛、矜持などを浮き彫りにしてみせる手法を取りながら、同時に肯定的な評言や小見出しという枠組みを用意していることの意味に触れたい。両様の解釈を促すようなフィクション化の方法が、同時代にあってどのようなメッセージ性に繋がり得たのかを改めて考えてみたいと思う。

後者は、故郷大坂に錦を飾るつもりで乗合船に乗り込んだ男が、船上で博打に手を出して全財産を巻き上げられ一文無しになって北国に引き返す、という話である。西鶴は、40キロに亘る昼の下り舟という密室空間を用意し、風景を巧みに織り込んで実況中継さながらに話を展開させていく。元放蕩息子の成功譚の部分を含めて、冒頭の「人の身はつながぬ舟のごとし」に集約される内容と言えよう。そこに作為はないのか。発表者は、末尾にわざわざ博打の戒めを置いている点に、定めなき世を嘆くアフォリズムに終始させまいとする作為の一端を読み取りたい。そもそも博打では誰が一番得をしたのか。本発表では、人物設定に注目して作為とそれを包む西鶴の方法を指摘したい。

その他     司会は前回発表者の予定です