2016年12月28日

「タイとインドの男色文化、その多様性をめぐって」座談会速報(畑中千晶)

染谷さんと畑中の共同編集による男色研究書(仮題『男色のコミカライズとアジアの〈性〉』)に掲載予定の座談会が、昨日2016年12月27日、勉誠出版で行われた。

参加者はナムティップ・メータセート氏(タイ国チュラーロンコーン大学准教授)、ラージ・ラキ・セン氏(白百合女子大学非常勤講師)、坂東実子氏(東京外国語大学非常勤講師)と編者二人である。

シンポジウムなどを組む際には老・壮・青を意識するとバランスが取れてよいと言う。今回の座談会では、巧まずして老・壮・青が揃ったと自負する。もっとも、「版画について学ぶ講義」で「受けと攻めとか腐女子とか言い出して泡吹いて死ぬ」(2016.09.29学生ツイートより)と受講生に言わしめた染谷さんを「老」に位置付けては怒られそうであるが・・・。以下、速報ということで座談会の一端を披露したい。

タイは、仏教国であるがゆえに多様性を受け入れる下地があるということ。多様な性のありようについて、それをごく自然なことと捉え、前世からのカルマとして受け入れてきたということなど、ナムティップさんのお話を聞いていると、近代以前の日本社会の考え方とつながる部分があると感ずる。近世どころか、「何の因果か」という庶民の嘆きは、昭和(一ケタ?)世代くらいまでは共有していたのではないだろうか。「業」や「因果」のせいにすることを拒むようになった今日、その分、親の責任・教師の責任論が強まり、結果として息苦しさは増すばかり・・・等々、昼食時、中華料理店の円卓に場を移してからも、さらに話に花を咲かせることとなった。

インドについては、イギリスによる統治前とその後とで、状況が一変したため、まずはこれを分けて捉えるべきということ。さらに、使用言語や宗教によっても事情が異なるということで、極めて複雑な文化状況であるといい、一口では説明が難しいようである。ラージさんのお話で特に興味をおぼえたのは、インド映画や小説における男色表象という切り口である。1924年に刊行された小説『Chocolate』を機に、Chocolateがインドで少年愛を象徴する語になったということ。また、娯楽映画では男色が直接描かれることはなく、芸術映画においてのみ、監督の思想を投影する形でLGBTQが描かれていることなど、映像も交えつつ詳細な紹介があった。

昨日の座談会を通じて最も印象に残ったことは、性について語ることが避けがたく政治性を帯びると言うこと、そして、発言者は常に強い覚悟を胸に発言の場に立っているということである。編者としてはもちろん、出席者の身にいかなる不利も及ばぬよう細心の注意を払わなくてはならない。だが、こうした緊張感によって、男色とは、やはりタブーの瀬戸際ともいえる領域であったと再認識した次第である。