2003年8月29日

第17回・西鶴研究会(平成15年8月29日(金)午後2時~6時、青山学院大学)

◇『男色大鑑』における一人称表現の役割

畑中 千晶

『男色大鑑』という作品は、前半部と後半部とが、内容面(武家の男色/歌舞伎若衆の男色)でも、手法面(物語的/随想的)でも断絶して おり、本来別の作品だったのではないかと読まれることが多かった。これに対し、篠原進氏の問題提起(「『男色大鑑』の〈我〉と方法」『青山語文』第二七号  平成九年三月)により、一貫した手法の下に構成された一つの作品として読む可能性が開かれてきたものと思われる。
 ここで新たに、問題となる一人称表現を次の三種に大別して考えて見たいと思う。
(1)序に見られる一人称表現「愚眼」
(2)浅草に住む、日本に隠れもなき"女嫌ひ"の「我」

(3)歌舞伎若衆の世界で遊ぶ「我」
 これらは、一体どのような位相を形作っているのだろうか。(1)と(2)は、『日本書紀』という正史の中に男色の正当性を読む"女嫌 ひ"の論理において一貫しており、(1)と(3)は西鶴その人を介して繋がる。(2)と(3)を比べた場合、主旋律を担うのは(2)だが、(3)はそこか らはみ出した価値観をも排除せず、女性への眼差しを保ち続ける。
 そもそも、なぜ西鶴は、自分自身をモデルにして、あたかも西鶴その人として読んでもらえるように「我」を造形したのだろうか。これは「創作態度の破綻」 (暉峻康隆『日本古典文学全集 井原西鶴集二』解説)などではなく、むしろ、極めて意欲的な文学的試みであったように思われる。それは、一言で言うなら、 先行文芸(仮名草子、野郎評判記)との差異化である。先行文芸が歌舞伎について語る際は、色若衆を貶めて語ることが常套であった。これに対し、西鶴は、若 衆の仲間としての立場から語ることを試みた。そのために、西鶴らしき「我」が必要だったのである。

 また、歌舞伎若衆をめぐる言説についてのこだわりから、浅草に住む「我」と難波の「我」の二重性が生まれることとなった。この二重性 は、作品を二分化する危険を伴うが、視点を変えて見るなら、作品を支える二つの論理として把握することができる。このように見た場合、作品世界は、男色女 色の対立にとどまらない、さらに複雑な価値観を内包したものとして広がっていくと思われる。
 『男色大鑑』が、今日においても世界から注目を浴び、独特の存在感を保ち続けている理由の一つは、その複雑さゆえの豊かさにあるのではないだろうか。

『武家義理物語』に描かれた〈顔〉

平林 香織

 女子短大の一年生に『武家義理物語』の世界がどの程度理解できるだろうか、と恐る恐る始 めた演習で、学生たちが考察に及んだのは、一旦は明智の妻となりながら家に返された妹の心情(巻一の二「?子はむかしの面影」)だったり、主君の殉死に臨 む夫梅丸を励ました直後に敢えて愛想尽かしを言って不信感を抱かせたまま夫を死なせて後追いをした妻小吟の言動への疑問(巻五の三「人の言葉の末みたがよ い」)だったりした。作品は、「義理」という理念の枠組みを与えられているがために、かえって、そこからはみだす人間のありようを逆照射しているのではな いか。
 巻一の二では、美貌ゆえに明智と婚約したものの、疱瘡のために醜貌に変化した姉娘に対して、明智が、「美女ならば、心のひかるゝ所も有に、義理ばかりの女房なれば、只武をはげむひとつに身をかため」、名をあげたと記される。『武道伝来記』巻二の一「見ぬ人に宵の無分別」において美貌だと聞いて娶った娘が実は醜貌だったことが敵討ち事件発生の契機となっているという構図とは異なり、美貌から醜貌に変化した〈顔〉という身体が、明智、姉妹、親というすべての登場人物の〈こころ〉を次々と照らし出す構造になっている。
 巻五の三は、美男と評判の梅丸と美人の誉れ高い小吟がそれぞれ互いに「見ぬ恋」となって結ばれたのちに展開する夫婦の言説を取り上げた 話である。相手の〈顔〉を見ずに、美しい〈顔〉という評判によって夫婦となった二人が「義理」の実行を前に見せる不安定な〈こころ〉の表現を看取し得る。
 作品には、様々な〈顔〉にともなって「義理」が描かれる。そして、「口の虎身を喰、舌の剣命を断」登場人物のことばが、「義理」を規定 する。そこに絡めとられ、また、取りこぼされる〈こころ〉はどのように描かれているのだろうか。〈顔〉から〈口〉へというベクトルによって、「義理」をめ ぐる〈身〉と〈こころ〉の問題を切り結ぶことができればと考えている。


○司会は前回発表者の予定です