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2018年1月24日

 記事のカテゴリー : 学会・講演会・展覧会情報

●古代文学会2月例会(第697回)(2018年2月10日(土)午後2時〜、大東会館K−404)

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研究会情報です。
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古代文学会2月例会(第697回)ご案内
日時 2018年2月10日(土)(第二土曜日) 午後2時より5時まで
場所 大東会館K−404 http://www.daito.ac.jp/access/noriba.html
 *日程・会場ともに変わっております。ご注意ください。

発表 鈴木 雅裕氏
題目 『古事記』における天照大御神奉祭の起源 -「佐久々斯侶 伊湏受能宮」による表出をめぐって-
要旨 
『古事記』において、「伊勢大(御)神宮」の用例は三例拾うことができる。二例は崇神・垂仁記の系譜記事、残り一例は倭建命の東征条である。最も密接に関わるのは倭建命だが、先学が指摘するように、国内平定が伊勢大神の神威により果たされたことを如実に物語る。
 そうした神威を発する磁場としての伊勢神宮は、『古事記』と『日本書紀』とで異なる起源の有り様が記される。『日本書紀』では、神代で天照大神を象徴する神鏡が宮中で奉仕されることの起源から語り起こされ(神代下・一書第二)、そこから人代での分離(崇神紀・六年)、倭姫命の巡行を通じた鎮座次第と神宮創建(垂仁紀・二十五年)と、一連の文脈をなしている。一方、『古事記』にはそうした事由が見えず、上巻で語られる天孫降臨に際して、神鏡を奉ることのみ記すに留まる。
 二書の差異からは、『古事記』には、天照大神の鎮座起源を人代から神代に繰り上げた意図が読み取られる。その指摘は妥当だと考えるが、『記』・『紀』での際立った違いとして、天照大神の鎮座した場が「佐久々斯侶 伊湏受能宮」とされることも注目されるべきであろう。そこで、本発表では、『古事記』に一例のみ現れる「佐久々斯侶 伊湏受能宮」との表現に焦点を当て、伊勢神宮がいかなる場として表出されるかを考えてみたい。

司会 松田 浩 氏

【事務局より】

◎例会終了後に委員会を行います。委員の方々はお集まりください。

◎2018年度例会発表者の募集

2018年度4月からの例会発表者を募集します。ご希望の方は、題目及び200字程度の要旨を、
発表予定の三ヶ月前の委員会までに例会委員または事務局までお申し込みください。なお、採否は例会委員にご一任ください。


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