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2017年5月30日

 記事のカテゴリー : リポート笠間掲載コンテンツ

●佐々木孝浩「MOOC(ムーク)コース制作体験記―日本の書物文化を世界に発信して」【特集2・デジタル化で未来をどう創るか】●リポート笠間62号より公開

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リポート笠間62号より、佐々木孝浩「MOOC(ムーク)コース制作体験記―日本の書物文化を世界に発信して」、を公開いたします。

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※web版では、ルビをカット、傍点を太字に、また、改行等適宜行っています。ご了承ください。

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佐々木孝浩「MOOC(ムーク)コース制作体験記―日本の書物文化を世界に発信して」

※参考
Futurelearn(フューチャーラーン)
「Japanese Culture Through Rare Books(古書から読み解く日本の文化)」
https://www.futurelearn.com/courses/japanese-rare-books-culture

 一四一カ国。それだけの国名を数え挙げられる人はほとんどいないであろう。これは私が制作に加わった、MOOC(ムーク)のコース「Japanese Culture Through Rare Books(古書から読み解く日本の文化)」に登録した、八六〇〇人を超える人々の国籍の数である。世界の人口から見れば微々たる数であろうが、日本の古典籍のみを対象としたプログラムにこれだけ多くの国々の人が興味を示してくれたことに、当事者として驚きを隠せないのである。

 MOOCとはMassive Open Online Courseの略である。つまり大規模な公開オンライン授業の意味である。マサチューセッツ工科大学・ハーバード大学などが始めたedX(エデックス)、スタンフォード大学・プリンストン大学などが始めたCoursera(コーセラ)などが、代表的なプラットホーム(コース提供組織)である。前者には京都大学と東京大学や早稲田大学が、後者にも東京大学が所属している。国内にもJMOOC(ジェイムーク、日本オープンオンライン教育推進協議会)がある。

 二〇一五年七月、慶應義塾大学はイギリスに本部を置くFuturelearn(以下FLと略抄する)のパートナーとなった。東アジアでは中国の復旦大学、韓国の延世大学等が加盟し、日本では初である。加盟すればプログラム作成の義務を負うことになる。FLの日本最初のプログラムは、やはり日本関係のものが良いだろうということになり、半分買って出る形で私がコース制作を引き受けることとなったのである。

 私は科学研究費補助金やその他の研究助成金などによって、国外出張を幾度か経験してきた。それにより、欧米の図書館や美術館などにも相当数の日本古典籍が所蔵されており、それらの管理担当者やその周辺の人々に、日本古典籍についてもっと詳しく知りたいとの欲求があることを感じていた。多くの受講者は望めないかもしれないが、慶應義塾図書館と私の所属する附属研究所斯道文庫の蔵する日本古典籍を活用すれば、かなり特殊な内容であっても世界向けのプログラムとして成立すると判断したのである。

 こうして、慶應義塾のDMC(デジタルメディア・コンテンツ統合研究センター)を中心にして、KMD(大学院メディアデザイン研究科)の教員と学生に、斯道文庫から私と一戸渉准教授が加わった制作チームが発足した。内容面を担当しただけであるので、技術面でのことは不案内なのであるが、MOOCのコース制作は、様々な意味で体力勝負のような面があると感じている。経費はもとよりであるが、大学内に制作を担当しうる部署と人材が存在しなければ、内容を担当する人間だけではとても完成しないものなのである。プロのカメラマンや権利関係チェックの専門家、そして偶然の幸運に恵まれて加わっていただけた専門知識を有する翻訳者(現在アメリカ合衆国イリノイ州立大学アーバナ・シャンペーン校におられるジャン・ピエロ・ペルシアーニ氏)をも含めると、慶應側の制作スタッフだけでも一〇名を越えるのである。そのメンバーが約一年を掛けて、会議と試行錯誤を繰り返しながら、手探りでコースを制作していったのである。しかも途中からは次の「An Introduction to Japanese Subcultures(日本のサブカルチャー入門)」の制作も、内容担当者を変えた程度のメンバーで進められたのである。私の与り知らぬ苦労があったであろうことは想像に難くない。

 コースの形式については、是非FLのウェブサイトで具体的に確認していただきたいが、大学で毎週講義を受けるような感覚で受講できるように設計されている。我々のコースは三週構成になっており、各週には約二〇程度のステップがある。それらはビデオ、テキスト、ディスカッション、クイズ等の形式があり、どれも一〇分程度で終えることができるようになっている。私の能力の問題でもあるが、ビデオは日本語で撮影したので、英語字幕が付されている。テキストは英語が主体で、日本語のみでも学習できるように日本語版のPDFファイルも付してある。受講者同士のディスカッションも英語であり、受講者から寄せられる質問も当然英語で行なわれるのである。

 最初の二週と第三週の一部の内容は私が担当し、日本のことを殆ど知らない人にも理解できるように構成した。ビデオや画像でも日本古典籍の存在感を全面的に押し出すようにし、装訂の種類の紹介と、形態と内容の相関関係、また絵入り本の歴史などの内容とした。これのみだと大雑把なものになるのを、近世を専門とする一戸氏が、日本の出版史をも踏まえつつ、江戸期の書物文化の有り様を具体的な事例で説明してくれて、減り張りを持たせることができた。ビデオも単調にならないように、書庫に移動したり、対談形式を加えたりし、神保町と茶室のある慶應義塾横浜初等部の二箇所へのロケーションも行なった。技術スタッフによるシステム面での作り込みも相当のもので、各所に工夫が凝らされている。受講は無料であっても、満足度の高いプログラムとするための努力は怠っていないのである。MOOCのコースは自ずと大学の宣伝的な役割を担うだけに、制作のプレッシャーは大きいのである。

 FLが随時受講可とせず、期間を決めて開講しているのは、受講者に一体感を持たせ、ディスカッションを活発にするためであろう。正式なスタートは二〇一六年七月一八日であったが、登録していればそれ以前に始めることも可能であるので、オープン以前からコメントが寄せられていた。開講期間中はそれこそ二四時間ひっきりなしに世界中のあちらこちらから書き込みがあり、公式な期間終了後もその状況は暫く続き、コメント数は七六〇〇を越えたのである。その内容も実に多岐にわたり、日本人からは想像もできないようなものも少なくなかった。特に問題となるものは、チューター(補助講師)を担当してもらった院生の協力も得て返答した。しかしそれも物理的な限界があったのだが、心配は不要で、受講者同士で教え合ったり議論することも頻繁で、関連のある動画やウェブサイトのアドレスが紹介されることも多く、こちらが学ばせてもらうこともしばしばであった。

 懸命に英語のコメントの山と格闘したが、ビデオを日本語教材としている方が複数おられることが判明し、冷や汗の出る思いもした。ともかくも、好意的な感想を多くいただけて胸を撫で下ろしたことであった。一戸氏もそうであろうと思うが、今までこれほど多くの人から感謝されたことはない。しかしそれは日本の書物に普遍的な魅力があったからであり、私はそれを紹介したに過ぎないのである。単純に自惚れるのは問題があるが、日本の古典文化は確かに世界に受け入れられるだけの豊潤さを有していることを、我々は自覚し、それを積極的に活用する方途をもっと模索しても良いように思うのである。日本古典研究においても古典籍を活用すれば、研究の多方面の活性化が図れるはずである。

 二〇一七年一月九日から始まった再公開でも、登録者は五六〇〇人を越え、国籍数も一三一カ国に及び、コメントも五八〇〇以上となっている。コメント数に明らかな様に、比率的に初回よりも盛り上がり、質問内容もかなり専門的なものが目立っていた。五月二二日からは再々公開が予定されている。今回はどのようになるのかが楽しみである。

 これに続いて、六月一九日からは斯道文庫の堀川貴司・住吉朋彦・高橋智(現文学部)の三教授の担当になる、「Sino-Japanese Interactions Through Rare Books(古書から読み解く日本文化:中国文化の受容)」がスタートする。こちらは中国や朝鮮半島とも絡む内容だけに、より大きな反響が期待できるのである。

 それにしても痛感させらるのは、日本古典研究も英語を無視しては行えない時代になったということである。世界に日本古典愛好者を増やし、海外の日本古典研究者と手を取り合って研究を進めてこそ、明るい未来があることは確かだと思うのである。今後も多くの大学や機関で、日本の古典文化に関するMOOCコースが制作されることを期待したい。

佐々木孝浩[慶應義塾大学附属研究所斯道文庫]
▼書誌学。著書に『日本古典書誌学論』(笠間書院)、論文に「室町・戦国期写本としての「大島本源氏物語」」(「中古文学」第97号)など。


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