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2016年7月 7日

 記事のカテゴリー : リポート笠間掲載コンテンツ

● 中世文学会春季大会シンポジウム「文学の生まれる〈ところ〉」レポート○木下華子(ノートルダム清心女子大学)【2016.5.28・於大妻女子大学】

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しばらく実験的に、各学会大会等で開催されたシンポジウムのレポートを掲載していきます。
ここに掲載されたテキストは、小社PR誌『リポート笠間』の最新号に再掲載いたします。

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中世文学会春季大会シンポジウム
「文学の生まれる〈ところ〉」レポート

○木下華子(ノートルダム清心女子大学)

日にち 二〇一六年五月二八日(土)
司会
山中玲子(法政大学)
パネリスト
森正人(尚絅大学)
平野多恵(成蹊大学)
荒木浩(国際日本文化研究センター)

学会公式サイト
http://www.chusei.org/contents/meeting.html

 二〇一六年度中世文学会春季大会のシンポジウムは、「文学の生まれる〈ところ〉」と題して開催された。二〇一四年度のテーマは「南北朝期・室町期の文学と諸芸能」、二〇一五年度は「室町期の古典学」と南北朝・室町時代を照射するものだったが、今年度は時代・ジャンル等の枠をあえて設定せず、緩やかな枠組を活かして文学を考える企画ということになろうか。

 まず、司会の山中氏の提言をまとめると以下のようになる。中世文学研究は他の学問領域と関連・影響し合い、新しい視点を取り入れながら様々な進展を重ねてきた。こうした研究の進展から多くの学恩を得た今、新しい知見を踏まえて文学研究はどうあるべきかを問い直す必要がある。新しいもの・ことを見付けた後で、私たちは個々の作品や言説とどのように向き合うのか、そのような問題を「文学研究はある、進んでいく」という立場で考えたい。タイトルに掲げた〈ところ〉とは、「所(場、空間、環境)」であり、「時(機会、契機、場面、瞬間)」でもあり、文学の生まれる「機微」でもある。そのような意味での「文学が生まれる〈ところ〉」を問うことは、「文学とは何か」を考えることに等しい、大きすぎるほどのテーマだろう。しかし、中世文学の研究が「生きること」そのものと深く結びつく豊かで楽しい作業であることを再確認し、それを若い世代の人々に伝え、実感してもらうためにも、怖いものしらずで取り組んでみたい。

 報告者自身が大学院生だった一九九〇年代以降、各種データベースの整備・拡充、研究対象領域の拡大、古典籍のデジタル化と公開促進等、研究環境は飛躍的な進展を遂げた。それは微細な現象に至るまでの精緻な実証や他領域との相互交渉を可能にする一方で、研究の細分化や巨視的・俯瞰的な視点の減退という副産物をも生んでしまったように思う。雑駁なまとめ方で恐縮だが、今、改めて、「文学が生まれる〈ところ〉」という大きなテーマに挑むことは、これまでの研究史を相対化し、これからの文学研究のあり方を私たち一人一人が考えるきっかけとなるように感じている。

 続いて、三人のパネリストの発表についてまとめよう。
①森正人「説話が機能を超えるところ」
 森氏の発表は、「文学にとっての「説話」とは何か」という根源的な問いかけと、その答えは「説話が機能を超える瞬間こそが文学の生まれる〈ところ〉」であるとの提示から始まった。
 まず、一九七〇年代半ば頃から現在に至るまでの説話研究史の概括と問題点の抽出が行われ、「説話とは何か」という根本的な概念が示された。氏は、説話とは、人間あるいはそれ相当の存在の行為とその結果について言語をもって表現し、まとまり(意味内容=主題)を与えたものであり、それが「こと」として把握され、種々のテキストという「場」の中で機能すべく提示される存在だと定義する。
 説話が「場」において機能している以上、「場」が変われば説話の機能は変容するだろう。その具体的様相は、いくつかの実例によって示された。様々な説話集に収められる真福田丸や無空律師の説話からは説話集等の「場」による機能の変化、道成寺説話からは「場」と「時代」による変化、そして、鬼の存在意義等からは「時代」による変化を読み取ることができる。同じ内容を持つ説話・同一の言語によって表記される概念が、「場」や「時代」という環境によって機能を変化させる。そこにこそ、文学が生まれる瞬間(=〈ところ〉)が鮮やかに現前するのである。

②平野多恵「明恵をめぐる夢と奇瑞と信仰の磁場」
 平野氏は、鎌倉時代初期の僧・明恵の夢の記録に寄り添い、明恵自身・弟子たち・後代の人々という三方向から記される同一の夢や奇瑞の分析を通して、それぞれの信仰や思惑を解き明かし、言説が作られる場と文学の有り様を考察した。
 明恵の夢の記録は、本来、「焼き捨てるべし」という遺言とともに弟子に伝えられていた。しかし、それを惜しんだ弟子が破棄せず残したことが、定真の『最後臨終行儀事』などから窺われる。ここからは、明恵自身の意思を超えて、弟子たちがその夢を書き記すという動きが見出せよう。さらに、この動きは明恵や弟子たちの周辺を離れ、共同体の問題としても立ち現れるようになる。その具体例が、明恵三〇歳の折、天竺行きを制止する春日明神の託宣であった。後鳥羽院・九条家の祈祷体制の一角に明恵がいたこと、明恵が国家鎮護や人々の救済のために伽藍を建立したこと等の理由から、春日明神と明恵のつながりは王権・摂関家・南都といった共同体に必要とされるようになる。結果、それらの場に成立する種々のテキスト(「九条道家願文」『春日権現験記絵』等)に取り込まれた明恵の夢や奇瑞は、共同体内部の論理において変容することになった。
 本来、明恵個人のものであった夢の記録は、その夢を伝えられた弟子たちやそれぞれの論理において明恵の存在を希求する共同体という磁場で変奏を重ね、伝承・説話を形作る。その具体的様相こそが、文学が生まれる〈ところ〉を端的に示しているのである。

③荒木浩「散文の生まれる場所─〈中世〉という時代と自照性」
 荒木氏の発表は、「対外観」という視点から日本の文学(散文)が生まれる契機を探るものである。
 『往生要集』遣宋本末尾の記述からは、全て「経論文」(=他者の言語)で書かれた当該書に、源信は「一偈」(=自国の言語)を加えて宋へ送ったこと、それがある僧への夢告によって実現したことがわかる。『日本往生極楽記』においても、慶滋保胤は兼明親王の夢告によって聖徳太子伝・行基菩薩伝を増補し、二人の「倭歌」を記した。ここには、他者と自己の言語の同異に対する自覚(対外意識からの自照性)が窺われ、それが文学成立の契機となること、またそのような契機が「夢」によって実現することが明示されている。すなわち、「夢」は散文が生まれる場所と考え得るのであり、散文の特徴となる自照性は、古代説話集にすでに萌芽が見られるのである。
 さらに、古代から中世へと時代が移行する中で、夢とは無縁の場所で成立する散文が現れる。その典型が、深更の覚醒で作品を閉じる『方丈記』(広本・古本系)であり、覚醒して心と対峙する『徒然草』だった。これらの散文が持つ自照性は、一つには心に思うことをありのままに言い出すことを否定する和歌理論からの逆接的展開がもたらしたものであり、もう一つには一三世紀以降に普及・展開した禅宗と宋学における心を鏡と捉える思想に拠るところが大きい。世界を内面化し、世界をうつしだす散文作品は、このような場所(=〈ところ〉)から生まれるのである。
 
 質疑応答では、まず、司会の山中氏によってパネリストに共通する問題意識が提示された。それは、「夢はどのような場で語られ、解釈されるか」「心の位相について」「心と文学はどう関わるか」「説話の場、物語の場とはどのようなものか」である。続いて、司会・パネリスト間で、これらの問題意識をもとにしたディスカッションが行われた。全てが共同体・心・時代・研究の枠組といった根源的な問題であり、一定の解決が図られたわけではなかったように思うが、古代では身体に入ったり出ていったりと不安定なものだった心が中世になって捉え方が変化することや、一定の心を求める和歌に対し、散文では環境によって変化する心をうつしだせることなど、示唆に富む指摘がなされた。
 その後の質疑も多岐にわたった。禅宗の理論が新たな説話・文学を生む現象、夢の操作可能性の問題、説話集と類書との関係、絵画表現との関係、異界(経験しないこと)を語るという説話の枠組と私たちの精神構造について、古代・中世という時代区分の再構築の問題等々、重要な指摘が相次ぎ、活発な議論が繰り広げられた。報告者の力不足で、全てをまとめきれなかったことをお詫び申し上げる。
 
 個人的に印象に残っているのは、「テキスト間の説話の変容という現象を、社会の側から説明し、必然性を見出す必要があるのではないか。そこに文学が生まれる〈ところ〉があるのでは」という問いと、それに対する森氏の回答である。氏は、本年四月に起きた熊本地震において、インターネット上に関東大震災時と同じような流言飛語が発生したことを取り上げ、社会不安の中でデマが広がるという動きが説話の形成過程と同じものであると論じた。それは、文学が生まれる〈ところ〉が肯定的な契機に限らないことを痛烈に思い知らされると同時に、文学研究が強い現在性を帯びていることを再確認するものでもあった。近年、古典文学学習者の能動性・主体性をいかに育むか、研究と教育をいかに架橋するかが、大きな課題として共有されているが、古典文学とそれを享受する者の「今」が本質的なところでつながっていることを体感させてくれる発言だったと思う。そして、本シンポジウムの根幹である「中世文学の研究が「生きること」そのものと深く結びつく」ことを体現する瞬間だったように感じている。
 シンポジウムを終えて実感したのは、「文学が生まれる〈ところ〉」を考えることは知的な刺激に満ちたとても楽しい作業であり、その作業こそが「研究が生まれる〈ところ〉」になるということである。そのような〈ところ〉に参加できたことを感謝して、拙い筆を擱くこととしたい。


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