作者の欄に「伝○○」(伝称筆者)を書くべきではないと思う(ときかぬ記)

【三菱一号館美術館の館長である高橋朋也さんの『美術館の舞台裏』(ちくま新書、2015)に次のような一節があります。
[日本美術の展覧会で作品紹介のプレートに「伝 ○○」と明記されているのをご覧になったことはありませんか? 例えば「伝 雪舟」と記載されていれば、「これは雪舟の作であろうといわれています」という一種のお断りです。特定できない作品については、あくまで個人名記載はせず、ぼやかした表現を選択する。所蔵者・関係者に対する一種の気配りでもあり、断定するのを避けて、とりあえず判断を保留しておくことも日本的な手法なのです。*1]
「あくまで個人名記載はせず」の部分がよく分かりませんが(特定できないなら記載もできない)、それはさておき、「断定するのを避けて、とりあえず判断を保留しておく」手法として「伝○○」という表記が取られている、理由のひとつは「所蔵者・関係者に対する一種の気配り」という主張でしょう。しかし、この考えは古筆好きからすると、かなり違和感があります。古筆の展示における「伝○○」は判断保留のためではないケースが多いのです。】
つづきはこちらから。ときかぬ記。
http://ouix.hatenablog.com/entry/20160508/1462642080
こちらもあわせて。
●伝称筆者についての前の記事に対する反応へのレス(ときかぬ記)
http://ouix.hatenablog.com/entry/20160509/1462728365
●hideo kuboki (@nosuke_pooh) さんの連ツイに対するご返答(ときかぬ記)
http://ouix.hatenablog.com/entry/20160512/1462993736