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2016年2月18日

 記事のカテゴリー : 新刊案内

●岩佐美代子『為家千首(ためいえせんしゅ)全注釈』(笠間書院)

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3月上旬刊行予定です。

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ISBN978-4-305-70794-9 C0092
A5判・上製・函入・464頁、別冊索引・52頁
定価:本体13,000円(税別)


為家の和歌は決して一般に理解されているような平明温雅な古典主義のみではない―。
俊成・定家と父祖の跡を継ぎ、三代にわたり勅撰集の撰者となった歌人、藤原為家が26歳で詠んだ『為家千首』初の全注釈。

『為家千首』は貞応二年(1223)八月中、五日間に詠出した現存最古の千首和歌、しかも個人による速詠というただ一つの作であり、同時に、慈円の諫めによって出家を思い止まった26歳の為家が、はじめて父定家に認められ、歌道家第三代宗匠の自信を得た記念すべき作品である。

藤原為家の出発点の大作の意義をも押え、俊成とも定家とも異なる、為家という人物と詠作のあり方に迫る。
本文は冷泉家時雨亭文庫蔵「入道民部卿千首」により、注釈は【現代語訳】【参考】【他出】【語釈】【補説】の順に示す。
代表歌をもたぬ大歌人の真実に迫ることが出来る、格好の藤原為家入門でもある書です。

[本書の特色]
1・初の全文現代語訳付きの注釈書。
2・【現代語訳】【参考】【他出】【語釈】【補説】の順に示し説明。
3・成立、本文と詠出実況、内容等を詳細に示した解説付き。
4・1000首を自在に行き来できる、別冊各句索引付き。

【...一度は細部にこだわらず、千首を通読する事をおすすめする。(中略)全体を虚心に読んでいただけばいろいろな意味で実に面白い歌が多数あり、平淡な古典主義と一括し去る事は到底できないと理解されよう。そしてまた、春部では緊張し、謹直であった歌風が、詠み進むにつれて次第に自在の度を増して、万葉語や独自句、独自発想を多用、雑部に至って楽しい誹諧性を発揮するまでに至る様相が、まざまざと味わい得られるであろう。
 千首に見る為家歌風は、決して平淡温雅な古典主義ではない。そこには宗匠家後嗣なればこその、豊富な和歌資料を精読記憶活用し得る「稽古照今」の精進と、それを生かしつつ自詠を独自の物とする才気・誹諧性が明らかに示されている。それらは抽象的常識的な「習練」「練磨」のみで到達し得る性格のものではなく、為家にとっては当然、かつ必須の修学方法であったにもかかわらず、以後の後進歌人らの動向が彼の真意に反して、伝統と権威に寄りかかった二条派歌風に堕して行ったのは、まことに已むを得ぬ所であった。けれども為家の作品、殊にもその出発点なる千首と、到達点なる「詠歌一躰」との子細な検討無くして、彼を軽々に論断する事はできない。今後の和歌研究者は、俊成・定家に比し余りにも過小評価されて来た従来の為家観にとらわれず、虚心に彼の和歌・歌論に向き合い、前掲為家関係小著・小論をも併せ読み、忌憚のない吟味・批判を加えられた上で、万葉から近世まで一千年の和歌史の中の正当な位置に、彼を据え直し、評価していただきたいと、切に願う。】...解説より

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■著者紹介

岩佐美代子(いわさ・みよこ)

大正15年3月、東京生まれ。昭和20年3月、女子学習院高等科卒業。鶴見大学名誉教授。文学博士。

著書に、『京極派歌人の研究』(笠間書院 昭49年)『あめつちの心 伏見院御歌評釈』(笠間書院 昭54年)『京極派和歌の研究』(笠間書院 昭62年)『木々の心 花の心 玉葉和歌集抄訳』(笠間書院 平6年)『玉葉和歌集全注釈』全四巻(笠間書院 平8年)『宮廷に生きる 天皇と 女房と』(笠間書院 平9年)『宮廷の春秋 歌がたり 女房がたり』(岩波書店 平10年)『宮廷女流文学読解考 総論中古編・中世編』(笠間書院 平11年)『永福門院 飛翔する南北朝女性歌人』(笠間書院 平12年)『光厳院御集全釈』(風間書房 平12年)『宮廷文学のひそかな楽しみ』(文藝春秋 平13年)『源氏物語六講』(岩波書店 平14年)『永福門院百番自歌合全釈』(風間書房 平15年)『風雅和歌集全注釈』全三巻(笠間書院 平14・15・16年)『校訂 中務内侍日記全注釈』(笠間書院 平18年)『文机談全注釈』(笠間書院 平19年)『秋思歌 秋夢集新注』(青簡舎 平20年)『藤原為家勅集詠詠歌一躰・新注』(青簡舎 平22年)『岩佐美代子の眼 古典はこんなにおもしろい』(笠間書院 平22年)『竹むきが記全注釈』(笠間書院 平23年)『讃岐典侍日記全注釈』(笠間書院 平24年)『和泉式部日記注釈[三条西家本]』(笠間書院 平25年)岩佐美代子セレクション1『枕草子・源氏物語・日記研究』(笠間書院 平27年)岩佐美代子セレクション2『和歌研究 附、雅楽小論』(笠間書院 平27年)『京極派揺籃期和歌新注』(青簡舎 平27年)ほか。

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■ご予約・ご注文はこちら
直接小社まで、メールinfo@kasamashoin.co.jpまたは下記のフォームで、購入希望としてご連絡ください(書名・冊数・お名前・ご住所・電話番号を明記してください)。
http://kasamashoin.jp/mailform.html

■オンライン書店でのご購入はこちらをご参照ください
http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784305707949

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【目次】

はじめに
凡例

入道民部卿千首
 詠千首和歌

春二百首
夏百首
秋二百首
冬百首
恋二百首
雑二百首
補遺

解説
一 成立
二 本文と詠出実況
 1 一首詠出時間
 2 無歌題千首の意義
三 内容考察
 1 「稽古」―「證歌」活用能力
 2 万葉語摂取
 3 三代集以下摂取
 4 定家・家隆・慈円継承
 5 新発想・新用語
 6 誹諧性
 7 語彙に見る言語能力
 8 創作力の根源
四 「詠歌一躰」への進展
 1 稽古
 2 百首詠法
 3 「新」の奨励
 4 「制詞」の意味するもの
五 結語

参考文献
あとがき

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【凡例】

一 本文は冷泉家時雨亭文庫蔵「入道民部卿千首」、同亭叢書十、『為家詠草集』(二〇〇〇、朝日新聞社)所収影印、佐藤恒雄解題による。翻刻引用を許可された冷泉家に厚く御礼申上げる。
一 正しい作品名は「入道民部卿千首」であるが、注釈書名としては一般的明示を旨として、通称「為家千首」を採用した。
一 表記には適宜漢字を宛て、歴史的仮名遣いを用いる。底本表記は傍書により示すが、漢字表記か変体仮名表記か必ずしも分明でない場合は適宜判断する。また送り仮名・脱字の補入は「・」をもって示す。
一 歌頭に歌番号を付す。これは佐藤恒雄『藤原為家全歌集』歌番号から、一六一を減じた数に当る。
一 歌頭に存する朱・墨の合点、末尾に存する墨の合点は、「朱・墨・尾」と略記して各歌末尾に示す。
一 注釈は【現代語訳】【参考】【他出】【語釈】【補説】の順に示す。
一 引用参考歌はすべて『新編国歌大観』(以下、叙述には単に『国歌大観』とのみ記す)によるが、うち万葉歌は歌番号・訓ともに西本願寺本による。『私家集大成』はあまりに浩瀚で検索に力及ばず、かつそこまでの必要は無いかと考えて割愛した。
一 【他出】において、前歌詞書を襲う場合はこれを( )内に示す。
一 解説として成立・本文と詠出実況・内容考察・詠歌一躰への進展について述べる。
一 別冊として各句索引を付す。歴史的仮名遣いによるが、「生る」「梅」のみは「むまる」「むめ」とする。

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自著解説『為家千首全注釈』


岩佐美代子


 一体私は、何でこんなに為家さんが好きになってしまったのでしょう。生来のつむじ曲がりから、一般的な世評につい反対してみたくなる性格。古風な縁語掛詞や引き事で、結構時事問題をも詠み得た「歌日記」を残した祖母の影響。また御子左家には遠く及ばずながら、学者の家の「三代目」として、いささか有難迷惑をも蒙った体験。それらもかなり影響しているとは思います。しかし何といっても一番大きかったのは、彼の作品そのものの力でした。

 閼伽棚(あかだな)の花の枯葉もうちしめり朝霧深し峰の山寺 
 (千首、九三五。風雅、一七七七)

古来たった一つの、この主題の秀歌。近世に類似詠三首がありますが、詩情において到底及ばぬ、似て非なるものです。26歳の詠。

 歎かるゝ身は影ばかりなりゆけど別れし人に添ふ時もなし
 (秋思歌、一五六)

最愛の一人娘の死を歎く、66歳の悲歌。率直そのものの哀慟でありながら、その陰にひっそりと、他に誰一人活用した事のない古歌、

 恋すれば我身は影となりにけりさりとて人に添はぬものゆゑ
 (古今五二八、読人しらず)

が身をひそめています。しみじみうまい。しかも技巧を越え、身を切って得た真情です。
 為家と言えば、大真面目な擬古典主義と思われていましょう。いゝえ、とんでもない。

 思ひきや大津の鐘の浦づたひ我が立つ杣に鳴らんものとは 
 (夫木抄、一五二四五)

文永元年、67歳の時、三井寺と延暦寺の争いで、三井寺の鐘を叡山にかつぎ上げてしまった事件を詠んだ歌。「浦づたひ」は源氏物語、「わが立つ杣」は伝教大師の名歌のもじりです。愉快じゃありませんか。最深の悲傷であった娘の死の翌年、立ち直ってこんなユーモラスな歌も詠めるのです。

 その歌論「詠歌一躰」についても、これまでは「中世的修行道」といった、観念的な読解しかされていません。しかしこれは、幼年の為相の為に書き残した、実に具体的で懇切な「作歌方法論」なのです。詳しくは小著『藤原為家勅撰集詠 詠歌一躰新注』(二〇一〇、青簡舎)を御覧下さい。まことに簡明率直に、作歌の要諦が説かれております。

 そのような為家の、歌道家後嗣としての出発点、26歳で詠んだ「為家千首」の全注釈という、大それた仕事を試みました。する方も大変でしたが、読んでいただく方はもっと大変。果して活用していただけるかしら、と案じられます。でも、どうぞ我慢して、飛び飛びにでも、参考歌と読み合わせながら味わって下さいませんか。みんなの記憶の中に埋もれている古歌を巧みに生かし、自詠との二重奏の効果で、三十一字に盛り切れない豊かな内容と余情を表現する。しかもそれは、決して魂のない擬古典主義ではない。

 秋来れば軒端の栗もうらやましすゞろにいかにさは笑まるらん
 (千首、九四二)

秋が来ると、軒端の栗だってうらやましいよ。何のいゝ事もないのに、どうしてあんなににこにこしていられるんだろう――私はいつも憂鬱でしかめ面ばかりしているのに――。「笑む」というのは栗が成熟して、いがが割れ、実がのぞく事で、つい先年まで普通に使われた言い方です。誹諧的な表現の中に、作歌不堪、失意のあまり出家を覚悟した千首詠出当時の、切実な心情がこもっています。

 従来の国文学界に、余りにも疎外されていた為家の評価を、その作品の詳細な検討を通じて正当な位置に定めたく、佐藤恒雄氏『藤原為家全歌集』(二〇〇二、風間書房)・『藤原為家研究』(二〇〇八、笠間書院)の二大著に支えられての、私として最後の大仕事でございます。果してどの程度まで、この大歌人の真実に迫り得たか、甚だ心許ない次第ですが、忌憚のない御批判御教示をたまわりますよう、切にお願い申上げます。

 心から敬愛する為家さん、「当らずといえども遠からず」と笑って下さいますかどうか。謹んでその霊前に捧げます。


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