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2015年12月10日

 記事のカテゴリー : リポート笠間掲載コンテンツ

●大塚ひかり「誰のための現代語訳か」[古典の面白さを伝えたいという立場から]【特集・古典の現代語訳を考える】●リポート笠間59号より公開

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リポート笠間59号より、大塚ひかり「誰のための現代語訳か」[古典の面白さを伝えたいという立場から]、を公開いたします。

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大塚ひかり「誰のための現代語訳か」


 古典文学の現代語訳を読む際、いつも気になるのは、
 「どこからどこまでが原文の訳で、どこからどこまでが訳者による説明なのか」
ということだ。
 作家の現代語訳には、作家によるアレンジやことばの綾などがあって、
 「本当に原文にこんなことが書かれているのか?」
と、今一つ信用できないところがあった。作家の作品と割り切れば良いし、そこから古典文学に興味をもつ人が多いであろうことを思うと、存在意義は大きいのだが、それならいっそ現代語訳でなく、漫画のような別作品のほうが影響力はあると思うし、少なくとも私の場合は、漫画によるアレンジのほうが楽しめた。
 そういう意味では、古典文学全集などにある研究者の逐語訳を、注を見ながら読むほうが古典文学を読んだという気になれるのだが、この注もまた信用ならないところがある。

 はじめてそれを感じたのは、高校生のころ、『紫式部集』を読んでいた時に、ある歌の詞書に"人の"とあって、これをその本の校注は、(紫式部の夫の)「宣孝をさす」としていた。根拠となる記述もなかったので、「夫とは限らないんじゃないかな」と疑問に感じた。父権の強い明治時代に生まれた校注者が、自分なりの性道徳観で、解釈をゆがめているように思えたのだ。以来、古典文学の現代語訳はもちろん、校注や注釈も疑ってかかる癖がついた。そして、
 「古典は原文を読むのが一番だ」
と思うようになった。
 こうした古典文学への私の態度は、半分は正しく、半分は間違っていた。
 と、後年、『義経記』や『源氏物語』、『竹取物語』といった古典文学を全訳するようになると、さとることになる。
 間違っていた半分は「原文を読むのが一番だ」という考えである。
 原文といっても著者の直筆本が残るものは少ない。古典文学全集などに収められた「原文」は、数ある異本の中から最良と研究者が判断したものを校訂したもので、「原文」自体が複数存在し、細かな差異は数え切れないことを知ったというのも大きい。

 何よりも、考えてみれば、グリム童話やドストエフスキーといった海外文学を原文で読む日本人はあまりいない。ましてギリシア神話を、ラテン語や古代ギリシア文字にまで辿って読む日本人となると、研究者に限られるだろう。
 そうなのだ。
 研究者なら原文を読めば済む。
 さまざまな異文を読み比べて、自分なりの解釈を導くことも可能だろう。
 しかし、一般の人は違う。
 そして、古典文学の現代語訳を求めているのは誰か、「誰のための現代語訳か」と考えた時、そうした一般の人々ということに気づく。
 現代語訳を必要とする人は、原文に複数の異文があることなどには無頓着だ。そんなことを知らなくても、ことばや時代や国を越え、楽しめてこその古典文学ではないか。
  
 そう思い至ったところで、心に浮かぶのは、
 「中学・高校時代の私は(今もですが)なぜ、現代語訳がなくても、そんなにも古典文学が面白かったのか」ということだ。
 小学校のころから古典文学が好きで、漫画やダイジェスト版で読んでいた私は、それらに省略された部分や、原文にはないアレンジがあるのがイヤで、中学に入るころには岩波の日本古典文学大系などの注付きの原文で古典文学を読んでいた。そしてその面白さに夢中になった。
 それは今思うと、古典文学を読めば読むほど、今まで「常識」と思っていたものが「常識」ではなかったことを知る楽しさ、今現在の価値観とは違う価値観がかつてあったことを知る喜びゆえだった。 
 とくに当時の私がはまっていた平安文学では、しばしば息子より娘の誕生が望まれ、女が大事にされる。『源氏物語』で、弘徽殿大后の妹の朧月夜が宮中の花の宴から退出する際、その兄弟たちが従者のように参上するシーンや、『紫式部日記』で、藤原道長が「見送りをしないと言ってお恨みになるといけないから」と妻を見送るシーンは、「前近代は今より男尊女卑だ。息子が大事にされ、夫の地位が高かった」という、時代劇などから得た私の固定観念を、小気味よく打ち砕いてくれた。

 "よき女子は、親の面をも起すもの"(『うつほ物語』「国譲中」巻)
 "男は口惜しく、女はかしこきもの"(『夜の寝覚』二)

といった女の地位の高さを表すセリフを発見した時のわくわく感は格別だった。
 平安古典に見えるこうした価値観の背後を知るために当時の歴史を勉強すると(そもそも私が大学で「日本史学」を専攻したのは古典文学を生んだ時代背景を学ぶためだった)、母系的な社会構造や「外戚政治」といった政治の仕組みがあることを知った。また、妻方の実家に経済力が求められた当時、父母もない、家土地もない、家事をする召使もない貧しい女はいくら美人でも、男たちは、

 "あたりの土をだに踏まず"(『うつほ物語』「嵯峨院」巻)

という現金な態度を見せることも知った。『源氏物語』の八の宮の美貌の姫君たちが、結婚を恐れていたのも、一つにはこうした時代背景があったのか......と、頭の中で、文学と歴史が結びつくのが快感だった。
 平安古典に今現在とは別の価値観を見出した私は、当時、学校や家庭に、今一つ居場所を見出せなかったこともあって、「古典オタク」になっていった。
 
 このような、自身の経験を振り返ってみると、一般の人が海外文学や古典文学を読む際、ネックとなるのはことばの問題以上に、価値観や時代状況が「分からない」ということではないかと思い至る。
 『源氏物語』を例にとれば、当時の上流婦人は、夫や親兄弟以外の男には顔を見せない。だから男が女を"見る"時はすなわちセックスする時となって、"見る"がセックスや結婚を意味することになる。それは研究者にとっては常識だ。しかし研究者以外の人にとっては未知の領域だったりする。
 しかも大事なのは、現代語訳を必要とするのはそうした人々である、ということだ。そしてこうしたことが分からないと、『源氏物語』の面白さは減じてしまうということだ。
 空前のブスの末摘花を、なぜ源氏は零落美女と勘違いしてセックスしてしまったのか。
 なぜ、垣間見といった覗き見めいたことを男たちはたびたびするのか。
 なぜ、好きな女に「似ている」ことが男たちにとって重要だったのか。 
 そうした物語の根幹に関わる事どもが、当時の"見る"ということについて説明しないと、現代語訳を必要とする人には分かりにくい。

 こうした時代状況と関連して、『源氏物語』であれば、おびただしい数の和漢文学の引用があり、しかも催馬楽などの流行歌謡や花鳥風月で登場人物の心理状態や関係性、性愛が表現されている。
 そこが飲み込めないことには、とくにダイレクトな性描写のない『源氏物語』のエロは楽しめないし、分からないという問題がある。
 もちろん研究者であればそうしたことはすべて承知で、物語を楽しめるであろう。
 しかし現代語訳を求める人に対しては、説明がほしい。
 そう考えて、私が『源氏物語』の全訳をした際には逐語訳にして、訳のあとに「ひかりナビ」と称する、私の名と源氏の名を掛けたナビゲーションを付け、時代状況や、花鳥風月や歌謡曲の意味する性的暗示、伏線といったことを、詳しく説明することにした。
 訳文に組み込むことをしなかったのは、どこまでが原文の訳で、どこからが説明なのか分からないのはイヤだという自分自身の経験からだ。
 その際、研究者の「校注」や「注釈」は参考にしても、鵜呑みにせず、『源氏物語』が引用した和漢の書はそれこそ原文に当たって逐一調べることを心がけた。

 こうした疑り深さは、先に書いたように、高校生のころ読んだ『紫式部集』の校注に疑問を感じて以来の私の癖なのだが、結果、従来の注釈や定説とされるものが必ずしも正しいとは限らないということも分かった。
 以下、『法政文芸』11 号(二〇一五年七月二十五日発行。特集「古典の再創造」)で書いたことと重なるものの、一例を挙げれば、「藤袴」巻の最後のほうに、 
 "心もて光にむかふあふひだに朝おく霜をおのれやは消つ"
という玉鬘の歌が出てくる。この葵をどの注釈書も「向日葵(ひまわり)」としている。小学館の古典文学全集も新編古典文学全集も、今のところ『源氏物語』の一般向け注釈書の最新のものである岩波の新古典文学大系も、「今日の『ひまわり』にあたる『からあふひ(唐葵)』」とし、谷崎潤一郎の訳なども同様だ(すべて私が『源氏物語』の全訳をした二〇〇八年時点調べ)。
 だが、平安中期にひまわりがあったのか? という素朴な疑問が私にはあった。
 それで『決定版生物大図鑑』園芸植物1(世界文化社)を調べると、今のひまわりが日本に伝来したのは「江戸時代の寛文年間」という(二〇一五年八月二十五日付け「朝日新聞」によれば「十七世紀ごろ」に伝わったという)。 
 しかも『源氏物語』の注釈書がひまわりに当たるとする"唐葵"は、『枕草子』"草は"の段にもあって、こちらの注釈書のほうは、「たちあおい、はなあおい」(新編日本古典文学全集)とある。
 立葵はアオイ科の越年草、ひまわりはキク科の一年草で、別物だ。
 唐葵が立葵であるとすれば、ひまわりであるはずもない。玉鬘の歌の葵も唐葵を指すというところまではいいものの、それは『枕草子』の各注釈書の言うように、立葵であろう。
 ちょっと調べればすぐ分かるようなこんな間違いが、立派な古典文学全集や現代語訳で踏襲されてしまう恐ろしさを感じた。
 「原文を読むのが一番、校注や注釈は疑ってかかるべき」という高校時代以来の古典文学への私の態度の、これが正しかった半分である。

 定説や権威とされる学者の説、教科書に書かれたことでさえ、自分が少しでも違和感を覚えるのであれば、鵜呑みにせず、調べ直すというのは、現代語訳をする立場や研究をする立場であればなおのこと、読み手としても大事な姿勢だろう。
 疑いから生ずる「調べ事」が読者にとっては「楽しみ」にもつながるわけで、楽しみの糸口となる情報は多いほどいい。
 高校時代、違和感を覚えた『紫式部集』の「校注」は、こうしたもろもろを教えてくれた原点とも言える。その意味では、たとえ校訂者の主観に満ちたものであるとしても、現代語訳(『紫式部集』は現代語訳ではなかったし、その校注も間違っていたとは限らないのだが)には「注」的なものがついていたほうが楽しめる......原文の訳と、訳者の説明の区別をつける意味でも......というのが私の考えだ。

大塚ひかり(古典エッセイスト)著書に『本当はひどかった昔の日本 古典文学で知るしたたかな日本人』(新潮社)、『昔話はなぜ、お爺さんとお婆さんが主役なのか』(草思社)、『源氏物語』全六巻(全訳、ちくま文庫)、最新刊『本当はエロかった昔の日本』(新潮社)など。


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