« 日本経済新聞(2015/12/6付)朝刊で、古橋信孝『文学はなぜ必要か 日本文学&ミステリー案内』(笠間書院)が紹介されました。「(本の小径)「文学はなぜ必要か」 文科省の通知へ様々な反論」。 | メイン | 佐藤春夫記念館 企画展「芥川賞をください」佐藤春夫宛て太宰治書簡と芥川賞(平成27年12月1日(火)~平成28年2月28日(日)) »

2015年12月 7日

 記事のカテゴリー : 学会・講演会・展覧会情報

●第425回 俳文学会東京研究例会・講演会(2015年12月19日(土)、聖心女子大学)

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote Share on Tumblr LINEで送る

研究会情報です。

●公式サイトはこちら
http://haibuntokyo.cside.com/prg/inf7.cgi
--------------------

第425回
2015年12月19日(土)14:30~17:00
聖心女子大学
第26回テーマ研究 近世の歌枕・俳枕 司会 松本麻子氏  

●研究発表「名所・俳枕と時代 ―内藤家の活動を軸として―」
 稲葉 有祐氏

高野幽山は寛文二年頃から諸国を行脚して全国の名所旧蹟に因む句を収集、『能因歌枕』に想を得た『俳枕』(延宝八年刊)を編纂する。江戸俳壇のパトロン的存在として幽山らを庇護した磐城平藩主、内藤風虎(義概)もまた、寛文十二年に『奥州名所百番発句合』を主催する。両書を、その背景となる時代相から位置付けてみたい。
寛文七年、幕府は諸国巡検使を派遣し各国の情勢を監察、一方で各藩主らは領内の地誌作成を進めていく。近世地誌編纂は保科正之の命による『会津風土記』を嚆矢とするが、磐城平藩も同八年、葛山為篤に命じて『磐城風土記』編纂を開始していた。同十年の家督相続をも視野に入れ、風虎らの活動について考える。

●講演「歌枕から名所へ―幕府の巡見使と地誌―」
錦 仁氏(新潟大学名誉教授)

藩主はなぜ堂上派歌人に入門し、和歌の手ほどきを受け、秘伝書の伝授を乞うのか。和歌は素人の文学である(小西甚一)。古今集などをよく学び、表現の作法を覚え、習練を積めば、それなりにうまくなれる。先生はいてもよいが、いなくてもうまくなれる。
歌枕の場所をピンポイントで確定することはできない。なのに藩主は、領地に名所を設けて歌を詠む。併せて漢詩も詠むし、発句を詠むこともある。和歌と漢詩のセットが名所の基本条件である。
歌枕・名所の背後にいかなる思想があるのか。興味深いのは、幕府派遣の巡見使が前もって各藩に歌枕・名所の場所を報告させ、見てまわることだ。彼らの調べた歌枕・名所は、領地の境目、石高、産物、神社・仏閣などと共に、各藩の地誌に記載される。
歌枕・名所をめぐる各藩の動きを明視し、近世期へ続いてきた和歌の思想をあきらかにしたい。今回は、その手がかりを示す。


●グーグル提供広告