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2015年11月30日

 記事のカテゴリー : リポート笠間掲載コンテンツ

●三浦佑之「池澤夏樹訳『古事記』を通して」【特集・古典の現代語訳を考える】●リポート笠間59号より公開

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リポート笠間59号より、三浦佑之「池澤夏樹訳『古事記』を通して」、を公開いたします。

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三浦佑之「池澤夏樹訳『古事記』を通して」


 古典から現代までを網羅した日本文学全集の刊行は一九六七年以来というから、およそ半世紀ぶりということになる。しかも、その時の「カラー版日本文学全集」(河出書房)全五七冊の刊行リストをみると、古典を扱った巻は、『古事記・万葉集』『源氏物語』二冊『平家物語』『竹取物語・伊勢物語・枕草子・徒然草』『西鶴・近松・芭蕉』の六冊だけであるのに対して、刊行中の「日本文学全集」(河出書房新社)では、全三〇巻のうちの一二巻に古典文学作品が配当されており、その割合は四倍にもなっている。近現代文学の愛好者や研究者には疑義もあろうが、古典文学の復権を願う者としては、個人編者である池澤夏樹氏の大英断に敬意を表したい。

工夫された翻訳
 その第一巻に収められ第一回配本として出た池澤氏自身の訳による『古事記』(二〇一四年一一月刊)は、ずいぶん評判になり版を重ねている。その前のカラー版日本文学全集の『古事記』が福永武彦の訳であり(『現代語訳 古事記』と題して河出文庫所収)、親子二代の現代語訳が読めるのもたのしい。しかも両書を比べると、神名の初出時には「漢字(カタカナ)」、二度目からはカタカナのみで記すとか、歌謡は訓読本文を二句ずつの分かち書きにして隣りに現代語訳を並べるとかの表記上の工夫が共通し、系譜を省略しない点も同様で、池澤氏が福永訳を意識しているのは間違いがない。

 むろん、古事記の解釈については新しい研究の成果が十分に配慮されており、脚注形式をとることによって、小説家の手になった従来の現代語訳(福永のほか、鈴木三重吉や石川淳、田辺聖子から梅原猛まで)とはずいぶん印象が違う。ただし、今回の全集に収められる他の古典作品が同様の体裁をとるということはないようで、古事記の文体を生かしながら現代語に訳そうとした池澤氏の熟慮のうえの選択らしい。そうした苦心や方法については、本書の巻頭に置かれた「この翻訳の方針―あるいは太安万侶さんへの手紙」と題された文章を読めばよくわかる。
「ぜんたいの基本方針としてあまり自分の言葉を補わず、あなたの文体ないし口調をなるべく残すことを心掛けました」と述べているとおり、池澤氏は、古事記の文体の簡潔さを評価し、それを現代語に生かそうと腐心している。刊行直後のわたしとの対談では「ずいぶん速い文体」だと評していたが(「いまなぜ古事記を新訳したのか」『文藝春秋』二〇一四年一二月号)、その「速さ」を生かすために、「これまでの作家たちの現代語訳はふつうの読者が知らないことを説明として本文に織り込んで」きたのを排除し、説明を脚注に置いたのだという(「この翻訳の方針」)。

 そしてその時、池澤氏が選んだ「説明」は、西郷信綱『古事記注釈』(四冊、一九七五〜八九年、平凡社。ちくま学芸文庫八冊、二〇〇五、六年)の借用であった。施された注のほとんどは西郷の見解を踏まえており、引き写しといっていい部分も多い。そして、今回の訳では、それが大いに成功しているというのがわたしの印象である。今、古事記の研究者としてもっともすぐれた読み手である西郷信綱の解釈に基づくことで、池澤氏の信頼できる現代語訳ができていると思うからである。それは、研究者と小説家との共鳴の成果といえよう。

 ただし、『古事記注釈』も刊行されてすでに長い時を経ており、訂正すべき点が多々あるのも事実である。そのあたりについては、わたしがゲラの段階で池澤氏の原稿を確認し、巻末には「解題」も書かせてもらったので、研究者間の見解の相違を別にすれば、最先端の研究水準が踏まえられているはずだ。そして、今回の全集では、他巻の古典作品についても同様の作業がなされると聞いている。

テクストの多様性
 古事記を理解する上での「困難」について池澤氏は、「テクストの多様性」にあると指摘し、具体的には、「神話・伝説」と「系譜」と「歌謡」という、「形式において互いに関係の薄いテクストが混在」していることだと指摘する(「この翻訳の方針」)。そして、その三つのテクストの混在を明確に意識しながら、池澤氏の翻訳はなされている。

 中心となる「神話・伝説」では、「テンポよく進む」「そのスピード感を壊さないようにと、言葉をなるべく補わない」文体で叙述され、省略されがちな「系譜」は、べた書きで連ねるのではなく、神名や人名を一柱(一人)ずつ並列して表記する。それによって系譜は存在感を強め、作品のなかでの自己主張が読みやすくなった。そしてもう一つの「歌謡」は、音仮名表記された元のことばの音声やリズムをそのまま漢字かな交じり文で表記し、訳文を並べるというかたちで対処する。それによって、三者三様の文体が混在するテクストを現代語に復元しようとした、それが池澤氏の翻訳の新鮮さである。

 池澤氏の創意工夫は、古事記を口語訳したことがあるわたしにとって、教えられることが多かった。ことに、系譜の訳し方については大いに感嘆したが、今となってはあとの祭り、歯噛みするしかない。

 このように整理してみると、池澤氏の訳が求めようとした文体と、わたしが二〇〇二年に訳した『口語訳古事記』(文藝春秋)の文体とでは、まるで正反対の方向を向いており、おそらく池澤氏は、わたしの訳を受け入れることはないと思う。しかもその違いは、小説家と研究者という立場から生じるのではなく、語り手の視点をどこに置き、だれに寄り添うかというところから生じている。

 その点について述べる前に付記すれば、古事記の場合、変体漢文と音仮名表記とによって、漢字だけで記述されているという点は、現代語に訳す際に注意を要する。そこでは、平安以降のかな散文とは違い、「漢文体→和文訓読→現代語」という二段階の変換作業が必要になる。研究者の手になる注釈書の類なら、原文と訓読文と現代語の三種を並べることも多い。しかし、一般向けの本ということもあって、池澤氏もわたしも現代語訳しか載せていない。この点に関して、刊行後にわたしは、原文を併載すべきだという批判を受けたことがある。古事記の現代語訳に訓読本文を添える必要性は感じないが、たしかに漢字だけの原文を載せればよかったと反省し、講演資料等の作成の際には実践している。

 ちなみに、漫画による古事記(上巻のみ)の翻訳、こうの史代『ぼおるぺん 古事記』三巻(平凡社、二〇一二、三年)という画期的な作品では、それぞれの巻の冒頭に原文を流し込み、本文には訓み下し文を用いている。漫画が主体だからできたことかもしれないが、まことに慧眼である。

だれに寄り添うか
 前書きとして置かれた「この翻訳の方針」という文章の副題が「あるいは太安万侶さんへの手紙」となっているのは象徴的だが、池澤氏の『古事記』は、古事記「序」に出てくる太安万侶という撰録者に寄り添うかたちで書かれており、「序」に記された安万侶の撰録方針をなぞるかたちで訳されている。これは、翻訳者の立場としては本道であり、理想的な古事記の現代語訳だということになる。それに比べれば、饒舌な上に、原文にはない古老の語りと称するうさん臭いぼやきまで加えたわたしの口語訳はどうかといえば、翻訳を逸脱しているという刊行当初からの批判があるとおりだと言わざるをえない。

 しかし、そうした批判は承知しながらわたしなりの言い訳をしておくと、わたしは、文字以前の「語り」を想定して古事記を訳そうとした。そこに稗田阿礼ではない架空の語り手を登場させることで、漢字を用いて書物となった「古事記」以前のすがたを、「語り」という音声のことばに移しかえようと試みたのである。遺された古いことば、理解できない外つ国のことばを、今のわたしたちにわかることばに置き換えるのが翻訳だとすれば、わたしが試みたのは、遺された古いことばを、今あることばを駆使して想像の中にしか存在しない無文字の時代のことばとして復元することであった。

 読んで気づいていただけるかどうか、わたしの口語訳では、漢字や漢語をいっさいもたない時代に生きた古老に語らせているのだが、そこで用いている和(倭)語が漢字・漢語を受容することによって生じたことばか否かというような吟味はなされておらず、学問的な厳密さがあるわけではない。では、そうした試みをなぜしたかと言えば、「語り」という文体を求めた時、発せられることばの発話者(語り手)を具体的に設定しなければ、ことばが紡ぎ出せなかったからである。いわゆる「一人称」で語ろうとすると、「わたし」とはだれかを明示する必要が生じるのだ。それに対して、文字によって書かれた文体は、そのあたりがあいまいなままでも成立してしまう。現代の小説が、「三人称」とか「神の視点」とか呼ばれる文体で叙述できるのは、それが書かれた作品だかららしい。

 池澤夏樹氏が安万侶の立場に立って古事記を訳したのは、彼が文字を駆使する小説家だからではないかとわたしは理解した。それに対してわたしは、遠き代の文字をもたない語り手を引っ張りだしてみたかったわけで、それはわたしが「語り」論を掲げて古事記研究をおこなう研究者であったということによる。そしてそこには、当然のように古事記「序」への疑いがともなっている。

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古典の翻訳は、研究者によってなされるのがいいか、文学者によってなされるのがいいかと聞かれれば、どちらも必要だと答えるしかない。その場合、研究者はみずからの文体を磨き鍛え、小説家は研究の水準に敬意を払うという、それぞれの切磋琢磨が欠かせないということではないか。

 そして古事記の場合、そのことよりも何よりも、どのような立場で作品に向き合うかという思想性のほうが大事なのではないかと考えている。古事記が近代のある時期にいかなる歴史を担わされていたかという認識と担っていた研究者や知識人に対する明確な姿勢が見受けられない現代語訳はまずいのである。その基準としてわたしは、古事記を論じるのに、日本、日本と連呼してはいないか、神や天皇を敬語まみれにしてはいないか、この二つを目安にすればいいと思っている。もしそうした臭いを感じたら、読まないほうがいい。

三浦佑之(立正大学)日本古代文学、伝承文学。著書に、『村落伝承論 増補新版』(青土社)、『口語訳古事記』(文藝春秋)など。