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2015年10月26日

 記事のカテゴリー : 学会・講演会・展覧会情報

●2015(平成27)年度 昭和文学会・秋季大会【特集 なぜ「部活動」が描かれ続けるのか】(2015年11月14日(土)、奈良大学 C棟102教室)

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研究会情報です。

●公式サイトはこちら
http://swbg.org/wp/?p=916

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2015(平成27)年度 秋季大会【特集 なぜ「部活動」が描かれ続けるのか】

日時 11月14日(土)午後12時50分より
会場 奈良大学 C棟102教室(〒631―8502 奈良県奈良市山陵町1500)

    
特集 なぜ「部活動」が描かれ続けるのか

【基調講演】
賢治の祈り――『銀河鉄道の夜』から『幕が上がる』まで――               
平田 オリザ

【研究発表】
アップランする身体――部活動小説としての綿矢りさ『蹴りたい背中』――       
矢口 貢大

<女子>と<部活>――吉田秋生『櫻の園』を中心に――    
竹田 志保

戦後日本における運動部活動
中澤 篤史

閉会の辞
阿毛 久芳(代表幹事)

司会 山岸 郁子・大石 紗都子・友田 義行

【企画趣旨】
文学において未成年を主軸とした「部活動」とは、如何なる表現性を展開してきたのか。中学校・高等学校における運動部や"部活"を題材とする文学作品は数多い。それらを通じて、未成年の直面する不条理や危機の特殊性を表現することが可能なのは確かであり、今日に至るまで、ある特定のイメージを牽引してきたといえるだろう。しかし、そうしたイメージは従来文学研究の対象として注目されてこなかったのではないだろうか。
文学における青年像については、たとえば政治運動や時代状況などの観点からも論じられてきた。それらに対し、「部活動」に焦点を絞った場合、わずか数年という有限性がより一層明確であり、その意味で、必ずしも将来の目標に繋がる現実参加でもなければ、かといって単なる韜晦や享楽でもない特殊な時空であるがゆえに論じる対象とはされにくいといった側面があったのではないか。さらに「部活動」は教育的な管理と生徒主体の活動の間のグレーゾーンであり、両者の拮抗は、政治の季節や非行問題などを背景として時代によって変容している。そこには独特の不条理な規範・上下関係などがあり、一般社会のそれとも異なる試練が生じるといった意味において非常に特殊な「場」でもある。
平田オリザ「幕が上がる」には演劇部で全国大会を目指す高校生の姿が生き生きと描かれている。ある意味大人社会のバランス感覚を超越するような、「部活動」にかける部員の打ち込み方や練習の密度の表象は、一方では絶えず「大人」たちの需要として相対化される側面を持っている(「幕が上がる」においては高校演劇出身の美術教員によって相対化させることに成功している)。そうした未成年の姿は、明るく向上的な側面のみならず、時としてむしろ病理やストイシズムを伴う。そこには、未成年が何らかの形で馴致されながらも、一方でそこからの逸脱を試み、その拮抗を通じて変容をとげる様も見いだせる。その理不尽さも含めた未成年特有の共同体のエトスに注目することは、従来多くがアンチテーゼ・アウトサイダー意識の側から逆説的に、個の内面の解放を志向してきた「文学」そのものを問い直すことにもつながるのではないだろうか。 「部活動」を軸に据えることによってその限定的な時間ゆえに起こる特殊(だが日常的)な出来事を捉えることが可能となる。そういった意味において、「部活動」が「文学」の本質をあぶりだす一つの要素となることは間違いないだろう。


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