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2015年8月18日

 記事のカテゴリー : 新刊案内

●熊倉千之『『源氏物語』深層の発掘 秘められた詩歌の論理』(笠間書院)

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9月上旬の刊行予定です。

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熊倉千之『『源氏物語』深層の発掘 秘められた詩歌の論理』(笠間書院)
ISBN978-4-305-70783-3 C0093
A5判・上製・カバー装・332頁
定価:本体5,500円(税別)

紫式部の超絶技法を知る。
紫上は本当に二条院で生を終えたのか。日本語による物語の本質を押さえた丁寧な検証から、六条院という死に場所を、第三部の書き手は読み誤っていることを明らかにし、つまりは光源氏死後の続編が紫式部作でないことを実証する。
五言律詩という漢詩の論理や、5―7―5―7―7の和歌の数理を駆使して、当時の宮廷社会の問題を批判し、主題をテキストのなかに埋め込んだ、紫式部の斬新な手法を発掘していく。

【 この本が扱う文芸評論も、社会科学の一分野ですから、実証性を基に議論を進めなければなりませんが、誤解されている日本語の本質が絡んでいますので、かなり難しく回りくどい手続きを踏まなければなりません。......次のような手順で議論を進めます。
 一 『源氏物語』のいわゆる第三部、第四十二巻「匂兵部卿」以下「夢浮橋」までの十三巻は、第一部と第二部の作者紫式部が書いたものではないことを、テクスト内部から証明すること。
 二 第三部を切り離すことによって、今までの「幻」巻までの四十一巻(本書では四十巻)の切り口―第一部と第二部―が、間違った区切り方であったことを明らかにし、新たに見えてくる五言律詩の論理が、『源氏物語』に構造化されていることを踏まえて、その主題―作者がこの物語で訴えたかったこと、〈夫源氏の不実に対する妻紫上の絶望と次世代へ託す夢〉―を論証すること。
 三 主題が説得力をもつために、作者紫式部が企んだ文学的な方法とその芸術性を解明すること。】......はじめにより

【推薦文】
過去に拘泥してきた読みの方法を一蹴
伊井春樹(阪急文化財団理事・館長、大阪大学名誉教授)

 『源氏物語』が書かれてすでに千年余、数知れない人々が物語の世界にアプローチし、さまざまな読みを通して内容の理解に務め、感動を覚えもしてきた。成立した当初の流布状況は明らかではないとはいえ、光源氏や紫上の生き方に共感するとか反発する者とていたはずである。それに当初から現在の五十四帖であったのかどうか、本文を含めて作品としての難点をかかえながら、長い伝統のもとに読みのスタイルが形成され、魅了された読者たちはその仕組みに囲い込まれてもきたのが実情であろう。

 このたびの熊倉千之氏の著作は、時間を超えて作者が物語に込めたメッセージを読み解こうとする、斬新な分析と視点を持つ。アメリカで長く大学教育に携わってきただけに、西洋文学の理論を根底にし、古代日本語の特性を示し、中国漢詩の構造からの発想も援用しながら、とかく曖昧なままの解釈で納得し、過去に拘泥してきた読みの方法を一蹴する。ありきたりと思われた文脈から、読み一つの違いによって、新たな世界が展開し、それが巻々の成立から主人公の姿、紫上が残そうとした思い、さらには作品の構造論にまで及んでくる。このように、独自の立場から新しい読みを提唱する。自説を諄々(じゅんじゅん)と説く姿には、ひたむきに作品に向かう研究者のありようを見る思いがする。

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【著者略歴】

熊倉千之(くまくら・ちゆき)Kumakura Chiyuki

1936年盛岡生れ。サンフランシスコ州立大学卒業。カリフォルニア大学(バークレー)で Ph.D.(日本文学) 取得。ミシガン大学・サンフランシスコ州立大学などで 日本語・日本文学を教える。1988年の帰国後、2005年まで東京家政学院大学・金城学院大学教授を歴任。 著書に『日本人の表現力と個性― 新しい「私」の発見』(中公新書 、1990年)、『漱石のたくらみ― 秘められた『明暗』の謎をとく』(筑摩書房、 2006年)、『漱石の変身―『門』から『道草』への羽ばたき』(筑摩書房 、2009年)、『日本語の深層―〈話者のイマ・ココ〉を生きることば』(筑摩選書、 2011年)など。
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■ご予約・ご注文は版元ドットコムで
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70783-3.html
または、直接小社まで、メールで info@kasamashoin.co.jp ご連絡いただいても構いません。またはこちらのフォームで、購入希望としてご連絡ください(書名・冊数・お名前・ご住所・電話番号を明記してください)。
http://kasamashoin.jp/mailform.html
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【目次】

凡例

はじめに
 †『源氏物語』深層の発掘
 †物語言語としての日本語の特質
 †四十巻の首尾一貫性
 †紫式部の超絶技法

第一章 日本語の本質と物語の時空
1『源氏物語』千年の誤読という史実
2「イマ・ココ」の時空と語り手の主観
 †話し手の視点
 †動詞の活用(形式)と音声(意味)
 †日本語の社会性
3「出来事の過去」と「語りのイマ」という時間の関係
 †助動詞〈キ〉と〈ケリ〉の用法
 †更衣の嘆き(気づき)の〈ケリ〉
4「御法」巻における助動詞〈ケリ〉の読み違い
5問題のありか―二条院か六条院か
 †「御法」の冒頭は六条院であること

第二章 「御法」・「幻」の矛盾解消―その統一的な「イマ・ココ」
1明石中宮が紫上を見舞う六条院の東の対
2三宮への遺言
3誤読箇所の読み直し
4紫上の悲しみ、そのあとに残された人たち
5紫上と紫式部のかなわなかった願い
6「御法」後半(紫上死後弔問)の五首―「三十一首」の初句
7「矛盾」氷解、そして源氏の出家志向

第三章 『源氏物語』の主題―夫源氏の不実に対する妻紫上の絶望と次世代へ託した夢
 †『源氏物語』のマクロ構造
 †五言律詩の起承転結
 †もう一つの「構築原理organizing principle」―五百八十九首の配置
1〈Ⅰ序〉段(導入部)―「Ⅰ一桐壺」から「Ⅰ八花宴」まで
 1)「Ⅰ二帚木」―雨夜品定―と「Ⅰ三空蝉」の凌辱
 2)「Ⅰ四夕顔」―遠く「Ⅴ六夕霧」への憂愁の予感
 3)「Ⅰ六末摘花」の入れ子としての「Ⅰ五若紫」
 4)「末摘花」の総括作業
 5)「Ⅰ七紅葉賀」―罪の顕現
 6)「Ⅰ八花宴」―〈Ⅱ破の序〉段(展開部の序)への橋渡しとして
2〈Ⅱ破の序〉段(展開部の序)―「Ⅱ一葵」から「Ⅱ八関屋」まで
 1)「葵」からの八巻―〈Ⅰ序〉段のアンチテーゼ
 2)「賢木」の意味
 3)「Ⅱ三花散里」から「Ⅱ四須磨」への展開
 4)「須磨」の位置
 5)「Ⅱ五明石」・「Ⅱ六澪標」―〈Ⅱ破の序〉段の〈転〉部
 6)「Ⅱ七蓬生」と「Ⅱ八関屋」―〈Ⅱ破の序〉段の〈結〉部
3〈Ⅲ破の破〉段(展開部の破)―「Ⅲ一絵合」から「Ⅲ八胡蝶」まで
 1)「Ⅲ一絵合」の機能
 2)「Ⅲ二松風」―源氏三十一歳の秋
 3)「Ⅲ三薄雲」・「Ⅲ四朝顔」―物語前半の結論
 †再び全体の構造にふれて
 4)「Ⅲ五少女」に始まる『源氏物語』後半
 5)「Ⅲ六玉鬘」―作者の分身としての知性
 6)「Ⅲ七初音」・「Ⅲ八胡蝶」―〈Ⅲ破の破〉段の〈結〉部
4〈Ⅳ破の急〉段(展開部の急)―「Ⅳ一螢」から「Ⅳ八梅枝」まで
 1)「Ⅳ一螢」の物語論
 2)「Ⅳ二常夏」―「Ⅰ二帚木」との対比
 3)「Ⅳ三篝火」と「Ⅳ四野分」―〈破の急〉段の〈承〉部
 4)「Ⅳ五行幸」と「Ⅳ六藤袴」―〈破の急〉段の〈転〉部
 5)「Ⅳ七真木柱」と「Ⅳ八梅枝」―苦難の女たち
5〈Ⅴ急〉段(終結部)―「Ⅴ一藤裏葉」から「Ⅴ八幻」まで
 1)「藤裏葉」再訪―表と裏
 2)「Ⅴ二若菜」前半―源氏の判断ミスと紫上の絶望
  a)朱雀院の出家と女三宮の源氏との結婚
  b)女三宮六条院に移る
  c)女三宮に柏木思慕
 3)空白期間後の「Ⅴ二若菜」の構造
  a)冷泉帝譲位、源氏・紫上住吉参詣
  b)六条院の女楽、紫上病む
  c)柏木と落葉宮、柏木密通
  d)紫上ものの怪に悩む、死の誤報
  e)朧月夜出家、朱雀院祝賀の試楽
 4) 「Ⅴ三柏木」―柏木の誠意と死
  a)「柏木」の前半、柏木の死まで
  b)「柏木」後半
 5)「Ⅴ四横笛」―倫理継承の物語
 6)「Ⅴ五鈴虫」―〈Ⅴ破〉段の〈転〉部前半
 7)「Ⅴ六夕霧」前半
  a)夕霧が小野の山荘に移った落葉宮を訪問
  b)御息所の手紙を雲居雁が隠す
  c)夕霧の返書と御息所の死
 8)「Ⅴ六夕霧」後半
  a)夕霧落葉宮を一条邸へ移す
  b)夕霧思いを遂げる
  c)雲居雁怒って実家へ帰る

第四章 驚くべき歌の配置
1五百八十九首の数理(589=31×19)
2〈三十一〉首の叙事と抒情
3〈三十一〉首で括られた十九〈5―7―7〉の聯
4源氏の歌二百二十一首の分布
5源氏の歌〈三十一〉首の意味ブロック
6『源氏物語』の情緒
7「主人公」としての資格を欠いた源氏の真実

第五章 紫式部の芸術
1新春の梅―物語のどんでん返し
2『源氏物語』の末尾三十一首(5―7―5―7―7)の悲歌
 1)その構造
 2)春の歌(七首)
 3)夏と秋の歌(十二首)
 4)冬の歌(七首)
3紫上の歌二十三首
4真実を映す鏡としての主人公―「ワキ」としての源氏
5秘された主題
6『紫式部集』の構造
7〈オープンエンディング〉としての『源氏物語』

おわりに

参考資料
付録『源氏物語』歌五百八十九首一覧
『源氏物語』引用歌初句索引

【各章解説】

第一章 日本語の本質と物語の時空
「御法」巻で紫上は、それまで育ててきた五歳の三宮(のちの匂宮)に、「大人になりたまひなば、ここに住みたまひて、この対の前なる紅梅と桜とは、花のをりをりに心とどめて遊びたまへ」と遺言した。光源氏死後の続編「匂兵部卿」巻には、「紫の上の御心寄せことにはぐくみきこえたまひしゆゑ、三の宮は二条院におはします」とある。そこで、遺言の「ここ」・「この対」は二条院のこととして、過去千年間、紫上は二条院でその生を終えたと読まれてきた。しかし、これは「六条院」での遺言でなければならないこと、また、続編の作者が、紫式部ではないことを、「御法」を正しく読むことによって証す。

第二章 「御法」・「幻」の矛盾解消―その統一的な「イマ・ココ」
「匂兵部卿」以下の続編を、「幻」までの『源氏物語』から切り離せば、「古今明解なし」とされてきた「御法」・「幻」二巻の矛盾点は、すべて氷解する。二条院での「法会」の後、その夏以降の物語は、すべて六条院での出来事として、紫上が主催した「法会」の意味が改めて問い直される。紫上は、出家を夫源氏に拒まれ続けてきたことに対する密かな抗議として、「わが御殿と思す二条院」をわが「寺」としたのであった。人生最後のこの決意が、紫上を『源氏物語』の真の主人公に変身させる。紫上は自らの命を犠牲に、六条院の女たちの明るい将来を願って、次世代の男たちに誠意ある生き方を希求した。

第三章 『源氏物語』の主題―夫源氏の不実に対する妻紫上の絶望と次世代へ託した夢
『源氏物語』の「主題」を把握する唯一の方法は、全体がどのように構築されているかを、その部分を全体との関係から総合的に判断することである。作者は、全四十巻の半世紀に亘る物語を、五言律詩の論理を用いて、八巻ずつの五段に構造化した。そして、そのクライマックスを「御法」の法会場面に置き、夫源氏の不実に抗議する紫上の密かな意思が、「仏の御法」であることを証した。前半の第十九巻に藤壺の死を、後半の第十九巻に紫上の死をパラレルに配置して、女性の生の意味を読者に問いかける。この終わりが閉じられていない「オープン・エンド」の物語は、女たちの豊かな未来を読者の創造(想像)力に委ねている。

第四章 驚くべき歌の配置
全四十巻五百八十九首の歌は、書き終えたとき偶々この数になったのではない。作者は最初からきっちり〈589=31×19〉首、31できれいに割り切れる歌を造ることを決め、しかも三十一文字の和歌の情理を生かすべく、三十一〈5―7―5―7―7〉首ずつを一括りにして、物語を展開させる。また、源氏の歌も、二百二十一首作り、その大半の百五十五(31×5=155)首、ここも31で割り切れる歌数(約70%)を、第二十巻(「朝顔」)までの物語前半に配置させている。つまり、源氏の恋は、物語半ばで、終わりを告げているのだ。さらに、「かぎりとて」・「鏡」・「まぼろし」のようなキーワードを、要所を占める歌に詠み込んで、物語の核心にある情緒を暗示する指標としている。

第五章 紫式部の芸術
漢詩の論理と和歌の情理を物語全体の構築原理とした作者の芸術について述べる。紫上死後に詠われる三十一首によって、源氏の一生が総括される。純正な「こゝろ」の尊さを自らが悟る源氏の歌(源氏が詠んだ217首目[31×7、31で割り切れる]「......ひかげも知らで......」幻)によって、紫上の一生が改めて意味をもつ。紫上詠の全二十三首は、第十二首(夫源氏への不信[朝顔])を折り返し点として、次世代(明石姫君)を育てる熱意「...春のいろを岩ねの松にかけてこそ見め」(「少女」)に表明されている。そうした歌の配置は、『紫式部集』の歌の配列と同趣であることからも、『源氏物語』が紫式部の作であることが証される。


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