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2015年5月29日

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●youtube【山本哲士公式チャンネル】にて、藤井貞和・山本哲士 特別対談「藤井貞和『文法的詩学』をめぐって」 (前編)(後編)が公開されています

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【山本哲士公式チャンネル】
藤井貞和『文法的詩学』をめぐって
新たな「藤井文法・言語理論」と「述語制言語」の対比

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藤井貞和『文法的詩学その動態』(笠間書院)
ISBN978-4-305-70715-4 C0081
A5判・上製・カバー装・388頁
定価:本体4,500円(税別)

物語や詩歌を読むことと、言語学のさまざまな学説たちとのあいだで本書は生まれた。
古典語界の文学を当時の現代文学として探究する書。
物語言語、詩歌のことばたちが要求する現実に沿って文法の体系的叙述を試みる。

【〈詩学〉は私にとり、ぜひ利用したい語である。poetics(詩学)と言えば、多くのひとがアリストテレス『詩学』を思い浮かべる。それでよいはずだ。広く劇詩(―悲劇)や叙事詩が念頭にある。劇詩を念頭におけば能や浄瑠璃世界が視野にあるし、叙事詩のすえには軍記物語から物語文学までが浮上する。そういう世界的な広がりで見ることに遠慮しなくてよい。とともに、狭義の〈詩の文法〉というか、詩歌を成り立たせる詩的言語の動態へと、私としては、自分の創作家的関心からも、一歩も二歩も踏みいりたい。古典詩歌(古代歌謡、『万葉集』歌、『古今集』歌など)、連歌や俳諧、近代詩さらに現代詩は、日本語の詩としてアイデンティファイする(同一とみなす)ことができるはずだ。世界の詩や詩人たちの営為にふれてゆくために、日本語の詩から何が立ち上げられるか、ということでもある。】......はじめにより

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■著者紹介

藤井貞和(ふじい・さだかず)
1942年東京都生まれ。東京大学文学部国文科卒業。現代詩の詩人。古代文学、言語態。立正大学教授、東京大学名誉教授。著書に『源氏物語の始原と現在』『深層の古代』『古典を読む本』『物語の方法』『物語文学成立史』『源氏物語論』『平安物語叙述論』『物語理論講義』『タブーと結婚』『日本語と時間』『人類の詩』『文法的詩学』、詩集に『ラブホテルの大家族』『遊ぶ子供』『大切なものを収める家』『神の子犬』『人間のシンポジウム』『春楡の木』ほか多数がある。
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■ご予約・ご注文は版元ドットコムで
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70715-4.html
または、直接小社まで、メールでinfo@kasamashoin.co.jpご連絡いただいても構いません。またはこちらのフォームで、購入希望としてご連絡ください(書名・冊数・お名前・ご住所・電話番号を明記してください)。
http://kasamashoin.jp/mailform.html

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【目次】

『文法的詩学』から本書『文法的詩学その動態』へ

Notes

一部  意味と意味を働かせる機能と

一章 名詞の類―自立語(上)
1 基本となる構文
2 「何がどうする」「何がどんなだ」
3 「何が何だ」構文
4 主格の形成
5 格
6 性/数、数詞
7 代名詞
8 固有称
9 連体関係節と吸着語
10 動態詞の名詞化

二章 動く、象る―自立語(中)

1 諸言語の活用のあるなし
2 動態詞一類の語幹―〈カ変、サ変、下二段〉
3 同―〈上一段、ナ変、上二段、ラ変、下一段、四段〉
4 動態詞二類(形容詞)と語幹
5 活用語尾「じ」―"程度の否定"
6 動態詞三類(形容動詞)
7 E尾とC辞との繋がり
8 接合子のちから
9 音便と活用形

三章 飾る、接ぐ、嘆じる―自立語(下)

1 副詞(作用詞、擬態詞、作態詞)
2 連体詞(冠体詞)
3 接続詞
4 感動詞(間投詞)

四章 論理上の文法と表出する文法

1 平安テクストの成立
2 意味はどこにあるか
3 「心」は意味か
4 言外の意味
5 意味を働かせるキー
6 論理上の主格と表出する主格

二部  機能語の詩学

五章 「あけがたには」の詩学
1 文法と詩学
2 〈言語態〉学の一環
3 『国語学原論』の主語格、述語格
4 「対象語格」とは

六章 助辞の言語態

  a 格助辞のグループ
1 「の」格を認定する
2 「が」格(主格〜所有格)
3 「が」格(続)
4 「に」格と「にて、で」
5 「に」は「助動詞」か
6 「を」格
7 「へ」格
8 より、から
9 「と」格の認定
10 擬格助辞一括―「まで」その他
  b 副助辞/係助辞/終助辞/間投助辞
1 ばかり、のみ、さへ、だに、すら、づつ
2 ながら、など(なんど)
3 し、しも、しぞ、い
4 係り結びを持つ助辞群
5 文末の助辞群
6 投げ入れる助辞群
  c 接続助辞のグループ
1 活用型に下接する助辞群
2 格助辞の「接続助詞」化問題
3 助辞、助動辞の相互の関係

七章 助動辞の言語態
1 krsm四辺形 krsm立体
2 アリar-i
3 起源にひらく「き」と時間経過の「けり」
4 アムam-uをめぐる
5 「らむ、らし、べし」三辺形
6 アシasi―形容辞
7 「ぬ」「つ」楕円体
8 たり、た
9 鳴り、見え、さま、こと
10 アニani アヌan- なふ
11 アフaph-(ap-) アトゥat- アクak- アスas-

八章 「る、らる」「す、さす、しむ」
1 "自然勢、可能態、受身、敬意"
2 自然勢(いわゆる自発)
3 可能/不可能
4 「る、らる」は「受身」か
5 自然勢/可能態と受身
6 『万葉集』の「ゆ、らゆ」
7 「る、らる」の敬意
8 尊敬と使役―「す、さす、しむ」

三部  詩歌の表現文法

九章 〈懸け詞〉文法
1 地口・口合いと懸け詞との相違
2 "二重の言語過程"
3 "一語多義的用法"
4 うたの全体感
5 表現者という主格の文法
6 同音を並べる技法について
7 「二重の序」を持つうた
8 双分観を超えるために

十章 序詞という視野
1 懸け詞が生きる場所
2 序詞(准句)と本句(正句)と
3 序詞部分の多様性
4 序詞から本句への転轍
5 途中に序詞がある
6 単屈折と複屈折
7 多複数回の屈折
8 "物によそへて思ひを陳ぶ"
9 《なずらへ歌》

十一章 譬喩、縁喩、無喩
1 「譬喩歌」
2 「譬喩歌」続
3 「譬喩歌」のボーダーライン
4 《たとへ歌》
5 六つのさま
6 縁喩
7 「物名」歌の音韻の興味
8 口語短歌
9 "物の名"の遊び
10 "ただに心緒を述ぶ"―「ただこと」歌
11 「ただこと」と「直語」
12 直喩歌はあるか
13 問答歌の性格

十二章 枕詞とフルコト
1 『歌経標式』という一書
2 フルコト、「ふるコト」
3 "新しい意(こころ)"
4 神話的な輝き
5 新築の婚舎
6 枕詞と序詞
7 散文らしさと詩的表現
8 詩的表現の指標

四部  リズム 音韻 文字

十三章 等時拍というリズム
1 時枝のリズム場
2 等時拍
3 詩歌の音数律とは
4 俳句と連歌
5 調べ
6 アクセント

十四章 音の韻きを探す

1 ことばの意識
2 日本語の形成
3 音韻の単位
4 擬音と声
5 上代音について
6 上代特殊かな遣い

十五章 文字と表記

1 表意文字、表語文字、表音文字
2 「助字」と『万葉集』
3 新羅郷歌
4 『万葉集』表記私案
5 万葉びとの遺産
6 巻頭歌二十首表記案
7 かな文化の始まりのころ―「斗」と「升」
8 句読点とは何か

五部  言語社会とうた

十六章 うたを詠む、作る、歌う
1 詠み手とその人称
2 ゼロという人称
3 自然称、擬人称
4 時称と"現在"

十七章 うたとは何か

1 うたの語源
2 文化としてのうた
3 《うた状態》の終り

十八章 言語社会にどう向き合うか
1 投げかけることばでなければ
2 詩を朗読する詩人と聴き手
3 詩は粒子かもしれない
4 往年のサルトリアンは
5 時制、アスペクト、モダリティ
6 ソシュールと時枝
7 時枝の言う「社会性」
8 批判先、原子的な単位
9 時枝国語学の臨界点
10 概念過程語が〈対象〉を求める
11 言語langueは要らないのでは

初出一覧
終わり書き
『文法的詩学』サマリー(英文、日本語)
索引(文法事項、人名)左開き

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藤井貞和『文法的詩学』
ISBN978-4-305-70674-4 C0081
定価:本体4,500円(税別)
A5判・上製・カバー装・424頁

「物語を読む、うたに心を託す」ために必要な言語理論を案出する書。

「時枝、佐久間、三上、松下、三矢、そして折口、山田、大野、小松光三、あるいはチョムスキー......絢爛たる文法学説の近代に抗して、機能語群(助動辞、助辞)の連関構造を発見するまでの道程を、全22章(プラス終章、附一、附二)によって歩き通す」

物語や詩歌を読むことと、言語学のさまざまな学説たちとのあいだで本書は生まれた。
古典語界の言語を当時の現代語として探究する。

【 「物語を読む、うたに心を託す」という、私の研究の道のりのなかばで、物語を解読するために、また、うたに遊弋するために、必要な言語理論を案出したい。
 教室では、既成の文法―学校文法を代表とする―を利用しながら、そして、それらが欠陥品であることを、だれもが知っていて、それらへの修復につぐ修復をみんなで試みながら、なんとか凌ぎ凌ぎして、物語やうたを読み、かつ味わい続ける。
 それに飽き足らなかった自分だと思う。いつしか、文法理論の藪へ迷い込んで、「おまえは何をしているのか」と、友人たちの訝しみの視線が、背なかに突き刺さる歳月、それでも言語じたいへの関心(夢想のような)を抱き続けてきた
 物語にしろ、うたにしろ、無数の文の集合であり、言い換えれば、テクストであって、それらが自然言語の在り方だとすると、文学だけの視野では足りないような気がする。言語活動じたいは、文学をはるかに超える規模での、人間的行為の中心部近くにある、複雑な精神の集積からなる。......はじめにより】

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■著者プロフィール

藤井貞和(ふじい・さだかず) Fujii Sadakazu

1942年東京都生まれ。東京大学文学部国文科卒業。現代詩の詩人。古代文学、言語態。現在、立正大学教授、東京大学名誉教授。著書に『源氏物語の始原と現在』『深層の古代』『古典を読む本』『物語の方法』『物語文学成立史』『源氏物語論』『平安物語叙述論』『物語理論講義』『タブーと結婚』『日本語と時間』『人類の詩』、詩集に『ラブホテルの大家族』『遊ぶ子供』『大切なものを収める家』『神の子犬』『人間のシンポジウム』『春楡の木』ほか多数。
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■ご予約・ご注文は版元ドットコムで
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70674-4.html
または、直接小社まで、メールで info@kasamashoin.co.jp ご連絡いただいても構いません。またはこちらのフォームで、購入希望としてご連絡ください(書名・冊数・お名前・ご住所・電話番号を明記してください)。
http://kasamashoin.jp/mailform.html
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【目次】

一章 文法的詩学、その構築
二章 「は」の主格補語性(上)─「が」を押しのける
三章 「は」の主格補語性(下)─三上文法を視野に
四章 活用呼応の形成─係り結びの批判
五章 「アリ ar-i」「り」「なり」という非過去
六章 起源にひらく「き」の系譜
七章 伝来の助動辞「けり」─時間の経過
八章 「けり」に"詠嘆"はあるか
九章 助動辞「ぬ」の性格
十章 助動辞「つ」の性格
十一章 言文一致における時制の創発
     ─「たり」および「た」
十二章 推量とは何か(一)─む、けむ、らむ、まし
十三章 推量とは何か(二)─伝聞なり、めり
十四章 推量とは何か(三)─べし、まじ
十五章 らしさの助動辞
十六章 形容、否定、願望
十七章 時間域、推量域、形容域─krsm 立体
十八章 物語人称と語り─「若菜、柏木」
十九章 会話/消息の人称体系─「総角」巻
二十章 語り手人称、自然称
二十一章 敬称表示
二十二章 清、「濁」と懸け詞
終章 言語は復活するか
附一 補助動詞─『源氏物語』素描
附二 おもろさうしの助動辞、助辞
終わり書き
初出メモ
索引(文法事項、人名)

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【要旨】

[英訳はChristina Laffin〈ブリティッシュ・コロンビア大学〉の協力を仰ぐ。]

日本語は、現在、日本列島(本州方言)から沖縄(琉球方言)へかけて行われる。過去に於いては、北海道および北東北で、アイヌ語と競合してきた。朝鮮語と日本語とは隣接する。日本語のべースは太平洋諸語と同類だったかもしれない。アジア大陸から旧アジア諸語や、遠く中央アジア、あるいは南アジアからの言語が、ベースのうえに乗ってきたろう。詳しい言語系統は不明である。

文献的には千数百年にわたる記述が可能である。歌謡資料(『古事記』など)や韻文(詩歌)資料(『万葉集』など)を残し、十一世紀初頭には大きな散文(物語)作品『源氏物語』を産み出している。本書はそれらを当時における「現代語、現代文学」であるとの観点から、分析する。われわれの現代語にまで至る日本語の特質を明らかにしようとする。

 日本語の構成を自立語と機能語とに分ける。前者(名詞や動詞その他)の表現する内容を、後者が支える。後者(機能語)は話者の意志や立場に基づいて、前者(自立語)との関係をあらわす。機能語は機能だけがあって、自立語のように〈意味〉を持たない。助動辞および助辞が機能語である。英語の助動辞(助動詞)もまた、機能を有し意味を持たず、活用する点で日本語の助動辞にほぼ相当する。「前置詞」は助辞に相当する。

 自立語と機能語とが交互に出て来る。自立語と機能語との組み合わせによって、表現内容がそれを支える主体的意志として決定される。一九三〇年代の時枝誠記の言語学は構造主義を乗り越えようとして、言語過程説を唱えた。一九五〇年代のチョムスキー氏が言語構造主義を批判して現代言語学の基礎を作り出したことと、きわめてよく似る。

 本書『文法的詩学』は物語や詩歌のテクストを手放さず、しかも言語学的な知見を多くもたらすことに精力を尽くした。数ある助動辞を機能的な分類によって配置させると、平面あるいは立体モデルに行き着くことを本書は発見する。そのモデルは日本語ばかりでなく、また、古代人と現代人とを問わず、人類の脳内に、あるいは社会的な規範として、保存され活躍していると考えられる。

1章 序章として、チョムスキー、時枝を導入する。ソシュールを批判する。普遍的な言語論は起源論からもアプローチできるとする。助辞は数千年、生き続ける。助動辞は機能し始めて千年経つと、次第に慢性化して文語となる。

2章・3章 「が」という助辞がある。「が」は名詞や名詞相当句に下接して主格を示す。「が」と「は」とは隣接できない。つまり「は」は「が」を押しのけて、主格を代行できる。だからといって、「は」がトピックを提示するかと言えば、「は」は「が」以外のすべての助辞と隣接できるからには、「は」の機能は本来、差異を示すことにあった。「も」は同化を示す役割を持つ。対象について「が」で示す場合はやはり主格である。佐久間鼎、三上章を俎上に載せる。

4章 日本語には「こそ」や「ぞ」のような係助辞がある。「こそ」の場合、係り結びと言って、活用形の文末を已然形とする。これは日本語の古くからある、不思議な現象である。大野晋はトピック提示から説明しようとした、しかし用例的にそれを説明することができなかった。言語のゲシュタルト的性質に基づくのではなかろうか。

5章 「アリar-i」は、存在する意味の自立語から転成する助動辞で、「り」もまた同じくアリから派生する。現存在をあらわし、時制的に現在を引き受ける。「なりnar-i」(断定)は「たりtar-i」(断定)とともにar-iを含み、英語で言えばbe動詞の現在をあらわす。

6章 英語と違い、助動辞「き」を附加して過去をあらわす。文中で「し」となって、起源説話に使われる。

7章 助動辞「けり」は〈過去からの時間の経過〉をあらわす。伝承の時間をあらわすことができるから、物語や昔話での語りに使われ易い。未完了過去、半過去に近い。

8章 「けり」に詠嘆という機能はない。

9章 「ぬ」はさしせまる事件が起きる直前の、また、もう起きつつあることについて、切羽詰まった感じをあらわす。機能への〈名づけ〉として「完了」と言われる。本来、時制と関係なかった。

10章 「つ」はいましがた起きたことや、起きるに違いないことを示す。これももともと、時制と関係がなかった。

11章 「たり」(存続)は「つ」+アリar-iと見られる。「た」は「たり」から変化したと考えられるものの、12世紀全般に早くも「た」が見られる。その「た」が明治以後に言文一致を担う。「た」が過去性を獲得してくるとは、近代の言文一致における過去の成立と言うことでもある。

12~14章は推量と言われる助動辞をあつかう。人類は疑心暗鬼の動物なのだろう。推量の助動辞を発達させてきた。12章の基本的な推量「む」を見ると、アムam-uが内在する。過去推量「けむ」にも、現在推量「らむ」にもアムが潜む。「まし」は「ま」と「し」(過去の「き」の連体形の「し」と関係あるか)との結合であるらしい。

13章 伝聞「なり」は聴覚的な推量、「めり」は視覚的な推量である。「侍るなり」(「なり」断定)と「はべなり」(「なり」伝聞)という、区別があるらしく、「めり」については「はべめり」が正しく、「はべるめり」は誤用と見たい。

14章 「らむ、らし、べし」という三角形を提示したい。më-asiから(mëとbëと交替)bë-siが、同じmë-asiに-jiが附いて「ましじ」が成立する。më-ani-siからは「まじ」ができる。

15章 いかにも~らしい、ふさわしい、という「らしさ」を原型として「らし」が成立したと見たい。従来の通説は「らしい」という推定と見なしてきた。

16章 形容詞に附く「し」を助動辞と認定する。「ごとし」「やうなり」そして「じ」など、否定や願望の助動辞を一望する。「なし」という程度の否定をあらわす場合も助動辞と認めたい。

17章 ここでkrsm四辺形、krsm立体へと纏めてゆく。纏めるためには、小松光三〔1980〕の力を得て図形化する。時枝誠記のモデルも参看する。「き」からアリar-iにかけて時間域、「む」推量域、「し」形容域としてみると、さきの「らむ、らし、べし」三角形を踏まえることができる。「ぬ」「つ」を周辺化することで、「たり」を位置づけられる。

18章~20章は「人称」および「自然称」のコーナーとする。一般には、第一人称、第二人称、第三人称という考え方でよい。物語には主人公が内省するような人称など、第四人称とすべき人称があり、アイヌ語をヒントにして考察を加える。語り手人称はゼロ人称、作者人称は(作中にあらわれることのない)無(虚)人称である。

18章 物語中の人物の人称に第四人称があらわれる。

19章 会話文や消息文、地の文から、人称の累進を考察する。

20章 語り手人称を考察する。また、英語の非人称に相当する「自然称」を提唱する。

21章 使役態によって敬意が深まることを考察する。

22章 懸け詞が清音/濁音に跨がることから、その口頭性について論じる。

終章 日本語のベースは無時制(アオリスト)にある。「3/11」(震災ならびに福島)以後の言語無力感に抵抗する。

附録は「補助動詞」並びに沖縄の古典文学の機能語を見渡す。

Grammatical Poetics

Fujii Sadakazu

Japanese is currently in use from the archipelago of Japan (Honshū dialect) to Okinawa (Ryūkyū dialect). In the past, The Ainu language was used concurrently with Japanese in Hokkaidō and the Northern Tōhoku region.
The Korean language neighbors the Japanese language.
The base from which the Japanese language developed may have been related to the Pacific languages.
Onto this base were added the various former Asian languages of the Asian continent and the languages of central and southern Asia.
The details surrounding this language family, however, are unknown.
In terms of sources, the records stretch back more than a millennium. Setting aside materials in verse which were sung (such as found in the Furukoto-Ki[Record of Ancient Matters and Languages][Kojiki, 712]) and poems (i.e., such as those of the Collection of One Thousand Leaves [Man'yōshū, ca. 759]), in the early eleventh century numerous long works of prose (i.e., tales) such as The Tale of Genji (Genji monogatari, ca. 1010) were produced. This book analyzes these works from the perspective that they were "contemporary language" and "contemporary literature" when written. I examine the Japanese language from the ancient past through to the present and attempt to shed light on its characteristics.
I divide the structure of Japanese into independent words (jiritsu-go) and functional words (kinō-go). Functional words support the content conveyed by independent words (including nouns and verbs) by indicating the relationship of the speaker's intent and standpoint vis-à-vis the independent words. Functional words represent function only and don't have "meaning" like independent words. Auxiliary verbs and particles act as functional words. Like Japanese, auxiliary verbs in English also have function but not meaning and are conjugated. Prepositions would thus be categorized as particles.
Independent words and functional words appear in turn within sentences. Combining independent words and functional words determines the subjective intent of the content expressed. In the 1930s Tokieda Motoki's (1900-1967) linguistic theories were an attempt to overcome structuralism by proposing the notion of "language as process." In the 1950s, Noam Chomsky (1928-) criticized linguistic structuralism and created the basis for contemporary linguistics. These two efforts can be seen as parallel.
This book, Grammatical Poetics, is an attempt to elucidate linguistic knowledge through an analysis grounded in texts from tale literature and poetry. This book shows how a flat or three-dimensional model is the logical conclusion when numerous auxiliary verbs are categorized and arranged according to function. This model is effective not only for Japan, but for all human cognition and for all societies, whether ancient or contemporary.
Chapter One offers an introduction to Chomsky and Tokieda and outlines critiques made of Saussure. I demonstrate how universal linguistic theory can be approached through theories of origin. Particles have been used for several thousand years. Once auxiliary verbs were in use for one thousand years they came to be a chronic part of language and were adopted into literary language.
Chapters Two and Three consider the particle ga. Ga indicates the nominative case when it follows nouns and nominal equivalents. Ga and ha (pronounced wa in current Japanese) cannot follow each other. In other words, ha supercedes ga in substituting for nominative case. One might assume that ha designates topic, but because ha can neighbor all particles except ga, its original function was to indicate difference. The function of mo is to indicate assimilation. When ga shows contrast, this is again as nominative case. The theories of Sakuma Kanae (1888-1970) and Mikami Akira (1903-1971) are examined in this chapter.
Chapter Four discusses kakari-musubi (cleft) constructions such as zo and koso that are found in Japanese. In these cases the sentence ending is conjugated in the conditional, a strange phenomenon dating back to ancient Japan. Ōno Susumu (1919-2008) explained this phenomenon through topic indication but was unable to support his theory through examples. The phenomenon of kakari musubi may depend on a sense of linguistic gestalt.
Chapter Five examines ar-i as an independent word indicating existence, which transformed into an auxiliary verb, just as ri was produced from ar-i. These indicate current existence and take present tense. Both nar-i (copular) and tar-i (copular) contain ar-i and indicate existence, functioning like the present tense of the English verb "be."
Chapter Six considers the auxiliary verb ki, which functions differently from English verbs of existence. Ki indicates the past and can be used within sentences in the form of si to express myths of origin.
Chapter Seven discusses the auxiliary verb ker-i, which is used to describe the passage of time from the past. Since it may convey the time of tradition or the retelling of the past, it often appears in tale literature and folk tales. It is similar to a past imperfect or half-past.
Chapter Eight refutes the commonly held notion that ker-i has an exclamatory function.
Chapter Nine focuses on the auxiliary verb nu, which expresses urgency in the case of something about to occur. It can also be used to convey a sense of desperation regarding an action taking place. It indicates the perfect in terms of function but was not originally linked to tense.
Chapter Ten consider tu, an auxiliary verb indicting that something has just occurred or will certainly occur. Like nu, it was not originally linked to tense.
Chapter 11 takes up tar-i, the auxiliary verb conveying continued existence. Tar-i is thought to have developed out of tu combined with ar-i. Ta is an altered form of tar-i that was in use from the twelfth century. In the Meiji period (1868-1912), ta was used to unify spoken and written Japanese in what is known as the genbun itchi movement. The current use of ta to indicate the past was thus a development of this modern unification process and the effort to establish an auxiliary verb signifying the past.
Chapters Twelve through Fourteen consider auxiliary verbs of speculation. Perhaps because humans are doubting beasts, we have created a wealth of auxiliary verbs conveying speculation. Chapter Twelve considers the basic speculative ending of mu which implies am-u. The past form kem-u and the present form ram-u similarly contains the latent form am-u. Masi is a combination of ma and si (which is related to si functioning as the attributive form of the past auxiliary verb ki).
Chapter Thirteen examines nar-i, the auxiliary verb of auditory speculation, and mer-i, the auxiliary verb of visual speculation. When appended to the verb haberi, nar-i can be used as haberunari (indicating the copular) or habenari (indicating hearsay). In the case of mer-i, habemeri was correct usage and haberumeri an incorrect usage.
Chapter Fourteen considers the triangular relationship between auxiliary verbs ramu, rasi, and besi. From më-asi, bë-si was produced (with më shifting to bë), and similarly, -ji was attached to më-asi to produce masiji. Më-ani-si yielded maji.
Chapter Fifteen traces the development of rasi, which I posit as having derived from the notion of "rashisa or to be very ....-like," in contrast to the idea that it indicates supposition.
Chapter Sixteen recognizes si, which attaches to adjectives, as an auxiliary verb. Auxiliary verbs such as gotosi, yaunari, and ji signify a breadth of implications from negation to desire. Nasi, representing a negation of degree or amount should also come under the umbrella of auxiliary verbs,
Chapter Seventeen summarizes the above chapters by introducing the rectangular and dimensional model of krsm. In bringing together my findings, I draw from the work of Komatsu Kōzō's work of 1980 in graphing these auxiliary verbs. We consult also with Tokieda.The temporal field runs from ki to ar-i, mu occupies the speculative field, si the adjectival field, and the aforementioned triangle of ramu, rasi, and besi are also incorporated.
Nu and tu are situated peripherally, which in turn offers a place to the related auxiliary verb tar-i.
Chapters Eighteen through Twenty are dedicated to the concept of person and nature as a form of person (shizenshō). Generally speaking, first person, second person, and third person perspective suffice; however, the reflective narration of protagonists found in tale literature is better seen as fourth person, a phenomenon that can be understood through comparison with Ainu literature. The narrator's perspective is best categorized as zero person and the author's, when not represented in the work, as personless or imaginary person.
Chapter Eighteen shows how the characters in a tale express themselves in fourth person.
Chapter Nineteen considers successive forms of personhood based on conversational writing, epistolary writing, and nonconversational prose (ji no bun).
Chapter Twenty examines person as it relates to the narrator and argues for the existence of nature as a form of person, which can be paralleled with the "impersonal" (hininshō) in English.
Chapter Twenty-One considers how the causative came to convey heightened respect.
Chapter Twenty-Two discusses the orality of pivot words (kakekotoba), based on their bridging of breathed sounds ("k", "s", "t", "h",) and voiced sounds("g", "z", "d", "b",).
The Conclusion asserts that Japanese is in essence a language without tense (aorist). This final chapter is also an attempt to resist the linguistic apathy that followed the earthquake and nuclear disasters of March 11, 2011.
The appendix discusses supplementary auxiliary verbs and the role of function words in Okinawan classical literature.


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