田中祐介「近代日本の日記文化と自己表象」【特集・研究会の「今」】●リポート笠間58号より公開

リポート笠間58号より、田中祐介「近代日本の日記文化と自己表象」、を公開いたします。
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近代日本の日記文化と自己表象
田中祐介[明治学院大学助教]
二〇一四年九月より、私が代表を務める科学研究費助成事業(注1)の一環として、研究会「近代日本の日記文化と自己表象」を開催している。日記における自己表象を検討課題の中核に据えつつ、近代日本の書記文化と読書文化を学際的に考察する研究会である。
 歴史の中で、有名無名の無数の人々が日記を綴ってきた。この研究会では日記資料の読み解きと同様に、あるいはそれ以上に、日記を綴る行為自体に着目する。人はなぜ日記を、特に自己について書き綴るのか。秘匿すべきものでありながら、どこかに読者の眼差しを意識して自己の煩悶や思索を綴る行為の意味とは何か。自発的に綴る日記もあれば、義務づけられ、点検者の逆鱗に触れる日記もある。平時においてのみならず、物資の欠乏する戦場でも日記は無数に綴られた。最も日常的な書記行為の実践である日記とそれをめぐる文化を主題として、近代日本の「書く歴史」を見つめ直したいという狙いがこの研究会にはある。
 日記文化を取り上げたそもそもの契機は、私の恩師である故福田秀一氏(国文学研究資料館名誉教授、国際基督教大学元教授)が遺された五〇〇〇点を超える日記関連資料の目録化の責任役を務めたことにある。資料に含まれる計四九二冊の日記帳の現物(多くが実際使用されたもの)について、新たに日記帳の種類、日記の記入期間、記入者の社会的属性、内容に関する特記事項を追記した目録を作成し、「近代日本の日記帳」と題して公にした(注2)。この成果を踏まえ、従来の研究上の関心である近代日本の教養主義にも接続できるよう、特に青年知識層の自己形成に焦点を定めて立案したのが、冒頭で触れた科学研究費助成事業である。こうして当初はサイドワークとして始めた日記資料との付き合いは、三年間の本格的なプロジェクトとなった。
 幸いな事に、研究会は多様な参加者に恵まれた。私が所属する国文学研究資料館(二〇一五年四月からは明治学院大学)を会場とするが、関東近辺の諸大学にとどまらず、東北大学、奈良女子大学、京都大学の教員と大学院生の参加も得られ、毎回約二〇名前後が集まるにぎやかな会となった。参加者の学問領域も、文学、教育学、歴史学、思想史学、社会学、文化人類学と様々である。二、三ヶ月に一度、週末の午後に定期開催する計画であり、今のところその計画は守られている。
 研究会は二部構成をとる。第一部では短時間ながら、日記資料や研究書の紹介、日記文化に関する小報告(川端康成「雪国」における日記描写、戦後歌謡の中の日記、等)に加え、「女性の日記から学ぶ会」(注3)が管理する日記帳(約二〇〇〇〜三〇〇〇冊)の目録化の進捗報告をする。これは、会の代表である女性史家の島利栄子氏との連携のもと、日記資料の将来の保管活用を見据え、基礎的なデータベースを作成する事業である。目録化により、一人の日記を通時的に読む「つづけ読み」のみならず、同時期に書かれた複数の日記を読み解く「並べ読み」の環境を整備することが期待される。
 続く第二部では、近代日本の日記文化をめぐる研究報告と討論をおこなう。以下に、過去三回の報告内容を掲げておく。
第一回(二〇一四年九月二〇日)
「手書きの日記史料群は研究をいかに補い、掘り下げ、相対化するか─国際基督教大学アジア文化研究所蔵『近代日本の日記帳コレクション』を中心に─」(田中祐介、国文学研究資料館機関研究員)
第二回(二〇一四年一二月九日)
「「学徒兵の読書」の相対化にむけて─日記を使用した研究の一例として─」(中野綾子、早稲田大学大学院)
「〈学生〉たちの記録行為─戦後学生運動の現場から─」(道家真平、東京大学大学院)
第三回(二〇一五年三月七日)
「個人の財産を社会の遺産に─「女性の日記から学ぶ会」の活動を通して─」(島利栄子、「女性の日記から学ぶ会」代表)
「農民日記をつづるということ─近代農村における日記行為の表象をめぐって─」(河内聡子、宮城学院女子大学非常勤講師)
 一報告は一時間半とし、報告に一時間、討論に三十分間を確保しているが、毎回討論は尽きることがない。続きは懇親会で、と打ち切って会場を移るのが通例となった。懇親会では討論が続行されることもあれば、美味しくお酒を嗜みながら、別の話題に花を咲かせることもある。それはそれでまた愉しい親しみの時間でもある。
 研究会の発足後、参加者の中には日記資料を用いた研究を新たに進めている者もいる(注4)。また有志により、国際学会の場で、近代日本の読み書きの実践を主題としたパネル報告をすることになった(注5)。事業の最終年度である二〇一六年度には、研究会の成果としてシンポジウムを開催する予定である。今後の研究会の活動にご関心のある方は、ぜひお気軽にご連絡を頂きたい(注6)。

(1)「未活字化の日記資料群からみる近代日本の青年知識層における自己形成の研究」(若手研究B、二〇一四〜一六年度)。
(2)田中祐介・土屋宗一・阿曽歩「近代日本の日記帳―故福田秀一氏蒐集の日記資料コレクションより―」『アジア文化研究』第三九号、二〇一三・三、二三七〜二七二頁。http://subsite.icu.ac.jp/iacs/PDF/ACS39_PDF/ACS39_13aTanaka…pdf
(3)千葉県八千代市を拠点とする。会の活動の詳細はhttp://homepage3.nifty.com/josei-no-nikki/を参照のこと。
(4)柿本真代「【資料紹介】読むこと、書くこと、書かせること─明治期高等小学生の日記から」(立命館明治大正文化研究会、於立命館大学、二〇一五年二月二八日)。大岡響子「入植者たちの生活世界─『主婦之友』満州版の食情報を中心に─」(第三回飲食文化研究会、於国際基督教大学、二〇一五年三月二八日)。
(5)”Mass Literacy in Modern Japan: Transformed Practices of Reading and Writing.” 国際学会ASCJ(Asian Studies Conference Japan)での報告。詳細はhttp://www.meijigakuin.ac.jp/~ascj/を参照のこと。
(6)ご参加をご希望される場合、印刷資料の準備の都合上、事前にnikkiken.modernjapan(アットマーク)gmail.comまでご一報ください(代表=田中祐介)。