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2015年5月 8日

 記事のカテゴリー : 学界時評

●学界時評【中世】2014.7-2014.12●伊藤慎吾[國學院大學非常勤講師]

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学界時評【中世】2014.7-2014.12●伊藤慎吾[國學院大學非常勤講師]


■〈中世〉という時代区分
 『近代学問と起源と編成』(勉誠出版、11月)という書名からは、一見、本時評とは無縁な図書という印象を受けるが、ここには人文諸学とともに〈中世文学〉を取り巻く学問的な状況も取り上げられている。藤巻和宏「学問領域と研究費―日本中世文学という辺境からの覚書―」がそれだ。本書は近代の人文諸学がいかに成立し、展開していったのかという問題を取り上げたものである。藤巻論文は研究予算が中世文学研究を動かす原理であると捉えることを主旨とするものだが、それとは別に、時代区分のもたらす派閥意識や、時代を超えたジャンル別の学会でありながら中世以外が受け容れられにくいものがあることを危惧している点、共感を覚えた。井田太郎「〈実証〉という方法」は資料・データの物量主義による実証手法の偏重が研究領域の細分化、外部への無関心をもたらしていることを指摘する。こうした事態は、結果として「隣接諸学に対する恐るべき無知として顕在化」(藤巻論文)することがあり得るわけで、資料収集や分析、研究報告の際に、これに直面した覚えのある研究者も少なからずいるだろう。

 藤巻氏の世代は網野史学以降の所謂〈社会史〉の洗礼を受け、既成の時代区分に疑問を抱く人も少なからずいたように思う。当然、大作家・大作品主義に対する反発もあっただろう。時代・ジャンルの超克は理想であるが、しかしそのような問題意識は論文の前面に出ることはなく、かたちとしては新資料の発掘、データ主義的な成果として世に出るのが常のことである。この点、現在でも状況は変わらないと思う。実績を積むためには実証的な資料・データ主義であることが確実であるが、これは細分化を推し進めることになりかねない。しかしその一方で、今日は国際的な学術交流に対する寄与が求められる時代でもある。反対の方向性をもつ実証的研究と国際的貢献とにどのように関わっていけばよいか。今日の若手研究者や大学院生はこうした現状をどう考えているのだろうか。

 なお、伊藤慎吾「南方熊楠書入の『文正草子』」(『熊楠works』No. 44、10月)、同「南方熊楠『蛤の草紙』論の構想」(『熊楠研究』第9号、'15年3月)は近代学問の編成過程で埋もれた成果の発掘、研究方法の再検討を目的としたものであり、その意味で上記藤巻編著の問題意識に通じるものがある。南方熊楠については小峯和明・千本英史両氏を中心に中世文学研究からのアプローチが試みられてきているが、近年、目黒将史・杉山和也・今枝杏子の諸氏らも参加して『田辺抜書』調査が進行しており、その成果は中世文学研究にも寄与するものとなることが期待される。

 熊楠の例に限らず、隣接諸学の交流機会はこの10年余りで盛んになってきているように思う。大作家・大作品を扱う研究者たち、たとえば平家研究者の中からも隣接諸学との壁を越えるような研究環境が表立って現れてきた。次回時評の期間を先取りしてしまうが、笠間書院から近く刊行される『文化現象としての源平盛衰記』(笠間書院、'15年5月)はその成果の一つである。

■合戦物語の中世・近世
 時代区分という点でもう一つ取り上げておきたいのは、9月に開催された伝承文学研究会大会のシンポジウム「合戦物語の中世・近世」である。目黒将史「〈薩琉軍記〉の歴史叙述―異国言説の学問的伝承―」、井上泰至「江戸の「太平記」―軍書をめぐる近世的「伝承」」 、鈴木彰「文芸としての「覚書」―合戦の体験とその物語化―」、志立正知「近世地誌に見る軍記享受の一側面」という、中世・近世の敷居を越えた研究発表が行われた。〈中世・近世〉としたのは、合戦に関わる物語が中世の作品ばかりでなく、作品・文献の数からいえば、近世のほうが圧倒的に多く、多様であることからとのことだった。ただ気になったのは〈仮名草子〉という術語が一度も使われなかったことである。中世から近世への物語文学の展開を考える上で、仮名草子に対する理解は不可避なはずだが、議論は〈合戦物語〉のうち〈合戦〉の叙述形式や史料との関わりに集中し、結果、物語文学史における合戦物の変容については井上氏が持論を大まかに説明する程度で済ませていた。軍記研究がお伽草子・仮名草子研究と一線を劃するものであることを強く印象付けるものだった。

 また鈴木彰氏の「覚書」論は覚書生成過程を分析し、覚書自体の文芸性を論じたものであり、文学史の中での位置付けを考えるヒントを与えてくれる示唆に富むものだった。氏が具体的に取り上げたのは薩摩藩の修史事業にちなむ朝鮮出兵に関する覚書類である。そこで覚書制作の目的とその表現の特色を明らかにしているのだ。かつて桑田忠親『大名と御伽衆』(昭和12年)が出るに及んで御伽衆の研究が大いに進展したが、その中では、もう一つ、「覚書」についても本格的な考察が行われていた。しかし、この方面については、その後、ほとんど後続の研究がなった。それが今回の鈴木氏の発表により、覚書の重要性が改めて示されたかたちとなった。

 このテーマに関連して、オーソドックスな研究であるが、粂汐里「異本『堀江物語』の成立背景―塩谷氏との関わりをめぐって―」(『伝承文学研究』第63号、8月)も有意義なものである。『堀江物語』は下野国塩谷郡の武家堀江頼純の御家騒動を描いた中世物語であり、絵巻や草子として広く流布した。その中で近世後期の異本系統の写本の成立背景について考察している。この系統は物語舞台地や人名が詳細で、在地色が濃い点に特徴がある。中世物語のこうした改変には、当地にとどまった塩谷氏の旧臣による家の歴史叙述の影響があると説く。ところで、地名が詳細であり、人名も多く記しながら、史実に適わず、人名については疑わしいものが多いということは、戦国軍記にしばしば見られる特徴だろうと思う(たとえば『東国闘戦見聞私記』『東国戦記実録』)。『堀江物語』の家臣団の名はいかがだろう。「周辺の小字を姓にもつ」という家臣は「塩谷氏の旧臣という身分を有する者達」に対応するのであろうか。それとも疑わしい人名なのか。後者ならば、中世に端を発した物語ではあるが、その一方で、近世との敷居を超え、近世在地の文芸、特に地方の軍記として考察することが必要なことだろう。「合戦物語の中世・近世」というテーマは時代区分を超えて充実した研究成果を生み出し得るものだと思う。

 また中世物語・説話の在地伝承化という点からは、森誠子「成道寺をめぐる信仰と文芸―最澄と小督両物語の再誕―」(『白鳥山成道寺 創建一二〇〇年』'15年2月)が注目される。これは『平家物語』で知られる小督局の伝記説話が福岡県田川市の成道寺の縁起となった問題を取り上げたものである。当地の他の伝説や語り物と結びついて独自の伝承となり、さらに『源平盛衰記』本文を利用して略縁起を作成したことを指摘している。本論では題材となった成道寺の小督説話に限定しているが、九州の地にははやくに氏族の系図や寺社縁起に取り込まれた平家の伝承が散見される。中世末から近世にかけてこれらか定着していく要因は何か。これもまた「合戦の中世・近世の」一つの課題となるように思う。

■生活史の中の文芸
 隣接する分野からのアプローチとしては、菅原正子『日本中世の学問と教育』(同成社中世史選書、8月)を注目すべき論著として紹介しておきたい。本書は中世全般、中でも室町期の学問や教育を論じたものである。書名からは見逃がしかねないが、後花園天皇や山科家における絵巻や物語草子などの文芸作品の教育・学習利用の実態を考察した「後花園天皇の学習と絵巻物愛好―伏見宮貞成親王の『看聞日記』から―」「公家の日記にみえるお伽草子―山科家の場合―」、また学習書としての『玉藻前物語』を考察した「学習書としてのお伽草子―『言継卿記』にみえる『玉藻前物語』と雅楽―」が収録されている。他にも「公家社会の教養と書籍―中院通秀とその周辺―」「女官・女房たちの学習・読書―『乳母のふみ』と『言継卿記』を中心に―」も文学と関連する魅力的な論考である。なお、「毛利氏家臣玉木吉保の学習」の中で「医文車輪書」に触れている。本作について「おそらくお伽草子類の『鴉鷺合戦物語』や『精進魚類物語』を模倣して作ったのであろう」と解しているが、それは早計かと思われる。本文・構成・登場人物名・合戦動機や結末・話末評語など、どれをとっても共通する点がないからである。むしろ、病と薬の合戦物として先駆的な作品であり、その点に注目し、その意義を考察する中で影響作品を探るべきだろう。いずれにしても、本書に見られるように、物語草子を社会の中で位置付け、文化史的に捉えていくことは、日本文学・歴史学の区別なく今後行っていく必要があると思う。

 物語草子や絵巻をモノとして捉える視点として、それらを所蔵する意義を考察するというものがある。その点、久留島元「天狗の絵巻を所蔵すること―『是害坊絵』の伝本調査から―」(11月29日、絵ものがたり研究会口頭発表)は周辺状況の変化によって絵巻所蔵に新たな価値な加わること(能「善界」の人気に伴う教養としての所蔵)を指摘していて興味深い。同「『是害坊絵』の近世―愛知教育大学チェンバレン・杉浦文庫蔵『和漢天狗会話』について―」(『説話文学研究』第49号、10月)、「天狗説話の展開―「愛宕」と「是害坊」」(『怪異・妖怪文化の伝統と創造―ウチとソトの視点から(国際研究集会報告書第45集)』'15年1月)も傾聴に値する。なお、中世の物語草子・絵巻の近世期の価値の付加という点では寛文六年の本奥書をもつ『付喪神記』についても同様に注意すべきだろうと思う。

 歌語・詩語が咄・雑談の話題として生れる場を考察したものに小林幸夫「抄物から咄・雑談へ―歌語をめぐる雑談―」(『伝承文学研究』第63号、8月)がある。具体的には『詩学大成抄』に見える「芋明月」説話が公家社会で語られる状況を明るみに出そうとしたものである。「一首の歌が、さまざまに変容して享受される場」として雑談の場を捉える。この説話の生れる場を、『実隆公記』の記事を示して描き出しているのだが、公家社会の日常における説話文学の生成が鮮やかに示唆された論考である。なお、『詩学大成抄』は禅僧ばかりでなく三条西実隆ら公家衆も持っていたもので、「おそらく漢和聯句、あるいは和漢聯句の制作ともつながっているのであろう」と説かれる。ここから推すに、『筆結物語』に「とうは山谷三躰詩しかくなとおほえて詩れんくの座にて一句をもつゝり給ふへし」と見えるが、その「しかく」は『詩学大成(抄)』を指すものではないか。

 最後に、公家の文筆活動について文学・歴史両面からの考察が必要な対象を扱ったものとして興味深いものとして中川真弓「石清水八幡宮権別当宗清亡息追善願文考―菅原為長の『本朝文集』所収願文を中心に―」(『詞林』第56号、10月)を挙げておきたい。これは従来本格的に研究対象に扱われることが少なかった願文に関する本格的な論考である。宗清の願文は古くからよく知られ、取り上げられることもあったが、しかし『本朝文集』所収の為長作に注目した論としては初めてのものではないか。この論文では基本的な作品解釈を行い、取り分け文中に見える「夢告」の内容について考察している。宗清の周辺は、先行研究が充実していることもあり、扱いやすい。今回は「研究の俎上にほとんど載せられていないよう」だという理由が考察を進める主要な動機となったようだが、為長以後の寺院及び博士家の願文の研究を進めるのであれば、ほとんど手付かずの領域であるだけに、もう少し明確な方向性を示してほしい。為長以降ならば、室町期に下るが、東坊城秀長や和長の周辺が比較的史料も充実している。むしろ後代から押さえることで為長の時代には気付かなかった細やかな作成過程も見えてくるということもあるだろう。


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