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2015年5月 2日

 記事のカテゴリー : 学界時評

●学界時評【上代】2014.7-2014.12●金沢英之[北海道大学准教授]

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学界時評【上代】2014.7-2014.12●金沢英之[北海道大学准教授]

上半期に取りあげそこねた著作、Torquil Duthie "Man'yôshû and the Imperial Imagination in Early Japan"(Brill Academic Publishers、1月)から始めたい。同書はタイトルの示す通り『万葉集』とりわけその巻一・二を、七世紀末から八世紀にかけて新たに出現した、自らを帝国と表象する国家の歴史と統治の広がり、そして天皇を中心にその統治の隅々まで浸透した文化世界を示しだす編纂物と捉える。前半第一部では、漢代において生み出された帝国の表象が、漢字圏の拡大に伴うテキストの流通を通じて朝鮮諸国、さらに日本へもたらされ、文学を規制する想像力の基盤となった過程が巨視的に述べられた後、『日本書紀』とくに天智紀以降の壬申の乱に関する歴史叙述との比較を通じ、その壬申の乱を重要な転回点として含む『万葉集』の歴史空間が素描される。本書の基本的な姿勢は、『万葉集』を個々の歌や歌人のレベルに解体することなく、テキストが総体として語るものを読み取ろうとする、近年神野志隆光『万葉集をどう読むか』(東京大学出版会、'14年)等によって提起された立場を踏まえたものだが、そのときテキストに一貫したただひとつの語りではなく、せめぎ合う複数の語りを見る点で独自の色を加えている。『日本書紀』であれば、それは壬申の乱の経緯をめぐる天智紀(或本)・天武紀・持統紀の描写の差異として顕れる。そしてその差異を超えて共有された志向―ここでは文武の治世の実現―が最終的にテキストの語るものとなる。『万葉集』巻一・二においても同様に、雑歌・相聞・挽歌の三部がそれぞれに異なる位置から天皇の系譜に基づく歴史を語り、その総体が文武の治世、大宝における律令国家の完成、ひいては聖武の治世の準備へと収斂するものと位置づけられる。こうした見取り図の上に後半第二部では、巻一・二において主要な歴史的主題を構成する歌々(吉野讃歌、日並・高市皇子挽歌、近江荒都歌、等)を取りあげ、それら歌々が出来事を歴史の展開の上に位置づけてゆくと同時に、その歴史空間の中で、単数の〈われ〉と複数の〈われ〉との間を往還しつつ、中心に位置する特別な〈われ〉=天皇を讃美し、その命を受けて旅をし、その死を悼む主体が立ち上がってくるさまが、個々の表現分析を通じて示される。そうして生まれた主体によって生きられる時間/空間こそが、『万葉集』の描き出す〈帝国的〉な歴史空間だとするものである。個々の細部には議論があり得るとしても、『万葉集』のような複雑な編纂過程を持つテキストを統一体として読む上で本書の方法は有効と思われ、導き出された視座も示唆や刺激に富む。現在翻訳が進行中と聞くが、いち早い刊行が待たれる。

 こうした海外からの発信にどう応えてゆくかも、今後の上代文学研究の課題となるだろう。例えば鉄野昌弘「大伴家持の防人関連歌」(『萬葉集研究』35、10月)が、巻二十の防人歌に詠まれた防人達の「私」情を「公」によって歌わされた「私」と把握しつつ、そこに同じく「公」(天皇)に「私」を捧げる者としての家持の共感と憧憬を読み取るのも、Duthie論の視点を大きく共有しさらに深めるものだろう(なお、鉄野論は家持の主導による防人歌の「蒐集」に懐疑的な見方を示し、また防人歌が中央の歌作を手本とした可能性に言及するが、東城敏毅「防人歌における「妹」の発想基盤」(『國學院雑誌』115・10、10月)も、歌詠の経緯に関する見解は異なるものの、「蒐集」が制度化されたものではなかったこと、中央官人の歌との発想の類似性について論じている)。松田聡「大伴家持のホトトギス詠」(『国語と国文学』91・7、7月)が指摘する家持のホトトギス詠の背後の暦法意識もまた、時を統べる帝国的想像力との関連で読むことがきよう。榎本福寿「日並・高市両皇子の挽歌と天武天皇」(『萬葉集研究』35)は、巻二の両皇子挽歌をめぐって、これまで(過去の拙論を含め)等し並みに天武神話として括ってきた理解を批判し、両者の表現性・構想の差異を神話と歴史という観点から剔抉している。もっとも、Duthie前掲書が指摘するように、その〈歴史〉としての壬申の乱もまた、天武の正統性という枠組みの中で神話化された歴史であることは言うを俟たない。同著者には、巻五の松浦河仙媛歌群から憶良の鄙歌三首を挟み続く松浦佐用姫歌群までの表現に一連の関係性を見る「旅人の仙媛歌群と憶良の佐用姫歌群」(『國學院雑誌』115・10)もあり、複数の作品、歌群間の対比や連関に着目した精細な読みが注目される。『万葉集』関連ではその他、巻十の人麻呂歌集歌を中心に夢の歌の表現性を論じた月岡道晴「夢に姿を見る」(『國學院雑誌』115・10)、〜ジモノ、〜ジクなどの語をめぐる小柳智一「「じもの」考」(『萬葉集研究』35)、発話表現の類別と考察を試みた阪上望「発話表現における話し手と聞き手」(『美夫君志』89、11月)、仮名主体書記によって装われる「私」と訓字主体書記の表す「公」の対立を通じた全二十巻の構成を説く乾善彦「万葉集仮名書歌巻の位置」(『萬葉』218、12月)などを各領域から挙げておきたい。

 『万葉集』以外では、『古事記』を中心に歌謡のつくり出す文脈や作品内での機能について考察した論が目立った。井ノ口史「「天田振」三首」(『京都語文』21、11月)は、允恭記の軽太子物語における「天田振」三首のうちに、抑圧された恋情から公然たる関係の是認へと向かう情調の展開を読み取る。影山尚之「倭健命薨去後悲歌と「挽歌の源流」」(『萬葉集研究』35)は、景行記倭健命物語の末尾四首の歌体の異常性を、思考の滞りや滑らかに進行しない会話をつくり出す意図的な表現と捉え、そこに古態性を見ることで四首を「挽歌の源流」に位置づけてきた従来の理解を批判する。著者は「跡見の岡辺の瞿麦の花」(『萬葉語文研究』10、9月)でも旋頭歌体という様式が歌の読みを導く機制について論じており、歌体の詩学とでもいうべき領域の展開に注目したい。飯泉健司「仁徳朝とイハノヒメ物語」(『國學院雑誌』115・10)、中川ゆかり「皇后磐之媛の死」(『萬葉集研究』35)と、仁徳記・紀のイハノヒメ物語を取りあげた論が相次いだ。それぞれのテキストが独自の歴史の中にこの女性を位置づける方法の差異がそこでは顕わになる。その他、雄略記の一言主之大神譚の表現・文脈理解をめぐる毛利正守「「うつしおみ」と「うつせみ」・「うつそみ」考」(『萬葉語文研究』10)、『古事記』の降臨神話に現れる「韓国」を、後の百済や新羅とは別の抽象的な高文化世界と捉えた金井清一「「古事記」の「高千穂」「笠沙」「韓国」をめぐって、その想定空間の検討」(『論集上代文学』36、10月)、異類婚の話型に共通する話末の歌謡の機能を論じた谷口雅博「『肥前国風土記』弟日姫子説話考」(『國學院雑誌』115・10)、祝詞の物語る神話を『日本書紀』の神話との関連で読み解く舟木勇治「天神寿詞における「天忍雲根神」の位置」(『國學院雑誌』115・10)など。

 城﨑陽子「万葉集編纂構想論における「享受」二態」(『國學院雑誌』115・10)、同「万葉集編纂構想論の未来」(『美夫君志』89)は、いずれも上半期の『万葉集編纂構想論』(笠間書院、2月)を補足・敷衍する内容。著者等の提唱する万葉集編纂構想論の立場は、Duthie前掲書の立場とも多くを共有するが、最大の違いは後者が最終的にテキスト総体から読み取られた構想・志向(A)と、実際の編纂過程でのそれ(B)とを峻別するのに対し、前者が(A)から(B)の「限りなく100パーセントに近い復元」へ向かおうとする点にあるだろう。著者は後世における『万葉集』の享受の中にも、構想が読み取られ受けとめられていった過程を見出だすが、そうした享受の諸相を扱ったものに、渡邉卓「『釈日本紀』所引『万葉集』の性格」(『國學院雑誌』115・10)、田中大士「万葉集仙覚寛元本の底本」(『上代文学』113、11月)、奥村和美「『松浦宮物語』の擬古」(『京都語文』21)、『風土記』では橋本雅之「古風土記の受容」(『国語と国文学』91・10、10月)等があった。さらに『古事記』に関しては、二〇一〇年より刊行を続けてきた神野志隆光『本居宣長『古事記伝』を読む』(Ⅳ、講談社、9月)が第四巻をもって完結した。同書は『古事記伝』から個々の注釈や一部の言説のみを切り出してきた従来の読みに対する批判をこめ、宣長がどのように『古事記』と向き合い、そこに何を見出だしていったのかを、終始注釈のひとつひとつに寄り添いながら読み通してゆく。その読みは宣長の附訓の細かな表現や段落分けの意味するところにまで及び、改めて多くの気づきを与えられる。強引さをも含めた中に一貫する宣長の読みと、著者自身の『古事記』研究者としての読みとの渡り合いもまた本書の面白さのひとつである。

 終わりに関連分野から、池田昌広「『日本書紀』と唐の文章」(『萬葉集研究』35)は『日本書紀』の述作の典拠として初唐の類書『文館詞林』の重要性を指摘する。同書および初唐の典籍の影響については高松寿夫「『懐風藻』序文にみる唐太宗期文筆の受容」(『萬葉』218)にも言及があった。朝鮮半島との関係については藤本幸夫編『日韓漢文訓読研究』(勉誠出版、11月)があり、10月には国立歴史民俗博物館において国際企画展示「文字がつなぐ 古代の日本列島と朝鮮半島」も開催された。上半期のものだが近藤浩一「6世紀百済の思想的基盤と天下観の形成」(『京都産業大学日本文化研究所紀要』19、3月)も、上代日本文学が基盤とした想像力を考える上で視野に入れておきたい。


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