岩佐美代子 自著を語る・『岩佐美代子セレクション1 枕草子・源氏物語・日記研究』『岩佐美代子セレクション2 和歌研究 附、雅楽小論』編

まもなく『岩佐美代子セレクション1 枕草子・源氏物語・日記研究』『岩佐美代子セレクション2 和歌研究 附、雅楽小論』を刊行いたします。これにあわせ、「自著を語る」という文章を寄せて頂きました。
ぜひご一読ください。
以前、『岩佐美代子 自著を語る』(笠間書院・無料頒布)というものを作ったことがあります(のちに、加筆訂正したうえで『岩佐美代子の眼 古典はこんなにおもしろい』に収録)。このシリーズの一環です。これ以降、以下3つの「自著を語る」があります。
・『竹むきが記全注釈』編
http://kasamashoin.jp/2011/01/post_1660.html
・『讃岐典侍日記全注釈』編
http://kasamashoin.jp/2012/04/post_2254.html
・『和泉式部日記注釈』編(スクロールしてしたの方です)
http://kasamashoin.jp/2013/02/post_2548.html
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岩佐美代子 自著を語る・『岩佐美代子セレクション1 枕草子・源氏物語・日記研究』『岩佐美代子セレクション2 和歌研究 附、雅楽小論』編
 大正最末年に生れ、戦争・窮乏・混乱の時代を生きて、さほどの故障もなく八十九歳の誕生日を迎えることができました。つくづくありがたいと思っております。その記念というわけでもありませんが、今まで方々に発表しながらそのままになっていた論文・雑文を、二冊にまとめてみました。主題も形式も様々で学術書の体をなしておりませんが、気楽に手に取って拾い読みして下されば幸いです。間々に挾みました短文は、ただの埋め草のようでもありますが、私の研究の裏口をちょっとお目にかけた、と申しましょうか、私としては論文以上に愛着あるものです。御面倒ならこれだけ読んで下さっても結構、と、それぐらいに思っております。
 戦後七十年、国文学界がそれまでの文芸学的研究から、より科学的な実証的研究に移行する過程を、あれよあれよという思いで見続けてまいりました。その成果の程は言うまでもなく、今日もますます盛んで、恩恵を多々いただいておりますし、一方、源氏物語をはじめ諸作品の精密な訳注書が出揃い、作品読解の面で、もう何も問題ないようにも見えます。しかし、天皇の人間宣言による階級観念の消滅、テレビ言語や若者言葉の一般化による言語感覚の鈍化などにより、古典文学理解は実は大変むずかしくなっているのではないかと思います。
 その点、私は全く偶然の廻り合せで、満四歳の時から十三年間、昭和天皇第一皇女、照宮成子(てるのみやしげこ)内親王とおっしゃる、恐らく昭和の時代が生んだ最髙の姫宮様のお相手として奉仕し、平安朝以来の女房生活の一端を体験すると共に、真の貴人とはどういうものでいらっしゃるのか、また、その日常に奉仕なさる宮廷人の方々の気風や相互の態度等について、知らず知らず承知しており、それが枕・源氏をはじめとする宮廷文学理解に大変役立ったと感じております。今後このような研究者はおそらく出ない事と存じますので、各論の中にしばしば言及しました事をお許し下さい。
 また、文学研究に欠かせない「言葉」の解釈においても、従来の理解には少しおかしい所があると気づきましたので、「知らず顔」「かけて」「聞ゆ」「しほる」など、いくつかの言葉について考えてみました。「しほる」はお能の泣き濡れる所作、「シオル」として、また「聞ゆ」は浄瑠璃「堀河」お俊伝兵衛のサワリの名文句「そりゃ聞えませぬ伝兵衛さん」として、現代まで生きているのです。面白いとお思いになりませんか?
 思えばまことに無茶な、自分勝手な研究をしてまいりました。現代の若手研究者の方々の、専門をきっちりと守った真摯な学究的態度とくらべ、まことにおはずかしい限りです。でも文学の鑑賞・研究とは本来、人間の生活の中の大きな楽しみの一つ。他人になり代わって、別の人生を生きてみるお遊びです。その面白さの一端を読みとるお手助けになりますなら、これ以上の喜びはございません。