古代文学会3月例会(第663回)(2015年3月7日(土)、大東文化大学 板橋キャンパス)

研究会情報です。
●公式サイトはこちら
http://www.ne.jp/asahi/kodai/bungaku/reikai-annai.html
——————–
古代文学会3月例会(第663回)のご案内
日 時 2015年3月07日(土)午後2時〜5時
場 所 大東文化大学 板橋キャンパス 3-0105教室(3号館1階)
 ・東武東上線・東武練馬駅北口下車 無料スクールバスで約7分
 (スクールバス乗り場まで徒歩5分)
 ・都営三田線・西台駅西口下車 徒歩9分
 →アクセスマップ
発表者 佐竹 美穂 氏
題 目 「『常陸国風土記』の立速男の命説話を読む」
要 旨
 『常陸国風土記』に立速男の命という神の説話がある。今回はこの説話を以下の三点から読んでみたい。一点目は立速男の命が「天つ神」と書かれている点で、立速男の命を祭った片岡の大連が中臣氏との関連が考えられる人物だという点に着目する。『常陸国風土記』で中臣氏は香島の神と天皇を仲介する者、神へ献上物を初めて捧げる者であり、その中臣氏と関連があるであろう人物が祭ったために立速男の命は「天つ神」とされたのではないかと考える。二点目は立速男の命が「祟」る神と書かれている点で、この説話は、古代の祟り神説話が眼目とする、名前や祟る原因を探る過程に視点を当てていないことから、立速男の命を、すでに鎮めた神として語っていると考える。三点目は立速男の命が祭られた後に「種属」が多く垣の中にいると書かれている点である。『常陸国風土記』で「種属」は、一族または仲間を意味して使われているが、立速男の命を祭る際の片岡の大連の言葉に、この神を「百姓」の穢れから遠ざける、とあり、この「百姓」は今なお立速男の命の坐す峰にいる「種属」とは異なる人々と考えられる。「天つ神」として遠ざけられ鎮められた神としての立速男の命の像と、「種属」が多くいるという状況の描写のギャップを捉え、『常陸国風土記』が立速男の命説話をどのように語ろうとしているのかを考えたい。
司 会 津田 博幸 氏