« 田中優子編『日本人は日本をどうみてきたか 江戸から見る自意識の変遷』(笠間書院) | メイン | 第96回「書物・出版と社会変容」研究会(2015年4月11日(土)、一橋大学佐野書院) »

2015年2月18日

 記事のカテゴリー : 学会・講演会・展覧会情報

●出光美術館「没後50年 小杉放菴 ―〈東洋〉への愛」(2015年2月21日(土)~3月29日(日))

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote Share on Tumblr LINEで送る

展示情報です。

●公式サイトはこちら
http://www.idemitsu.co.jp/museum/honkan/exhibition/present/index.html
--------------------

2015年2月21日(土)~3月29日(日)
没後50年 小杉放菴 ―〈東洋〉への愛

「金太郎」など優しく微笑ましい日本画が人気の小杉放菴(こすぎほうあん 1881~1964)ですが、若い頃は〈未醒(みせい)〉と号した酒好きで豪傑な洋画家だったことはあまり知られていません。
日光に生まれ、高橋由一(たかはしゆいち)の門人・五百城文哉(いおきぶんさい)に洋画を学びますが、18歳で上京、小山正太郎の画塾・不同舎に入ります。当時、国際的に流行したフランスの壁画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌを崇拝した放菴は、シャヴァンヌを思わせる淡い色調の風景画で、30歳頃には文展で連続して最高賞を得、夏目漱石も絶賛するほどでした。日本の洋画壇の将来を嘱望されてヨーロッパに留学しますが、本場の洋画が持つ伝統の重みに耐えかねていたところ、パリで偶然目にした江戸時代の文人画の巨匠・池大雅(いけのたいが)の画帖「十便帖(じゅうべんじょう)」の複製に、自分の"帰りゆくべき道"を見出します。留学後、次第に日本画に傾倒してゆき、昭和期には〈放庵(ほうあん)〉(後に放菴)の画号を用いた日本画で知られるようになりました。
改名による日本画家への華麗なる転身は、東洋回帰と注目され、一部からは伝統的な洋画からの敗退という批判もありましたが、放菴は"ずっと続いた一本道"と言っています。実際には、神官で国学者の父・蘇翁(そおう)や、漢学に造詣の深い師・文哉から和魂洋才の教育を受けてきた放菴にとって、洋画・日本画といった区分はそれほど重要ではなかったように思えます。西洋から押し寄せる文化の波を受けながらも、日本人のための絵画を創り出したいという熱い思い――放菴芸術に貫かれた〈東洋への愛〉は、日本の将来を案じる出光美術館初代館長・出光佐三(1885~1981)の心をも惹きつけるほどでした。
本展では、放菴没後50年を記念して、約90件の作品で放菴の画業を回顧いたします。洋画と日本画が共鳴しあって生まれた、あたたかく包みこまれるような放菴芸術の魅力をどうぞご堪能ください。


イベント情報
列品解説のおしらせ
3月5日(木)、3月19日(木)
いずれも午前10時30分より

3月6日(金)、3月20日(金)
いずれも午後6時より
(事前の申し込みは不要・入館料のみ)

開館時間
午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)
毎週金曜日は午後7時まで(入館は午後6時30分まで)

会期・開館時間等は都合により変更することがあります。最新情報は当ウェブサイトまたはハローダイヤル(03-5777-8600)でご確認ください。

入館料
一般1,000円/高・大生700円(団体20名以上 各200円引)
中学生以下無料(ただし保護者の同伴が必要です)
※本展期間中、3月17日(火)~3月29日(日)は「学生無料ウィーク」を開催しています
※障害者手帳をお持ちの方は200円引、その介護者1名は無料です

休館日
毎週月曜日

電話番号
ハローダイヤル
03-5777-8600(展覧会案内)


●グーグル提供広告