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2014年12月 2日

 記事のカテゴリー : リポート笠間掲載コンテンツ

●日比嘉高「国際査読誌『跨境(こきょう) 日本語文学研究』の創刊、および少々の展望」●リポート笠間57号より公開

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リポート笠間57号より、日比嘉高「国際査読誌『跨境 日本語文学研究』の創刊、および少々の展望」、を公開いたします。

リポート笠間は、小社のPR誌で年2回刊行しています。送料無料・購読料無料。定期購読は随時受け付けています。お気軽にご連絡ください。詳細は以下のページでご確認ください。
http://kasamashoin.jp/report.html

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国際査読誌『跨境(こきょう) 日本語文学研究』の創刊、および少々の展望

日比嘉高[名古屋大学准教授]

▼日本近現代文学・文化論、日系移民文学、出版文化。『〈自己表象〉の文学史 自分を書く小説の登場』(翰林書房、二〇〇二年)、『ジャパニーズ・アメリカ 移民文学・出版文化・収容所』(新曜社、二○一四年)など。

※『跨境(こきょう) 日本語文学研究』は笠間書院で委託販売しています。
http://kasamashoin.jp/2014/09/post_3004.html


■創刊の経緯と趣意

 先ごろ、日本語文学研究の新しい研究雑誌を創刊した。『跨境 日本語文学研究』というのがその名である。「跨境」は「こきょう」と読む。

 雑誌を作ろうと提案してきたのは、韓国の高麗大学の鄭炳浩さんだった。鄭さんをはじめとした私たちは、二〇一三年から「東アジアと同時代日本語文学フォーラム」という、連続フォーラムを始めていた。韓国、中国、台湾、日本の近代日本文学研究者が連携しながら、年一度テーマを決め、各地を巡回して研究集会を開こうというものである。昨年は高麗大学の日本研究センターで、「東アジアにおける日本語雑誌の流通と植民地日本語文学」を掲げて第一回フォーラムを開いた。この秋一〇月二四~二六日には北京師範大学で「大衆化社会と日本語文学」をテーマに、第二回フォーラムを開催することになっている。

 雑誌『跨境 日本語文学研究』は当初、このフォーラムの成果を公開することを目標としていた。だが雑誌として刊行する以上、研究集会の成果を掲載するだけではなく、より開かれたかたちで、この分野の研究界に資するような公共性をもたせる方が、よりよいだろうと判断された。考えてみれば、類似の雑誌は存在しない。

 ふと見渡せば日本文学研究は、地球上のかなり多くの地域で行われている。アジアの諸地域はもちろんとして、北中南米、ヨーロッパ諸国に、研究者や学生たちが広く存在する。世界中に展開した日本文学の研究を、すべて覆うような雑誌をつくろう、などという大それたことを考えたわけではない。しかし、それぞれの地域の研究が、それぞれの地域のなかでのみ流通し、参照されるという傾向があることは、日本文学の研究に関わるものたちにとってお互い残念なことである。研究対象を共有しながらも、国別、地域別、言語別に閉じたまま研究される傾向にある日本文学研究を、つなぐような試みができないか、というのが前記のフォーラムの発想であり、またこの『跨境 日本語文学研究』創刊の趣意である。

■創刊号と日本語雑誌特集
 創刊号では、第一回フォーラムが論じた「東アジアにおける日本語雑誌の流通と植民地日本語文学」が特集して掲載されている。戦前の東アジア各地では、さまざまな日本語雑誌が刊行されていた。ただし研究は、旧満洲、朝鮮、台湾など地域ごとになされる傾向が強く、それらを突き合わせて検討する機会は少ない。第一回フォーラム、および創刊号の特集では、そうした地域ごと蓄積を踏まえながら、より広域的、横断的なまなざしで再検討しようと試みた。特集には一〇本の論文が並び、朝鮮では俳句誌『水砧』、新聞『京城日報』が、旧満洲では『満洲浪漫』『藝文』『協和』『北窓』などが、台湾では『台湾青年』が検討されている。

 またこの号には、西成彦さん、朴裕河さん、田原さんのエッセイや、五本の一般論文、研究資料なども掲載されている。全体像は、本誌の誌名でネット検索すれば目次が出てくる。一度ご覧いただきたい。

■跨境とは何か
 跨境という言葉は、日本語としては耳慣れない言葉であるだろう。「跨境」の語でOPAC等を検索すると、アジア地域の民族学の関連資料がヒットする。日本語より、中国語の方が圧倒的に多い。近い言葉としては「越境」があり、こちらはなじみがあるだろう。トランスナショナルtransnationalという言葉もあるが、この中国語訳は跨国である。つまり「跨」の字にはtrans-という言葉が背後で響いている。なお本誌の英語名は、Border Crossings: The Journal of Japanese-Language Literature Studiesとしている。

 〈跨―境〉とは境界を跨ぐこと。跨ぐ、とはたんに越すことではない。分割線を越えながらも、その両方に跨がっているというニュアンスをもっている。越えて行くのではなく、跨いでつなぐこと。それぞれの局地性や立場を無視することなく、そこに一つの足場を置きつつも、さまざまな〈境〉の向こうに他方の足を伸ばすことを目指そうとしている。

 当然、この雑誌の準備をしながら脳裏にあったのは、現在の東アジアにおける緊張と分断である。つい先日も、中国へ調査に行った知人から、これまで使えていた図書館の資料室が閲覧できない措置になっていたと聞いた。韓国では、大学によっては日本語・日本文化を教えるコースの人気が、他の外国語コースと比べて最下位になっていると聞く。

 中日、韓日関係は、戦後最悪の状態にある。そしてそれが回復する兆しは見えない。政治家たちだけに責任を押しつけるわけにはいかない。ネットや書店に溢れる嫌中・嫌韓言説を見れば、それらの言葉に共感を覚えている人々が無視できない割合で存在するということを、認めねばならない。事情は中国、韓国でも同様だろう。

 そうした傾向に個々人として対抗することも大切だろうが、日本文学研究に携わる人間として何ができるのかということも、考えさせられる。粘り強く手をつなぎ続け、バトンを渡し続ける。研究も教育も、考えることによって、人をつなぎ、人を育てる仕事だ。だから我々は、いまこそ踏ん張らねばならない。跨境し続け、言葉を交わし続けることが、国家主義的で排他的な言説に対抗する地道だが有力な手段であるはずだ。

■日本語の/で文学を研究するということ
 本誌の「日本語文学」という表記は、日本語で書かれた文学であるということを基準とし、書き手の国籍や民族、書かれたり発表されたりした地域については制限しない、むしろその横断性や重層性を重視するという趣旨によっている(なお現在は原則として時代を近代以降に限っている)。

 一方、本誌を創刊する過程で議論に上ったのが、何語で研究を公表するかという問題である。韓国、中国、台湾、日本の研究者が中心となり、編集委員・査読委員には米独仏の研究者も加わっている。結論は、日本語をメインとし、目次や要旨には、英語や場合によって韓国語、中国語(繁体字)を用いるということになった。誰が読むか、ということを主眼としての判断である。

 現時点、現メンバーではこれが最善の解だったと考えるが、だが問題は簡単ではない。日本(語)文学をとりまく研究界の情勢を考えてみれば、(1)学術的世界語としての英語の吸引力、(2)ローカルな研究コミュニティとの紐帯、(3)研究人口のバランス、(4)ネット環境のもたらす越境性、などの要素がからまりあっている。

 ドイツの研究者から聞いたことだが、いまやドイツ語で日本文学研究についての研究論文を公表する意味がどんどん感じられなくなっているという。これはドイツ語圏での日本文学研究の縮小が背景にある。せっかく書いたものがわずかな人にしか読まれないというのは、その論考の存在意義に関わる。自然、膨大な読者数が期待できる英語へと研究者は流れていく(1の問題)。

 ブラジルの日本関連学会では、同時通訳のある時間帯もあったが、ほとんどの研究発表はポルトガル語だった。おそらく各地の国内学会では地域語で多く発表がなされている。そして地域語は、その地域の(文学)研究と結びつきを持てるのが強みだ。たとえば韓国国内の国文学研究と日本文学研究は連携した方が成果が上がる(2の問題)。

 また長期的には研究人口の変動も影を投げるだろう。日本の文学研究者の人口は漸減しているが、たとえば中国の日本文学研究の人口は――政治的動向次第だが――まだまだ増える余地がある。英語による研究人口はさらに増えるだろう(3の問題)。

 一方で、情報ネットワークはそうした地域性や人口の多寡を、原則として無関係に超えていく。現在、各地域・各言語の研究データベースは別個に検索窓口がある。だが、これらデータベースの統合的串刺し検索(「国会図書館サーチ」の国際版をイメージして欲しい)のできる日が来た時のことを想像してみよう。もちろん検索結果として出て来た論文は、そのまま画面上で全文読める。そうなった時代には、その雑誌が東京で出ているのか台北で出ているのかロサンゼルスで出ているのか、あまり意味はなくなるだろう。私はそういう日が来るのは、それほど遠くないと思う(4の問題)。

■『跨境 日本語文学研究』のこれから

 『跨境 日本語文学研究』は、笠間書院の協力をえて、日本国内の書店、ネット書店でも購入できるようになっている。一年程の期間をおいて、全文をウェブ公開することも計画している。アクセス性の良さが、今後の学術雑誌には重要になるだろうという判断からである。

 本誌は、書き手の側からも届きやすいものにしたいと考えている。本誌は査読制を取っているが、投稿資格に特別な制限を設けていない。編集委員・査読委員は韓中台日に米国、ヨーロッパの研究者からなっている(メンバーは創刊号参照)。いずれもこの分野の第一線の研究者にお願いしたつもりである。

 次号は二〇一五年六月刊行の予定。論文投稿の締め切りは二〇一五年一月である。詳細は本誌の高麗大学日本研究センター内の公式ウェブサイト、あるいはFacebookページで告知する。多くの投稿をお待ち申し上げる次第である。

跨境 ■facebook https://www.facebook.com/journal.border.crossings
跨境 ■Twitter https://twitter.com/KOKYO_BorderCrs


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