« 日中対照言語学会第32回大会(2014年度冬季大会)(2014年12月7日(日)、大阪産業大学梅田サテライト) | メイン | 武者小路実篤記念館・講演会、武者小路知行氏「祖父・武者小路実篤の思い出」(2014年11月16日(日曜日)、調布市東部公民館学習室) »

2014年11月10日

 記事のカテゴリー : ホームページ紹介, 新刊案内

●近刊・小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』冒頭・序章・1章公開(5)

このエントリーをはてなブックマークに追加 Clip to Evernote Share on Tumblr LINEで送る

小松英雄氏の近刊(11月21日刊行予定)『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』の冒頭から1章を毎日すこしずつ公開していきます。
本書の詳細はこちらから。

小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』(笠間書院)
70753_k.jpg

http://kasamashoin.jp/2014/10/post_3029.html

なお、本書について、刊行記念イベントを開催いたします。

開催日時:2014年11月15日(土)19:30 ~
ジュンク堂書店 池袋本店
タイトル「内外の専門学者が気づいていない 日本語運用の巧妙なメカニズム」

●公式サイトはこちら
http://www.junkudo.co.jp/mj/store/event_detail.php?fair_id=7066

ご来場、お待ちしております。要申し込みです。

-----------

近刊・小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』冒頭・序章・1章公開(1)はこちら。

近刊・小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』冒頭・序章・1章公開(2)はこちら。

近刊・小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』冒頭・序章・1章公開(3)はこちら。


近刊・小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』冒頭・序章・1章公開(4)

-----------

Ⅰ章 ニホンとニッポン

伝統的国語学は、近世国学を継承して日本語の独自性を強調し、近代の言語学に背を向けてきた。また、文法以外の領域を傍系の特殊な研究と見なしてきたために、言語研究の体をなしていない。この章では、主として音声学や音韻論の基礎的知識の重要さを認識するために、日常の身近な事例を取り上げて解説する。

ニホンとニッポン
 法律に明文化されてはいないであろうが、日本では、漢字表記が正式名称であるという伝統が定着しているので、口に出す形は便宜的に使用するにすぎないという位置づけになる。「かな」の起源は仮名(かり な)だとされているが、その位置づけは現今でも意識の奥に潜在している。もはや死語かもしれないが、仮名に対して漢字は本字、すなわち、正統の文字とよばれていた時期もある。
 
「日本銀行」を「目木銀行」と書くことは許されないが、ニホンギンコーは誤りでニッポンギンコーが正しいと主張する法的根拠はないはずである。「秀生」は「英男」ではないが、親がヒデオと名付けても、出生届に振り仮名がなければ、ヨシオとかシューセイとか名告(な の)ることは本人の自由である。マサオと名告っても根拠を説明する義務はない。

 紙幣の表面には「日本銀行券」、「日本銀行」と印刷されているが、これだけでは読みが確定できない。千円紙幣以外のホログラムに、とても小さい「NIPPON GINKO」があるが、裏面には大きく「NIPPON GINKO」と印刷されている。外国人にニッポンと読んでほしいのかもしれない。郵便切手にも、「NIPPON」と「日本郵便」とが併記されている。しかし、日本語と同じ[ッ]を聞き分ける言語はめったにないので、たいていニポンとしか読んでもくれない。漢字表記でなければ仮の国名だということなら、口にするときはニホンだろうとニッポンだろうと、どちらでもかまわないことになる。 

 国際試合に参加するニホン選手のユニフォームには NIPPON と書いてある。NIHON を見た覚えはない。日本語の生得話者(native speakers)なら理屈抜きにそれが当然だと感じるはずである。なぜなら、NIPPON なら必ず勝つと確信できるが、NIHON では勝ち目がないからである。観衆もニッポン、ニッポンと絶叫する。しかし、英語圏に出かけて、Where are you from? (どちらから?)と尋ねられたら、From Japan. と答えるであろう。From Nippon. と胸を張っても、英語には小さな[ッ]に相当する音がないので、話し手がこの語形に込めた誇りを感じ取ってくれるはずはない。ニッポンがニホンを強く、また誇らしく印象づける語形であることは、ニホン語話者だけの感覚なので、他言語の話者にはつうじない。NIPPON GINKO に権威を感じ取るのは、事実上、日本語話者ぐらいのものである。 

 韓国の応援団は日常的に使用するハングクではなく、正式の国名、デアン#ミングク(大韓民国)を連呼する(「#」はポーズ(pause))。心理的効果は前者がニホンに対応し、後者がニッポンに対応するが、我々は強いぞと印象づける方式がまったく異なっている。

 以上の検討の結果から明らかなように、ニホンは日本語話者にとって特別の情緒を喚起しない国名であるのに対して、ニッポンのほうは、(我々の)りっぱな国、誇らしい国という含みをともなっているので、両者は等価ではない。そして、これらふたつの語形を、はっきり言い分け、聞き分けるのは、この無音の持続を一音節相当として認識する言語の話者だけなのである。無音の持続をとらえることは語頭にも語末にもありえないから、前後に必ずふつうの音節がある。

 この[ッ]は促音とよばれている。ニッポンでは両唇が閉じているので無音であるが、アッサリでは呼気が狭い隙間を摩擦して通るので[s]の音が、また、ネッシンでは[ʃ]の音が持続する。ふつうに発音すれば促音の持続は、一音節分の時間であるが、語の意味を強調する場合には、不自然になりすぎない程度まで持続することができる。伸縮自在であるから拍(はく)という単位は当てはめにくい。

 衣服にたとえるなら、ニホンは普段着であり、ニッポンは礼服であるから、どちらか一方だけでは生活できない。したがって、大韓民国と韓国、中華人民共和国と中国、United States of America と USA というように、国名には公的呼称のほかに略称があるのがふつうであり、場面に応じて使い分けられている。どちらが正しいのかという質問には、使う場面の違いによる適否を説明すればよい。

 ニホンとニッポンの場合、語形変化の類型に当てはめて説明するのは困難である。「日」字の音はジツ(漢音)またはニチ(呉音)である。文献にはジッポンも出てくるが、直接に関わっているのはニチである。

キリシタン文献の NIFONとNIPPON 
 十六世紀に布教の目的でポルトガルから渡来したイエズス会の宣教師たちは日本語の書籍をいろいろ出版している。そのなかに『平家の物語』(1592)、『エソポの寓話集(ファブラス)』(1593)、そして、漢籍に出典をもつ格言を集めた『金句集』(1593)の三部を、その順で一冊にした本がロンドンの大英図書館(British Library)に収蔵されている。幸運に恵まれて残った孤本である。ここでは、前二者(p.52,53)を取り上げる。
 
『平家の物語』(以下、『平家』)も『エソポの寓話集』(以下、『エソポ』)も、扉は、図版中央の口絵を挟んで、ポルトガル式に基づいて工夫したローマ字綴りでその本の趣旨を簡略に説明し、口絵の下には天草学林で出版するとあり、出版年次がローマ数字で記されている。

◆『平家の物語』 扉 上段

koma1-1.jpg

NIFON NO / COTOBA TO / Historia uo narai xiran to / FOSSVRV FITO NO TAME- / NI XEVA NI YAVARA GVETA- / RV FEIQE NO MONOGATARI.
 にふぉん(日本)の ことば と Historia を 習い 知らん と 欲(ほっ)する ふぃと(人) の ため に しぇわ(世話) に やわらげた る ふぇいけ(平家) の 物語

○ここでは国名表記 NIFON に注目しておいて、『エソポ』の対応部分と対比しながらあとで考える。○十六世紀には、ハ行子音が両唇摩擦音、すなわち、呼気が両唇をこすりながら出る音であった。ポルトガル語の[f]は、現代英語などと同じ、上の前歯と下唇で調音する唇歯(しん し)摩擦音なのでズレはあるが、[ホ]は[fo]で置き換えても不都合を感じない。しかし、同じくハ行音でも現代語の[ヒ]はさらに変化して〈きしみ音〉になっているので[fi]とは程(ほど)遠い感じである。○historiaはラテン語。〈過去に起こったことについての叙述。お話し〉。日本語の「歴史」よりも堅苦しくない。○「世話に和らげたる」とは、日常のことばにやさしく言い換えた、ということ。この文献は話し手と聞き手とが対話する形式に書きなおされている。

◆『平家の物語』 扉 下段 

IESVS NO COMPANHIA NO / Collegio Amacusa ni voite Superiores no go men- /
qio to xite core uo fan ni qizamu mono nari. Go xuxxe yori M.D.L.XXXXII.
イエズスの COMPANHIA の Collegio 天草(あま くさ) に おいて Superiores の御 免
許として これを ふぁん(版) に 刻む もの なり。 御 出世(シュッシェ) より 1000+500+50+×4+1×2(=1592)

○IESVS NO COMPANHIA はキリスト教の〈イエズス会〉。○Collegio Amacusa は〈天草学林〉。○「版に刻む」は木版についての用語。この本は活字印刷であるが、日本人に理解できる表現にしてある。「御出世」はイエス様の御生誕。○ローマ数字。1592(年)。

◆『エソポの寓話集』扉 上段

koma1-2.jpg

○ESOPONO /FABVLAS. / Latinuo vaxite Nippon no /cuchito nasu mono nari.
ESOPONO FABVLAS は 『イソップの寓話集』。VとUとは同一文字の異体。大文字はVだけ。小文字では語頭や複合語の後部成素の最初ならvを当て、そのほかの位置にはuを当てている。ちなみに、ラテン語のアルファベットにWはなく、後世、Vをふたつ並べて作られたので、英語やフランス語では、この文字を、「ダブルのU」とよんでいる。○fabulas は英語の fables。日本語の寓話。○Latinuo vaxite Nippon no cuchito nasu とは、ラテン語をわかりやすく日本の口頭言語にする。『平家』では NIFONであったが、こちらは Nippon になっている。その理由は、一冊目冒頭に通用の国名を出し、二冊目冒頭で正式の国名を出したと簡単に説明できそうであるが、最初に正式の国名を出すのが常識ではないかと反論が出たら水掛け論になってしまう。こういう場面こそ、筆者が強調する、どうして?の出番であるが、速戦即決で片付けずに、下段まで読んでみよう。

◆ 『エソポの寓話集』 扉 下段

IEVS NO COMPANHIA NO / Collegio Amacusani voite Superiores no gomen- /qiotoxite coreuo fanni qizamu mono nari. / Goxuxxe yori M.D.L.XXXXIII.

○E末尾の出版年次が『平家』の翌年、1593年になっていることを除けば、あとのことばは『平家』と同じである。ただし、大きな問題がふたつあるので、節をあらためて考える。

IESVS と IEVS
 下段の最初に出てくる語が『平家』では IESVS なのに、『エソポ』では IEVS で、Sがひとつ少ない。尊い「イエス」キリストの名を宣教師たちがふたとおりに書き分けたとは考えにくい。だとすれば、IEVS はミスプリントと見なさざるをえない(と思われる)。 

 念入りに書いた論文の肝心な個所に思わぬミスプリントがあるのを発見してショックを受けた経験のある研究者は少なくないであろう。『エソポ』にはミスプリントがきわめて少ないが、人間の仕事に絶対はない。筆者は、以前の著書で、この IEVS を例にして、誤写やミスプリントは不可抗力に近いと思って書記文献を扱うべきだと書いたことがある。しかし、これ以外に考えようがない、と思ったときには、必ず、現在の自分には、を付け加えて宿題にすべきである

 グーテンベルクが活字印刷を始めてから百五十年余を経た印刷物でも組版技術は素朴であるが、あらためて見なおすと、『エソポ』下段の IEVS は字間が広すぎるように見える。この行末に次行の Collegio を繰り入れるのは無理であるが、それにしても間が抜けるほど字間があいている。

 きわめて稀ではあっても人間の仕事である以上、避けることのできないミスプリントであるという私見を述べてしまったばかりに、不安になって広い字間の IEVS が頭にこびりつき、ときどき思い出してはほかの可能性を考えているうちに、この文献の本質を正しく捉えていなかったことに気がついた。

 キリスト教の同一会派による継続出版物であるから、会派の名称は、当然、同じ綴りでなければならないはずだ、まして、キリスト教の宣教師が、事もあろうに主イエスの名をふたとおりに書くはずはない、と決めてかかっていたために、どちらかを、ということは IEVS をミスプリントと認めざるをえなかったが、次節で明らかになるように、『平家』が、日本で布教するために必要な日本語の基礎編であるのに対して、『エソポ』は布教の実践編であるから、説教をする場でも、信者と親しく話をするときも、そして、信者の告白を聞いて適切なアドヴァイスをする場でも、信者との心理的距離を縮めるために、イエズス様よりもIEVS[ieus]様→[ies]様を使うのがよいという配慮から、注意を喚起するためにわざわざ字間を開けて示したのではないかという解釈に到達した。扉に書いてあるのは、主イエスキリストの名ではなく、会派の名称であるが、右の推定はそのまま当てはまるであろう。『平家』のほうは、第一部の巻頭に会派の正式の名称を記したという以上の説明を必要としないであろう。このように考えるなら、基礎編に当たる『平家』にインフォーマルな国名の NIFON を示し、実践編に当たる『エソポ』にフォーマルな国名の NIPPON を示していることと矛盾しない。

『平家の物語』と『エソポの寓話集』との関係
 『平家』にも『エソポ』にも、それぞれ多くの詳細な研究があり、複数の複製本も総索引も個別に刊行されているが、たいへん残念なことに、これら二冊を不可分のセットとして捉えたものが見当たらない。『平家の物語』と『エソポの寓話集』との内容は無関係であるが、キリシタン版は『平家』のあとに『エソポ』が置かれて、ページづけはそのまま続いており、『エソポ』のあとに、「この平家物語とエソポの寓話集のうちの分別(ふん べつ)しにくきことばの和らげ」が添えられている。掲出された個々の語句がどちらから採られたのか区別されていない。注目すべきは「この」である。なぜなら、「この」は、『平家』と『エソポ』とをひとまとめにさしているからである。〔『日本語書記史原論』補訂版・総説〕

 『平家』の扉には「ニホンのことばと historia を習い知らんと欲する人のために世話に和らげたる平家の物語」(前引)と記されている。要するに、日本語と日本文化との学習書である。そのつもりで図版を見ればわかるとおり、先行する名詞から助詞を切り離しており、これに続く本文も同様に処理されている。これは初心者向けの配慮である。「世話に和らげたる」とは、原典の難しい叙述を日常会話の平易な問答体に改めたということである。その実践として、当時の〈乱れた日本語〉が、おそらく意図的に、交えられている。実際、庶民の会話には古めかしいことばやしかつめらしいことばでなく、当代の言いかたがふつうに使われていたはずだからである。そして、もっと大切なことは、この本で日本語を学習するのは宣教師だったことである。彼らの重要な任務のひとつとして、懺悔をよく聞いて適切なアドヴァイスをすることが含まれている。犯罪を犯したりするのは得てして下層階級に多い。お上品な日本語しか理解できないようでは牧師の責務を満足に果たすことができなかった。

 『平家』と『エソポ』との、扉の下段の文章を比較すると、ローマ数字の出版年次が一年違うだけで、文章がまったく同じである。しかし、『平家』では助詞や接頭辞「御」などが名詞と切り離されているのに対して、後者ではそれらが名詞とひと続きになっている。それは、一年の間に編纂者の日本語が上達して、自然な切りかたができるようになったからではない。

 『エソポ』では扉の裏に「読誦(どく じゅ)の人へ対して書す」という序文があり、そのなかに、まともな教えを聞かされるとウンザリするので、興味をもてる話を集めてこの寓話集を出版する。果樹には果物がなるから枝葉(えだ は)を無用と思わないのと同じことだ、という趣旨のことが書かれている。短い寓話をたくさん覚えて、説教をおもしろく聞かせる材料として使えるように、ということである。『平家』と違って、『エソポ』には日常語で新しい言いかたになっていた語形やことばづかいが出てこない。宣教師が下品な語形やことばづかいで人間(ひ と)の道を説いたりしたら、神様の権威まで疑われかねないからである。

 以上、駆け足の説明を試みたが、これだけでも、二冊が不可分のセットであって、『平家』は〈基礎編〉であり、『エソポ』は〈実践編〉であることの証明になるであろう。日常的に使う国号 NIFON が〈基礎編〉に出てきて、日本人のプライドを尊重した NIPPON が実践編に出てくる理由も、また、日本語話者が言いやすく、日本語になじみやすい語形に変形された IEVS(イエス)が実践編に出てくる理由も説明できたことになる。

 日本語研究に携わってきたひとりとして淋しく思うのは、この分野を研究の中心的対象としている人たちが、扉の文章や表記をまともに検討せず、おそらく内容がまるで違うという理由でこれら二冊をたがいに独立の存在とみなし、どちらか一方だけの研究に全力を投入してきたことである。

 従来の諸研究に敬意を表しながらも、やるせない物足りなさを感じるのはそのためである。

続きはこちら。(6)。


●グーグル提供広告