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2014年10月 2日

 記事のカテゴリー : 新刊案内

●小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』(笠間書院)

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11月下旬の刊行予定です。

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小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』(笠間書院)
Some Singular Phenomena of the Japanese Language through Time

ISBN978-4-305-70753-6 C0081
四六判・並製・カバー装・346頁
定価:本体2400円(税別)


世界唯一、ユニークな言語運用システムである、「清音と濁音の二項対立・音便・係り結び」は、日本語特有であるがゆえに、近世国学と結びついた学問体系により誤って解釈されてきた。
情報を効率よく伝えるため、常に変化を続ける日本語のメカニズムの、巧妙な真の姿を明らかにする。

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■著者紹介

小松英雄(こまつ・ひでお) Komatsu Hideo
1929年東京に生まれる。筑波大学名誉教授。文学博士。
著書に、日本声調史論考(風間書房 1971)、国語史学基礎論(笠間書院 1973:増補版 1986:簡装版 2006)、いろはうた(中公新書 1979)、日本語の世界7.日本語の音韻(中央公論社 1981)、徒然草抜書(三省堂 1983/ 講談社学術文庫 1990、復刊 2007)、仮名文の原理(笠間書院 1988)、やまとうた(講談社 1994)、仮名文の構文原理(笠間書院 1997:増補版 2003:増補版新装版 2012)、日本語書記史原論(笠間書院 1998:補訂版 2000:新装版 2006)、日本語はなぜ変化するか 母語としての日本語の歴史(笠間書院 1999 新装版 2013)、古典和歌解読 和歌表現はどのように深化したか(笠間書院 2000:増補版 2012)、日本語の歴史 青信号はなぜアオなのか(笠間書院 2001:新装版 2013)、みそひと文字の抒情詩(笠間書院 2004:新装版 2012)、古典再入門 「土左日記」を入りぐちにして(笠間書院 2006)、丁寧に読む古典(笠間書院 2008)、伊勢物語の表現を掘り起こす 《あづまくだり》の起承転結(笠間書院 2010)、平安古筆を読み解く 散らし書きの再発見(二玄社 2011)、等がある。
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■ご予約・ご注文は版元ドットコムで
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70753-6.html
または、直接小社まで、メールでinfo@kasamashoin.co.jpご連絡いただいても構いません。またはこちらのフォームで、購入希望としてご連絡ください(書名・冊数・お名前・ご住所・電話番号を明記してください)。
http://kasamashoin.jp/mailform.html

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本書の刊行記念イベントが開催されます!

「内外の専門学者が気づいていない 日本語運用の巧妙なメカニズム」

ジュンク堂書店 池袋本店
開催日時:2014年11月15日(土)19:30 ~

小松 英雄(日本語学者)

○日本語に清音と濁音との二項対立があることは日本人にとって当然のことなので、それが世界で唯一のすばらしい運用システムであることに気づいていないし、どこの言語にもない現象であるために、外国人の学者は自国の言語の音韻体系のなかにある音に当てはめて理解してしまい、日本語にそういう珍しい対立があることを見逃している。
○古典文法で《係り結び》とよばれている現象も日本語だけにしかないために、外国の言語学者に干渉されることなく、また、学校教育でも国語学者が取り違えた機能を教えて学習者を苦しめている。
○音便や連濁についても同様である。
○悪い意味で日本独特である古典文法や、古典文学作品の浅薄きわまる解釈の横行は、専門学者がテクストをきちんと読まずにつまみ食いして論を立てていることに起因している、《読まないから読めない、読めないから読まない》の悪循環を断ち切って、正統の手順を踏んだ研究成果を世に送ることが研究者に課せられた任務である。
○以上のことを、実例をあげて、また、用語についても、わかりやすく説明する。

※本トークセッションは、小松英雄『日本語を動的にとらえる ことばは使い手が進化させる』(笠間書院、2014年11月)刊行記念として行うものです。

→満員御礼で、無事終了しました。ありがとうございました。
以下で当日の様子を動画をご覧になれます。

○当日の配布資料はこちら(PDF)。
http://kasamashoin.jp/shoten/20141115junku.pdf

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【目次】

序章から1章を全文公開中です。
(1)
(2)
(3)
(4)
(5)
(6)

お読みになるまえにー母語再訪への誘い
凡例

序章 母語についての共通理解を検討する―民族主義から切り離して日本語をとらえる

【ひとつのことを突き詰めて考えようとする場合には、現在、その事柄がどのように認識されているかを把握しておかなければならない。
この章では、二十世紀なかばから二十一世紀初頭まで続いた、いわゆる日本語ブームを支えた民族主義的日本語論を取り上げて、それが日本語についての社会的認識を大きく歪めてしまったことを指摘する。また、日本語研究は、日本語社会における情報伝達のツールとしてどのような要因がどのような機能を担って効率的に運用されているかを解明すべきことを提唱する。】

 日本語ブームの嵐が去ったあとで
 母語
 民族の固有性(identity)を再確認する動き
 『万葉集の謎』―日本語ブームの始まり
 金田一春彦『日本語』
 日本語の源流を求めて―大野晋の試み
 研究者のクセを見抜く
 日本語ブームの終焉
 国語は日本語と同義ではない
 すべての言語が同じようにすばらしい
 日本語の日本語らしさ
 動態としての日本語
 国語学と日本語学
 日本語特有の体系運用の仕組み
 翻訳不能な国語学の用語
 日本語社会における伝達のツールとしての日本語

1章 ニホンとニッポン

【伝統的国語学は、近世国学を継承して日本語の独自性を強調し、近代の言語学に背を向けてきた。また、文法以外の領域を傍系の特殊な研究と見なしてきたために、言語研究の体をなしていない。この章では、主として音声学や音韻論の基礎的知識の重要さを認識するために、日常の身近な事例を取り上げて解説する。】

 ニホンとニッポン
 キリシタン文献のNIFONとNIPPON
 IESVSとIEVS
 『平家の物語』と『エソポの寓話集』との関係
 中国語の音節構造
 聞こえない[ッ]・聞こえる[ッ]
 分節、〈モーラ(mora)〉、または〈拍(はく)〉
 和語の語音配列則
 長母音と短母音との中和
 言語の運用規則
 言語音の習得1 音声器官からのアプローチ
 言語音の習得2 聴覚からのアプローチ
 言語音の習得3 どちらのアプローチが現実的か
 音韻体系は、有限の数の音を適切に配置して構築される
 言語音の分類基準

2章 原日本語の姿をさぐる―ラ行音の諸問題

【大陸や南島などから日本列島に渡って来たさまざまの言語を話す人たちが、意思疎通のために形成した独自の言語が原日本語であると考える立場から、和語がラ行音節を語頭にもたなかったのは、CV音節の言語を効率的に運用するための集団的選択であったという解釈を提示する。】

 原日本語の姿をイメージする
 単音節名詞
 単音節語は使用頻度の高いものに集中している
 和語の単音節名詞にラ行音節の語が欠落している理由
 クセモノの[r]音群
 特殊な民族、特殊な言語
 カタカナ音声学で言語運用のメカニズムは理解できない
 語頭ラ行音節の脱落?
 ラ行音節は文中にどのように分布し、どのような機能を担っていたか
 口頭でやりとりされるのが言語である
 ラ行音節の分布が担う聞き取りの効率化
 日本語のR

3章 濁音の諸相―二項対立が担う役割

【音韻体系に清音と濁音との二項対立をもつ言語は世界のなかで日本語しか知られていないようであるが、その事実の存在が明示的には指摘されていない。日本語話者にとってはあまりにも当然のことで不思議に思わないし、それ以外の言語の話者が、日本語にそれがあることに気づかないのも当然であった。この章では、その二項対立が日本語を運用するうえでどれほど大切な役割を果たしているかを例証する。
二項対立のありかたを一言で要約するなら、清音は無標(unmarked)で、濁音は有標(marked)という関係にあるが、その顕現は多様である。カラスの鳴き声がカアカアと聞こえるのは、快く感じるからではなく、うるさい度合いが我慢できる限界内にあるからである。その限界を越えるとガアガアの域になる。どちらに聞き取るかは、聞く側の心理状態しだいなので境界値は流動的である。】

 上代日本語の濁音
 清音とは? 濁音とは? そして清濁とは?
 中国音韻学の用語から漢字としてのふつうの意味を借用した二項対立のセット
 多音節化の回避
 日本語から日本民族を切り離して観察する
 《連濁》という現象
 ライマンの法則
 体系的変化か個別的変化か
 イバラ、ウバラの鋭い棘
 語頭の濁音による汚いコトバの類型
 脱落したのか、させたのか
 痛いバラ線
 濁音が喚起する内包の、段階的変化
 ふちをあけてうちたまへと
 一音節+ジル型動詞
 例外の処理
 濁音の汚さ
 地名「白金」の語形
 現行方式の濁点の起源
 連濁の機能
 濁音の二面性
 連濁の応用
 清音の役割
 有標性(markedness)
 あめつちの誦文に濁音なし
 有標のマークとしての濁点
 仮名と濁点とを続け書きできない理由

4章 音便形の形成とその機能

【緊張して話す場面では気を付けの発音になり、リラックスして話す場面では休めの発音になる。 語形変化は、休めの発音を気を付けの発音に転用することによって生じる場合が多い。
この章では、音便形の形成によって、日本語の運用にどのようなメリットがもたらされたかを解明する。また、音便形と非音便形とが新旧の語形ではなく、表現の違いを積極的に表わしていたことを実例に基づいて証明する。】

 音便についての共通理解
 辞書の解説を調べてみる
 国文法の切片主義
 わかりやすい説明の落とし穴
 音便形の位置づけ
 キリシタン宣教師の段階的日本語学習
 規範文法と記述文法
 〈気を付けの発音〉と〈休めの発音〉
 ツイタチの原形
 ツキタチからツイタチへ
 言語現象を縦割りで捉えたのでは真実に迫れない
 ツゴモリの形成
 言語の各カテゴリーは一体として機能する
 休めの発音を気を付けの発音に格上げした分裂
 音便形はどういう要求を満たすために形成されたか
 タカイコ、アキラケイコ
 和歌に用いられた音便形および漢語
 平安時代の仮名散文における非音便形と音便形との使い分け
 ナキ給ふとナイ給ふ
 カ(書)キテとカイテ
 イミジクとイミジウ
 校訂者による場面理解の相違
 本居宣長の「音便ノ事」についての誤解
 半濁ノ音便の機能

5章 係り結びの存在理由―自然な長文を組み立てられるようになるまで

【この章で係り結びとよぶのは、係助詞と連体形・已然形とが呼応する語法である。特に、ゾ(ソ)とナム(ナモ)とを中心に、その機能を解明する。
係助詞ゾ・ナムは、従来、強調と理解されてきたが、構文に関わる機能語であるから、そういう役割を担っていない。その取り違えを明確に指摘して、新しい解釈を提示する。それがわかれば、ヤ・カおよびコソについての解釈もおのずから明らかになる。検討の手順として、大野晋『係り結びの研究』(岩波書店・1993)の主張を吟味しながら私見を述べる。】

 ガラパゴス文法
 大野晋にとっての文法論
 ディスコース
 宣命の係り結び―取り違えの始まり
 ナモ・ナムの係り結びの機能
 ナモで結ばれたあとの内容に注目する
 古文書(こもんじょ)の表現を解析する試み
 『万葉集』のナム?
 『古今和歌集』のナム
 本居宣長の『詞(ことば)の玉緒(たまのお)』のナム
 仮名文に使用されたナム
 万葉集に基づく係り結び倒置起源説は成り立たない―ゾの機能
 機能語
 機能主義の立場で捉えなおす
 肝心なのは機能語としての役割
 助詞ナムの機能 補足
 係り結びが形成された理由
 係り結びは亡びたのか
 ナムの係り結びを肩代わりしたのは何か
 『後拾遺和歌集』の序
 男性の仮名文
 『新古今和歌集』仮名序
 係り結びが不要になった理由
 本章のまとめ

補論 日本語史研究のこれからのために

あとがき

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【お読みになるまえに──母語再訪への誘い】

 日本語の特色は? とアンケートをとったら、母音の響きが美しいとか、礼儀正しく、相手への思いやりがこもっているとかいう答えが大半を占めるであろう。それらは奥ゆかしい民族性の反映として日本人の誇りとされているが、みずからの経験から帰納した特色ではなく、学校で繰り返し習ったり、本で読んだりして植え付けられた知識の受け売りにすぎない。しかし、そういう評価を独善的だと批判したりすると、おまえはそれで日本人のつもりなのかと厳しい批判を受けるに違いない。そこで、本書では、民族主義で母国語をとらえた壮大な研究が客観的評価に値する結果を、事実上、なにも残せずに、シャボン玉のように消えてしまった、たいへん残念な事例を指摘するととともに、日本語を民族主義から切り離して、世界の諸言語のひとつとして捉えなおし、日本語だけにしか認められないきわめてユニークな言語運用の例について、それらがどのように機能しているかを動的に観察してその機微に迫り、母語である日本語の、そして、人間にとっての言語のすばらしさを解明してみることにする。

 長い間、独りよがりの日本語論の温床になってきた、そして、現在もなお強固に根を張っている伝統的国語学から脱却して、グローバル時代の実り多い言語研究に移行するためには、日本語が稀にみる特殊な言語であって、日本人特有の繊細な感性でしか理解できないという理由づけのもとに排除してきた近代言語学の方法を取り入れれば、手応えのある成果が得られることを、実例に基づいて確認してほしいというのが筆者の願いである。

 純専門書は別として、本書のように、専門家だけでなく一般の人たちにもぜひ読んでほしいと希望して書く準専門書には、ふたとおりの書きかたがある。多数派のAは、教えてあげよう型、少数派のBは、いっしょに考えてみよう型である。A型の著作は、読者が内容を理解すれば著者も読者も満足して終わりであるが、B型は、書いてあることを読者自身も考えて、知識を身につけるだけでなく、著者の説明に満足せずに新しい解釈を思いつき、嬉しさを味わうこともできる。筆者は、物事を簡単に割り切ることのできない性格なので、準専門書はB型の本しか書いたことがない。しかも、慎重に書いているつもりなのに出来上がりは完璧に程遠いので、ゆっくり噛んで、すぐには呑み込まないという姿勢で読んでいただければ、数々の知的な楽しみを味わうことができるはずである。身近な母語をこれほど効率的に運用して毎日の生活を送っていることに気づいたなら、筆者と同じように、母語の魅力に取りつかれてしまうはずである。

 腕時計や懐中時計に、機械の動きが透けて見えるスケルトン(骨格)タイプがある。裏蓋近くに高速で往復回転するゼンマイ仕掛けのテンプ(テンポ調整装置)があり、大きさの異なる歯車の歯と歯とを噛み合わせてつぎつぎと回転させながら、その動きを長針、短針、秒針に伝えて、刻々と時を刻んでゆく様子をつぶさに観察することができる。
 
 言語を音韻、文法、意味、語彙などのカテゴリーに分けて、音韻論(phonology)、文法論、意味論(semantics)、語彙論などを独立させ、相互の連絡なしに研究している現状は、時計の部品をそれぞれの関心に応じて研究しているようなものである。言語の役割は情報の伝達であるから、話し手は、伝えたい情報を、①有限の言語音で構成された音韻体系に基づいて組み合わせた語形に特定の意味を結び付けた語句(phrase)を、②その言語の文法規則に合わせて文の形に配列しながら発話して相手に届けなければならない。言語の運用を機械時計の動きにたとえたのは、音韻、文法、意味その他もろもろの要因が密接不可分の一体として機能しなければ情報の伝達が成り立たないことを理解してほしかったからである。どんな時計でも、複雑に構成された機械の歯車を順次に回転させて行き着く先は同じ時刻であるが、それぞれの言語がいくつもの独自の歯車を経て行き着くのは、個性的な仕様(specification)を反映した個別の言語である。そうだとしたら、日本語特有の歯車の組み合わせは、どのような特色をもつことばを作り出しているのであろうか。

 本書では、従来の、動いていない時計のような静的状態の観察では専門研究者も気づかなかった、したがって、どの本にも書いていない日本語運用の特色のうちからいくつかを取り上げ、それらの働きを細かく分析する。といっても、本書の範囲で難しい理論は必要がない。不可欠なのは、学校で習った通説や定説にとらわれずに考えるナイーヴな姿勢である。

 現代日本語は、日本列島に住みついた人たちが文化・文明の進展に歩調を合わせて営々とアップデイトしてきた産物である。具体的にどういう過程を経てきたかを随所に織り込んで叙述するが、その典型的事例をⅢ章以下でくわしく取り上げ、これまでの認識を抜本的に改めることになる。


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