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2014年10月 2日

 記事のカテゴリー : 新刊案内

●渡部泰明編『和歌のルール』(笠間書院)

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11月上旬の刊行予定です。

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渡部泰明編『和歌のルール』(笠間書院)

ISBN978-4-305-70752-9 C0092
四六判・並製・カバー装・168頁
定価:本体1,200円(税別)

これだけ知れば楽しく読める10の和歌のルールをやさしく説明 !

高校の教科書に載っている作品を中心に、和歌の魅力を味わうのに十分な10のルールを選びました。
初めて和歌を読む人々を思い浮かべて書かれた、わかりやすくて本格的な和歌案内書です。

ルールさえ知っていれば、今よりずっと楽しめるようになるのです。ルールといったってずいぶんたくさんあるのだろうなあ、と不安にならなくても大丈夫です。どんな競技でも、基本的なルールはそう多くはないでしょう。
そのルールのうち、とくに基本的なものを解説するのが本書の狙いです。
これだけ知っていれば、和歌の一番大事な魅力を味わうのに十分、というルールだけを選び出しました。

もしかしたら、十個のルールでは少なく思えるでしょうか。でもこれだけわかっていれば、かなりのものです。格段に和歌が面白く読めるようになること、請け合いです。

執筆は、上野誠/大浦誠士/小林一彦/小山順子/鈴木宏子/田中康二/谷知子/中嶋真也/錦 仁/廣木一人/渡部泰明。

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■著者紹介

○編者
渡部泰明(わたなべ・やすあき)

一九五七年・東京都生。東京大学大学院博士課程中退。博士(文学)。現在東京大学大学院教授。著書『中世和歌の生成』(若草書房、一九九九)、『和歌とは何か』(岩波書店、二〇〇九)他。

○監修
和歌文学会
昭和三十年六月二十六日創立。和歌文学並びに和歌に関係深い諸科学の助長発達をはかることを目的とした、和歌研究者による学会。
http://wakabun.jp/

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■ご予約・ご注文は版元ドットコムで
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70752-9.html
または、直接小社まで、メールでinfo@kasamashoin.co.jpご連絡いただいても構いません。またはこちらのフォームで、購入希望としてご連絡ください(書名・冊数・お名前・ご住所・電話番号を明記してください)。
http://kasamashoin.jp/mailform.html
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■電子書籍版も販売中です。
kindle、kinoppy、honto、ibookstoreほか主要電子書店で取り扱っています。
検索してご購入ください。

渡部泰明編『和歌のルール』

【目次】

●はじめに
ルールさえ知っていれば、和歌は、今よりずっと楽しめる

▼渡部泰明

 和歌はシンプル
 和歌は人の心を表す
 和歌にはルールがある
 どうしてルールがあるのか
 基本ルールは修辞
 和歌はプレゼント

第1章●枕詞[まくらことば]
―それは古風な約束事の言葉、訳せないけれど、意味がないわけではない。

▼中嶋真也

 枕詞の力
 「しろたへの」と白
 「ちはやぶる」と神
 「ひさかたの」と天
 枕詞と古代

第2章●序詞[じょことば]
―一見関係なさそうな事柄なのに、人の心に形を与え、わかった気持ちにさせてくれる。

▼大浦誠士

 恋と序詞
 〝乗り換え〟の形式
 心の〝かたち〟
 サブリミナル効果
 心の理解に正解なし
 心が伝わった!?

第3章●見立て[みたて]
―風景をありえないものに一変させる、言葉の力。

▼鈴木宏子

 見立ての定義
 本当は似ていない?
 見立ての歴史
 自然と自然の見立て
 自然と人事の見立て
 紀貫之の手腕

第4章●掛詞[かけことば]
―自然と人間を二重化した、意外性の世界。

▼小林一彦

 たくさんの思いを伝える工夫
 掛詞の二つのタイプ
 イメージを豊かにする
 自然と人間を結ぶ
 風景で心を伝える〝魔法のことば〟
 不意打ちをしかける
 実は同音異義語ではなかった―掛詞の正体
 掛詞を見つけるヒント

第5章●縁語[えんご]
―作者がひそかに仕掛けた暗号。〝隠れミッキー〟を探せ!

▼田中康二

 縁語とは
 縁語と連想の違い
 たぐり寄せられる言葉
 縁語は歌の趣旨には関わらない
 縁語は「隠れミッキー」だ
 四季を詠む歌
 紡ぎ出される言葉
 縁語の定義
 反転する言葉
 縁語は一対でよい
 歌人は縁語の技巧を磨いた

第6章●本歌取り[ほんかどり]
―古き良き和歌を味わいぬき、それを自分の歌の中で装いも新たに息づかせる。

▼錦 仁

 俊成の本歌取り
 本歌取り
 定家の本歌取り理論
 定家の歌
 和歌に師匠なし
 本歌から新しい歌へ

第7章●物名[もののな]
―物の名前を隠して詠む、あっと驚く言葉遊び。

▼小山順子

 言葉遊びの和歌
 隠された四つの言葉
 最高難度、九文字の言葉を隠す!
 題と歌の内容との距離が面白い

第8章●折句・沓冠[おりく・くつかむり]
―仮名文字を大切にしていた時代に、和歌を使ったパズルがあった。

▼谷 知子

 折句―「かきつばた」
 折句は刺繍
 和歌の心を知る
 沓冠は折句の応用篇
 兼好の沓冠

第9章●長歌[ちょうか]
―長歌は、思い出を長くとどめるための記念写真。

▼上野 誠

 長歌とは何か?
 赤人は何に、どのように感動したのか?
 子等を思う歌
 じつは序文があるのです
 山上憶良の言いたかったこと
 信仰中心主義か、人間中心主義か
 ふたたび長歌とは何か?

第10章●題詠[だいえい]
―題詠は、変わらない真実を表そうとする試み。

▼廣木一人

 作者は寒かったか
 歌は嘘か
 題詠につながる意識
 どのような題が出されたか
 組題というまとまり
 「題しらず」とは
 落題は落第
 題詠が和歌の可能性を広げた
 題と歌会

●和歌用語解説

●おわりに
どうすれば、和歌はおもしろく読めるのか、楽しく学べるのか

▼錦 仁

●執筆者一覧

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◉執筆者一覧 ―五十音順

上野誠
(うえの・まこと)
一九六〇年・福岡県生。国学院大学大学院文学研究科博士課程後期単位取得満期退学。博士(文学)。現在奈良大学文学部教授。著書『古代日本の文芸空間―万葉挽歌と葬送儀礼』(雄山閣出版、一九九七)、『魂の古代学―問いつづける折口信夫』(新潮社、二〇〇八)他。

大浦誠士(おおうら・せいじ)
一九六三年・香川県生。東京大学大学院博士課程修了。博士(文学)。現在専修大学文学部教授。著書『万葉集の様式と表現 伝達可能な造形としての〈心〉』(笠間書院、二〇〇八)、『万葉のこころ 四季・恋・旅』(中日新聞社、二〇〇八)他。

小林一彦(こばやし・かずひこ)
一九六〇年・栃木県生。慶応義塾大学大学院博士課程単位取得。現在京都産業大学日本文化研究所長。著書、和歌文学大系『続拾遺和歌集』(明治書院、二〇〇二)、『コレクション日本歌人選 鴨長明と寂蓮』(笠間書院、二〇一二)他。

小山順子(こやま・じゅんこ)
一九七六年・京都府生。京都大学大学院博士後期課程研究指導認定退学。博士(文学)。現在国文学研究資料館・総合研究大学院大学准教授。著書 『コレクション日本歌人選 藤原良経』(笠間書院、二〇一一)、共著『文集百首全釈』(風間書房、二〇〇七)他。

鈴木宏子
(すずき・ひろこ)
一九六〇年・栃木県生。東京大学大学院博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在千葉大学教育学部教授。著書『古今和歌集表現論』(笠間書院、二〇〇〇)、『王朝和歌の想像力 古今集と源氏物語』(笠間書院、二〇一二)他。

田中康二(たなか・こうじ)
一九六五年・大阪府生。神戸大学大学院博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。現在神戸大学大学院教授。著書『国学史再考―のぞきからくり本居宣長』(新典社、二〇一二)、『本居宣長―文学と思想の巨人』(中央公論新社、二〇一四)他。

谷知子(たに・ともこ)
一九五九年・徳島県生。大阪大学文学部卒。東京大学大学院博士課程単位取得退学。博士(文学)。現在フェリス女学院大学文学部教授。著書『中世文学とその時代』(笠間書院、二〇〇四)、『和歌文学の基礎知識』(角川学芸出版、二〇〇六)他。

中嶋真也
(なかじま・しんや)
一九七三年・千葉県生。東京大学大学院博士課程修了。博士(文学)。現在駒澤大学教授。著書 『コレクション日本歌人選 大伴旅人』(笠間書院、二〇一二)、『大学生のための文学トレーニング 古典編』〔共著〕(三省堂、二〇一三)他。

錦 仁
(にしき・ひとし)
一九四七年・山形県生。東北大学大学院博士課程中退。博士(文学)。現在新潟大学名誉教授、フェロー。著書『中世和歌の研究』(桜楓社、一九九一)、『浮遊する小野小町―人はなぜモノガタリを生みだすのか』(笠間書院、二〇〇一)他。

廣木一人(ひろき・かずひと)
一九四八年・神奈川県生。青山学院大学大学院博士課程中退。修士(文学)。現在青山学院大学教授。著書『連歌史試論』(新典社、二〇〇四)、『連歌の心と会席』(風間書房、二〇〇六)他。

渡部泰明(わたなべ・やすあき)
一九五七年・東京都生。東京大学大学院博士課程中退。博士(文学)。現在東京大学大学院教授。著書『中世和歌の生成』(若草書房、一九九九)、『和歌とは何か』(岩波書店、二〇〇九)他。


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◉はじめに
ルールさえ知っていれば、和歌は、今よりずっと楽しめる

渡部泰明


和歌はシンプル
 これから皆さんに和歌のお話をいたしましょう。和歌は日本に昔から伝わる詩の形式です。日本にはっきりとした文化といえるものが固まってきたときから、ずっと大事にされてきた、詩歌の形なのです。現在でも、「百人一首」のカルタなどで、多くの人々に親しまれています。

 大事にされてきたというけれど、そもそも和歌がどんなものなのかよくわからない、と思っている人も、多いかも知れませんね。無理はありません。和歌は古典の文章の一種ですから、読もうとすれば、古典文法や古語への知識が必要です。でもちょっと待ってください。古典の文章であるかぎり、読み解くのに文法や言葉の知識が必要なのは、みな同じですね。「源氏物語」でも「平家物語」でも「徒然草」でも。「源氏物語」などずいぶん難しいことでも知られています。しかも全五十四帖という大長編です。それに比べれば、和歌は、ずいぶん短い。それまでのストーリーを把握したり、登場人物を整理したり、入り組んだ文脈を整理したりする必要はありません。「三十一(みそひと)文字」といったら和歌の別名ですが、つまり三十一文字―正確には三十一音ですが―でほぼ一つの作品が成り立っているわけです。これでひとまとまりであり、一つの文章なのです。

 しかも和歌に使われる言葉は、限られています。物語の中では、およそ人間生活のさまざまな場面、色々な領域にわたる言葉が用いられています。それに比較すると、ずっと狭い範囲の語彙で出来ています。種類が少ないのです。なぜかと言えば、和歌で使われる言葉は、選び抜かれた言葉だからです。それまでの和歌の中で使用されてきた、洗練された語句しか使っていけないからです。選ばれた言葉によって三十一字でまとめられていて、その中だけで考えればよいというのですから、複雑なものになるはずがありませんね。和歌というのは、とてもシンプルなものなのです。

和歌は人の心を表す
 しかも、和歌に表されているのは、人の「心」です。ある日ある時、私はこう思った、こう感じたという、その気持ちを表現したものです。複雑な社会情勢や人々の風俗、深遠な思想などといったものは、少なくとも直接には表現されません。世情や生活様式なら、時代の移り変わりとともにどんどん変わるでしょう。五百年、千年前昔の人たちとは、着ているものも住んでいるところもずいぶん違う。もちろん人の心だってまったく同じとは言えませんが、社会や風俗の変化よりは、その度合いはずいぶん小さい。自然の美しさに感動する、家族を思う、恋をする。基本的な感情は、今も昔もそう違わない。和歌は、そういう変わらない「心」を歌うものなのです。なぜ変わらないと言えるのか、ですって? 答えは簡単です。和歌には、変わらないでいてほしい、という願いを込めることがたいへん多いからです。

 今だって、人の心はさまざまです。大人と子供、男と女など、立場によっても異なりますし、同じ立場だって、人によって考え方・感じ方は違います。でも、もし自分にとって大切な人がいれば、その人に自分の気持ちをより深く理解してもらいたいと思うでしょう。そしてその人の「心」もできるだけ知りたいと思うでしょう。生きるということは、他者と関係を取り結ぶことであり、さらにその関係を日々新たにすることだからです。自分の心を伝え、他者の心を理解する。和歌はそのために詠んだのです。和歌には、自分の心をわかってほしいという願いが詰まっている。その「心」を、受け取ってみませんか。数百年、あるいは千年以上も前の人の心がわかるなんて、驚くべきことではないでしょうか。そして、ずいぶん素敵なことではないでしょうか。

和歌にはルールがある
 短くて、言葉の種類も少なく、必ず人の心が表されている。そうわかってはいても、それでもあなたは、和歌はやっぱり難しいと感じているでしょうか。もしそうなら、原因はきっと、和歌のルールにあるかもしれません。和歌には、和歌特有のルールがあります。和歌の半分くらいは、ルールに基づいて出来ています。いや、半分以上かもしれません。和歌がとっつきにくいと思っているのは、そのルールがわからないから、というケースがとても多いのです。

 例えば、遊戯でもスポーツでも何でもそうですが、ルールがわからなければ参加することができません。参加しないで見ているだけであっても、面白みがわかりません。私はアメリカン・フットボールのルールをほとんど知らないので、いまだに何が楽しいのかよくわからないでいます。大男が激突する様子は迫力満点だし、快足を飛ばして疾走する姿も爽快です。だからルールさえ理解すれば、きっと胸躍らせながら観戦できるのだろうな、とは感じています。和歌だってそうです。ルールさえ知っていれば、今よりずっと楽しめるようになるのです。ルールといったってずいぶんたくさんあるのだろうなあ、と不安にならなくても大丈夫です。どんな競技でも、基本的なルールはそう多くはないでしょう。そのルールのうち、とくに基本的なものを解説するのが本書の狙いです。これだけ知っていれば、和歌の一番大事な魅力を味わうのに十分、というルールだけを選び出しました。

どうしてルールがあるのか
 どうしてそんな面倒くさいルールがあるのだろう、堅苦しいなあ、思ったことがあるなら、そのままストレートに表現すればいいじゃないか、と思うでしょうか。たしかにちょっと見ると、回りくどいとも言えます。和歌が心を表すなら、もっとはっきりと言えばよいようにも思えます。

 先ほども言ったように、和歌は詩の一種ですから、現代の詩で考えてみましょう。例えば、こんな詩があります。

  太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ。
  次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ。

小学校の教科書などにも採用されることのある、三好達治の「雪」というとても有名な詩です。でももしこれを詩だと知らない人が見たら、不思議に思うでしょう。なぜって、まず改行の仕方が変です。普通の文章でこんなふうに書いたら、まず先生に叱られてしまいますね。ちゃんと詰めて書きなさいと。では、詰めて書いてみましょう。「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ。」なんだかちっとも詩らしくなくなります。詩でないどころか、おかしな文章だなと違和感を覚えずにはいられません。太郎って誰? 次郎とはどういう関係? 書いてくれなくちゃわからないよ、と文句を言いたくさえなります。私たちは、改行して、余白がたっぷりあることで、ああ詩だな、と直感的に理解し、その上で、詩の作品だという前提でこの作品を味わおうとします。

 言い回しだってそうです。最初の文と次の文では、「太郎」と「次郎」の違いしかない。ずいぶん無駄なことをしている。普通の文章なら、「太郎と次郎を眠らせ...」としなさい、と指導を受けそうです。でも詩だとわかると、たくさんの子供たちが、しんしんと降り続ける静かな冬の夜に、眠っているのだな、きっとそこは雪国なのだろう......などと理解されてきます。改行やこのような繰り返しを用いることは、詩のルールだということができるでしょう。和歌のルールも、これは和歌なのだ、普通の言葉とは違うのだ、というしるしなのです。和歌らしさのサインだといってもよいでしょう。

基本ルールは修辞

 では、基本となる和歌のルールとはどんなものでしょうか。本書の構成にも触れながら、説明してみましょう。何よりも大事なのは、和歌の修辞です。修辞は、レトリックともいいます。別の言葉で言えば、言葉の技巧のことです。和歌がわからないという人のほとんどが、この修辞のところでつまずいているようなのです。もちろん高等学校のどの教科書にも、和歌の修辞については説明があります。ただしそれはごく簡単に触れているだけです。参考書や国語便覧には、もう少し詳しい解説もあるでしょう。でも、修辞にはどんな意味があるのか、どうしてそんな修辞を使うのか、どんな面白みが生まれるのか、という点になると、なかなか踏み込んで説明してあるものはありません。どんな分野でもそうですが、一つの事柄の意味や意義を、根本的なところまで掘り下げて、しかも初学者が納得できるように説明することは、とても難しいことなのです。和歌でももちろんそうです。というより、七世紀に形式が定まって以来、千年数百年というたいへんな伝統をもち、膨大な作品が残されている和歌では、いっそう説明が難しくなります。

 そこで本書は、和歌全体を領域とする日本で唯一の学会、和歌文学会の頭脳を結集することにしました。それぞれ和歌の最先端の専門家で、しかも修辞に詳しく、説明する力にも優れている十人の研究者に、和歌の修辞をはじめとして、代表的な和歌のルールについて説き起こしてもらったのです。いまも述べたように、和歌には膨大な作品が残されているのですが、今回取り上げたのは、いずれも国語総合の教科書に取り上げられているような、非常に有名な歌ばかりです。ですから、高校の古典の学習の手助けにもなるはずです。

 さて、本書で扱う和歌のルールとは、次のようなものです。

  枕詞(まくらことば)
  序詞(じょことば)
  見立て(みたて)
  掛詞(かけことば)
  縁語(えんご)
  本歌取り(ほんかどり)
  物名(もののな)
  折句・沓冠(おりく・くつかむり)
  長歌(ちょうか)
  題詠(だいえい)

このうち、「枕詞」から「折句・沓冠」までが、修辞に当たります。どうしてこんな、無駄にも見えるものがあるのだろう、なぜこういう回りくどい言い方をするのだろう。そんな疑問に答えています。「長歌」は修辞ではなく、和歌の形式です。先ほど和歌は三十一文字だと言いましたが、実はもっと長い形式もあり、「万葉集」の中に残されている、とてもドラマティックな和歌です。「題詠」は、題を出された歌を詠むことで、歌の詠み方であり、歌を詠む「場」に関わるものです。一見堅苦しいようですが、この詠み方が、和歌が長生きした大きな理由になっています。

 もしかしたら、十個のルールでは少なく思えるでしょうか。でもこれだけわかっていれば、かなりのものです。格段に和歌が面白く読めるようになること、請け合いです。

和歌はプレゼント

 和歌のルールは、和歌を和歌らしく見せるためにある。先ほどそう述べました。けれどそれだけでは、十分な説明にはなりませんね。なぜ修辞を使うのか、修辞を使うとどういう面白さが生まれるのか、まだまだちっともピンとこないことでしょう。詳しいことは、本書のそれぞれの説明をじっくり読んでいただくことにして、ここでは、一つだけ、本書を読むうえでのヒントを述べておきましょう。

 ヒントというのは、こうです。和歌とは、贈り物なのだ、と考えてごらんなさい。他の人に心をこめて届けるプレゼントだ、と思ってみてほしいのです。

 いま誰かにお菓子をあげようと思ったとします。仲の良い友達同士なら、「ほら、これあげる」と言ってそのまま渡すのもいいでしょう。私たちは、たったそれだけのことでも、そこに気持ちを込めますね。たとえて言えば、お菓子が和歌に、その気持ちが和歌の「心」に当たります。ただ、相手が友達よりもだいぶ距離のある相手であったとき、とくに目上の人に贈り物をする場合には、ほら、と裸で渡すことを、普通はしません。箱に入れ、きちんと包装したりします。ラッピングですね。改まった折だったら、さらに熨斗紙を付けたりする。これらが、和歌の修辞に当たります。

 ラッピングなんてうわべを飾るだけで、面倒なだけだ、と思うでしょうか。そうではないのです。面倒なことが大事なのです。紐や包み紙をほどいていきながら、贈られた人は相手の気持ちをも紐解いていくのです。確かめながら受け取るのです。修辞も同じです。面倒で、一見不必要に見える作業が、逆に相手の気持ちを感じ取る媒介になるのです。そういえば、私の母は、贈り物の包み紙や紐を捨てられず、取っておく人でした。また何かに使えそうだから、というのが口癖でしたが、結局再利用されることはありませんでした。今でも、お年寄りなどに、そういう人はおられるのではないでしょうか。きっとそれは、綺麗だからもったいない、というのとは少し違うのでしょうね。母が意識していたかどうかはともかく、相手の気持ちがこもったものを、すぐに捨てるに忍びない、ということだったのではないかな、と今では思っています。

 ラッピングという比喩を使いましたが、それだけだと中身はどうでもいい、と誤解されてしまいかねませんね。もちろん、和歌も中身が大事です。「心」を込めるのですから。そこでこう言い直しましょう。和歌は、大事な人に贈る、手作りのプレゼントなのだと。作るのに時間がかかったり、他の人には真似できないような技術が使われていれば、贈られた方は感動すること間違いありません。

 プレゼントとしての和歌の一番わかりやすい例が、好きな人に贈る和歌です。ラブレターの和歌ですね。恋の歌です。好きな人であれば、男女の恋に限りません。友人でも、親子や兄弟・姉妹でもかまわないのです。これを贈答歌といいます。自分が仕える天皇や中宮、あるいは主人などに贈る和歌もあります。さらにそういう人が開く和歌の会合――歌会といいます――で詠む和歌も、主人やそこに集まった人たちへの贈り物と考えることができます。お祝いの会があったとき、私たちはプレゼントをすることが多いですね。あるいは記念写真を撮って、皆に配ったりします。和歌はそれに当たります。もちろん、そこには心がこもっています。

 人間でなくてもいいのです。信仰が生きていた昔の時代には、神や仏にプレゼントする和歌もありました。この場合は、捧げ物とか、供物というべきでしょうが、贈り物の一種であることは間違いありません。一生懸命手作りをして、神や仏に喜んでもらおうとするのです。捧げ物としての和歌は、実は和歌の原点ということができるかもしれません。和歌の意義が凝縮しているからです。
 その手作りのプレゼントを、人が大切に家に飾っておいてくれたら嬉しいですよね。優れた和歌というのは、そのプレゼントが、相手だけでなく多くの人にも知られ、時には何百年も、千年以上も大事に飾られているようなものです。本書で取り上げた和歌などは、まさにそんな中から選びに選び抜かれたものだといえるでしょう。

 皆さんも、古人のプレゼントを受け取り、それを紐解きながら、そこにこめられた心を、じっくりと味わってみませんか。


 【本書のルール】
〇引用和歌等の表記は、読みやすさを考慮して適宜あらため、歴史的仮名遣いで統一しています。ただし作者名は、現代仮名遣いとしました。
〇取り上げた和歌(A、B...として取り上げているもの)は、主として「国語総合」「古典A・B」など高等学校の教科書に掲載されている作品を中心としました。すべて現代語訳をつけています。
〇詞書は、原則として省略しました。
〇本文中の専門用語には出来るだけ解説を付けています。また巻末にもまとめて紹介しています(「和歌用語解説」)。


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