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2012年10月 3日

 記事のカテゴリー : 新刊案内

●谷知子・田渕句美子編著『平安文学をいかに読み直すか』(笠間書院)

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10月下旬の刊行予定です。

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谷知子・田渕句美子編著『平安文学をいかに読み直すか』(笠間書院)
ISBN978-4-305-70678-2 C0095
A5判・並製・カバー装・288頁
定価:本体2,500円(税別)

「古典は固定したものではなく、これからもいくらでも塗り替えられる。」
「文学史は自明のものではなく、常に変化していく。」
こうしたメッセージの元、固定した古典文学作品観を打破すべく編まれた論集。
未来に向けて、古典のみずみずしい読み方や作品批評を行っていくために、
気鋭の中堅・若手を中心にした書き手により、研究の最前線を提示。
学界のみならず、広く社会に発信していく。

執筆者は、編者の谷知子、田渕句美子のほか、久保木秀夫、中川博夫、佐々木孝浩、渡邉裕美子、渡部泰明、加藤昌嘉、荒木浩。

【この論文集の評価は読者によって決まる。真の評価は、読者に委ねたいと思う。本書は、研究者・大学院学生・学部学生のみならず、中学・高校の国語科の先生方・古典に関心を持つ一般の方にも広く読んでいただきたいと思う。古典は固定したものではなく、これからもいくらでも塗り替えられるということ、文学史は自明のものではなく、常に変化していくものだということを、広く伝えたい。研究の最前線を、学界のみならず、広く社会に発信していくのは、我々研究者の責務だと思うからである。】......はじめにより

■カバー
宮川長春「紫式部図」
東京国立博物館蔵
Image: TNM ImageArchives
Source: http://TnmArchives.jp
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■編著者プロフィール

谷 知子(たに・ともこ)
1959年、徳島県生まれ。大阪大学卒、東京大学大学院博士課程単位取得。博士(文学)。フェリス女学院大学教授。
著書に『中世和歌とその時代』(2004、笠間書院)、『和歌文学の基礎知識』(2006、角川選書)、『天皇たちの和歌』(2008、角川選書)、『百人一首 (クラッシックCOMIC) 』(2008、PHP研究所)『百人一首(全) ビギナーズ・クラシックス』(2010、角川ソフィア文庫)など。

田渕句美子(たぶち・くみこ)
1957年、東京都生まれ。お茶の水女子大学卒、同大学院博士課程単位取得。博士(人文科学)。早稲田大学教授。
著書に『阿仏尼とその時代―『うたたね』が語る中世』(2000、臨川書店)、『中世初期歌人の研究』(2001、笠間書院)、『十六夜日記(物語の舞台を歩く)』(2005、山川出版社)、『十六夜日記白描淡彩絵入写本・阿仏の文』(2009、勉誠出版)、『阿仏尼(人物叢書)』(2009、吉川弘文館)、『新古今集 後鳥羽院と定家の時代』(2010、角川選書)など。

久保木秀夫(くぼき・ひでお)
鶴見大学准教授。和歌及び中古仮名散文に関する古典籍・古筆切の研究。『中古中世散佚歌集研究』(青簡舎、2009)、『林葉和歌集 研究と校本』(笠間書院、2007)、「『伊勢物語』天理図書館蔵伝為家筆本をめぐって」(『汲古』第60号、2011.12)など。

中川博夫(なかがわ・ひろお)
鶴見大学教授。和歌文学・中世文学。『大弐高遠集注釈』(貴重本刊行会、2010)、「『瓊玉和歌集』の諸本について」(『芸文研究』101-1、2011.12)など。

佐々木孝浩(ささき・たかひろ)
慶應義塾大学附属研究所斯道文庫教授。日本古典籍書誌学・中世和歌。共著『大島本源氏物語の再検討』(和泉書院、2009)、「「屋代本平家物語」の書誌学的再検討」(千明守編『平家物語の多角的研究 屋代本を拠点として』ひつじ書房、2011)、「冊子本の外題位置をめぐって」(『斯道文庫論集』第46輯、2012.3)など。

渡邉裕美子(わたなべ・ゆみこ)
宇都宮大学(非常勤講師)。中世文学・和歌文学。『最勝四天王院障子和歌全釈』(風間書房、2007)、『新古今時代の表現方法』(笠間書院、2010)、『歌が権力の象徴になるとき』(角川学芸出版、2011)など。

渡部泰明(わたなべ・やすあき)
東京大学教授。和歌文学・中世文学。『中世和歌の生成』(若草書房、1999)、『和歌とは何か』(岩波新書、2009)など。

加藤昌嘉(かとう・まさよし)
法政大学教授。平安時代の物語。『揺れ動く『源氏物語』』(勉誠出版、2011)、共編著『テーマで読む源氏物語論 4 紫上系と玉鬘系―成立論のゆくえ―』(勉誠出版、2010)など。

荒木浩(あらき・ひろし)
国際日本文化研究センター・総合研究大学院大学教授。日本文学。『説話集の構想と意匠 今昔物語集の成立と前後』(勉誠出版、2012)、『日本文学二重の顔〈成る〉ことの詩学へ』(阪大リーブル2、大阪大学出版会、2007)、共著『新日本古典文学大系41 古事談 続古事談』(川端善明との共著・校注 岩波書店、2005)

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■ご予約・ご注文は版元ドットコムで
http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-305-70678-2.html
または、直接小社まで、メールで info@kasamashoin.co.jp ご連絡いただいても構いません。またはこちらのフォームで、購入希望としてご連絡ください(書名・冊数・お名前・ご住所・電話番号を明記してください)。
http://kasamashoin.jp/mailform.html
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【目次】
はじめに[谷知子・田渕句美子]

第一章 『伊勢物語』大島本奥書再読 [久保木秀夫]
1 〈異本〉研究の停滞/2 大島本の奥書/3 日大為相本との比較/4 大島本の性格/5 大島本の本文

第二章 『竹取物語』の和歌―不定形なテキストの矛盾 [谷知子]
1 はじめに/2 難題譚の和歌/3 帝とかぐや姫の和歌/4 命をかけた恋/5 結びにかえて

第三章 『大和物語』瞥見―「人の親の心は闇にあらねども」を中心に [田渕句美子]
1 はじめに/2 『大和物語』第四十五段と『後撰集』との断層/3 宮廷社会の状況から/4 『兼輔集』をめぐって/5 もう一つの問題点―『後撰集』の本文などをめぐって―/6 「人の親の...」の歌から『大和物語』へ/7 「人の親の...」の受容の様相/8 中世前期の歌人と『大和物語』―藤原定家を中心に―

第四章 『土佐日記』の和歌の踪跡 [中川博夫]
1 はじめに/2 平安時代の受容―恵慶・高遠から院政期までの形跡―/3 鎌倉時代の受容―定家・為家とその周辺―/4 南北朝・室町時代の受容―正徹や実隆など―/5 近世の受容―事例の一端覚書―/6 むすび

第五章 定家本としての『枕草子』―安貞二年奥書の記主をめぐって [佐々木孝浩]
1 はじめに/2 三巻本枕草子の呼称の問題/3 安貞二年奥書の記主の問題/4 安貞二年奥書の再確認/5 定家本としての特徴/6 定家本の受容/7 定家本の抄出本/8 定家本の流布の問題/9 おわりに

第六章 和歌史の中の『枕草子』 [渡邉裕美子]
1 はじめに/2 勅撰集への視線/3 規範としての『古今集』/4 想起される「古歌」/5 「集は」から「歌の題は」への連接/6 「打聞」への憧れ/7 庚申当座探題歌会の性格/8 終わりに

第七章 和泉式部の歌の方法 [渡部泰明]
1 はじめに/2 百人一首歌を契機として/3 死という発想/4 死の想像と他者の目/5 観身論命歌群―自意識から共感へ―/6 観身論命歌群の風景表現

第八章 "『源氏物語』の作者は紫式部だ"と言えるか? [加藤昌嘉]
1 『紫式部日記』の中の『源氏物語』関連記事/2 『紫式部日記』の中で「物語」としか書かれていない記事/3 西暦一〇〇〇年代の資料/4 西暦一一〇〇年代〜一二〇〇年代の資料

第九章 〈非在〉する仏伝―光源氏物語の構造 [荒木浩]
1 桐壺の予言をめぐって―問題の所在/2 『源氏物語』の内なる仏伝/3 仏伝の予言と文脈/4 予言に続く仏伝の要素と『源氏物語』の類似点/5 釈迦の多妻(polygamy)伝承と三時殿/6 四方四季と六条院/7 仏陀の反転としての光源氏

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【著者自身による論文要旨】

第一章 『伊勢物語』大島本奥書再読 [久保木秀夫]

 『伊勢物語』には数多くの〈異本〉があり、すでに全文翻刻も備わっているが、定家本の陰に隠れて、今日研究対象とされることは稀である。そうした停滞状況を打破するための〈異本〉再評価の手始めとして、本論では大島雅太郎旧蔵・国立歴史民俗博物館現蔵の、いわゆる大島本を取り上げる。小式部内侍本の特有章段を付載し、また皇太后宮越後本・顕昭本などについても言及する長大な奥書を有しているため、この大島本については従来さまざまに議論されてきた。が、しかし肝心の奥書自体が難解極まりないことから、その解釈も定まらず、よって大島本・越後本・顕昭本などの性格付けも曖昧なままであった。そこであらためて当該奥書について、密接な関係を有する日本大学総合学術情報センター蔵の伝冷泉為相筆本などを参照しつつ、解読を試みていく。

 結論として、まず大島本に関しては、顕昭本と、越後本に「或本」の付加された一本との混合本文にして、かつその末尾に、すでに他本で抽出されていた小式部内侍本の特有章段を一括転載した伝本だったと位置づけられる。また付随して、従来やはり性格の明確でなかった日大為相本に関しても、多少の改変は加えられているものの、基本的には越後本そのものからの派生本だったと認定し得る。

 ともあれ大島本からは、顕昭本や小式部内侍本といった平安時代散佚伝本の片鱗のみならず、『伊勢物語』という作品の変容・増殖していくさまをも垣間見ることができそうである。

第二章 『竹取物語』の和歌―不定形なテキストの矛盾 [谷知子]

 『竹取物語』には、一五首の和歌が記載されている。すべて贈答歌であるが、本稿では、詠者別に分類して、まとめて読むことで、その特質を浮かび上がらせてみたい。

 難題譚における男たちの和歌は、ひたすら真心、恋の思いの強さを訴えることに尽きている。地の文では、難題に応えることができないことを明かしておきながら、和歌においては虚偽は隠し、真心を訴える。そして、その真心は、いかに命がけであるかが焦点で、命を捨てる行為が試金石となっている。かぐや姫の和歌は、真心を期待していたのに、裏切られたといって男を責める。しかし、地の文では、姫は結婚する気が全くなく、難題を解決してしまうことを恐れているのだから、こちらもまた地の文と大いに矛盾している。つまり、物語は、男たちにもかぐや姫にも、和歌というかたちで大嘘をつかせているのだ。これは、おそらく、地の文に後から恋の贈答歌をはめ込んだために起きた現象であろう。そして、和歌が本質的に持っている性格にも起因している。

 帝の物語では、帝が恋のために永遠の命を放棄しており、命が恋の一種の試金石となっている点では、難題譚と共通している。しかし、和歌だけを比較すると、難題譚と帝の物語は異質である。帝とかぐや姫の関係性も和歌において非常に希薄で、相手の心情に近づいていく過程が見えない。難題譚とはまた異質の矛盾を抱え込んだ和歌が配置されているのだ。

 『竹取物語』の和歌(恋歌)は、恋歌の原型、心を重んじ、男の心のありかを問いかけあうという素朴な原型を示している。時代が下るにつれて、次第に社会性を帯びてくるために、むき出しの原型ではなくなるが、この点は本質的には変わらないのである。難題譚と帝の物語の和歌の異質さは、どこに起因するのか。この問題は、『竹取物語』の生成と深く関わっていると想定しておきたい。

第三章 『大和物語』瞥見―「人の親の心は闇にあらねども」を中心に [田渕句美子]

 『大和物語』は魅力的な物語である。この物語の中には、古代王朝の人間味豊かな帝王・皇子たちや、生気ある女性たち、政治的に不遇な人々、そして名も知れぬ男女の、哀切な恋や別れなどが、生き生きと描かれる。いわゆる歌物語・歌語りであり、一方では和歌説話を集めた説話集としての枠組みをも備えているが、和歌の力を話の最後に示して終結する歌徳説話とは微妙に異なっており、哀艶な余情を残す話が多い。その古歌表現や、歌を含む古伝承が、ダイヤモンドの原石の如く歌人を惹きつけ、中世にも愛読された。

 このように『大和物語』は、時に『伊勢物語』と並称されることもあり、中古から中世の和歌史の中でかなりの位置を占めている。その中に置き、特に『後撰集』など勅撰和歌集との断層を見る時に、どのように位置づけられるであろうか。

 本稿ではまず『大和物語』と勅撰集との関係に注目し、そのうち『後撰集』と重複する和歌・話の中でも詠歌状況がまったく異なる第四十五段を検討する。第四十五段は、藤原兼輔の「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」という歌を中心に述べる話であり、『大和物語』の中でも著名な章段である。この歌について『大和物語』は、兼輔の娘が醍醐天皇の後宮に入った後、娘を心配して兼輔が醍醐天皇に奉った歌とし、一方『後撰集』は、藤原忠平が相撲の還饗を行った後の宴で兼輔が詠んだ歌と述べていて、詠歌事情が全く異なっている。一方では、古典和歌において親の心を詠んだ歌のうち、この「人の親の...」の歌ほど、おびただしく広く韻文にも散文にも引用された歌は、他に見られないほどに、人口に膾炙した歌なのである。

 この歌について、詠歌年次の推定、当時の宮廷社会の状況、『兼輔集』の叙述、『後撰集』の本文、『定家八代抄』に見られる定家の理解などを検証した結果、『大和物語』が述べるような詠歌事情があり得ないことが明らかとなった。さらに『大和物語』がどのような作品と位置づけられていたのか、藤原定家ら中世歌人の眼から瞥見する。

第四章 『土佐日記』の和歌の踪跡 [中川博夫]

 現在紀貫之は、『古今和歌集』の撰者、『土佐日記』の著者として知られる。前者は勅撰和歌集の第一として、後者は仮名日記の嚆矢として、文学史上に重要な地位を得ている。『古今集』は、和歌や連歌・俳諧のみならず和文や和漢混交文の物語や謡曲等、後代の多様な作品に多大な影響を与えていることは、周知のとおりであろう。他方、『土佐日記』については、今日の文学史的位置や文学的評価の高さに照らして、古典の文学作品に於ける受容については、十分に顧みられているとは言い難い。むしろ、その受容はさほど多大でもなく重要でもないと思い込まれてきたとさえ思われるのである。

 本稿は、『土佐日記』の和歌と一部地の文の表現が後代の和歌に摂取された跡を探ることを通じて、平安時代から江戸時代までの『土佐日記』受容の様相を少しく浮き彫りにしようとする試みである。平安時代にも多少の受容の形跡は認められ、鎌倉時代には、今日に写本を伝えた定家や為家とその周辺に受容の跡がやや濃く、室町時代にも幾つかの受容例があり、『土佐日記』が注釈の対象となった江戸時代には、より多くの痕跡を見ることができる。その受容史に、『土佐日記』と著者貫之の新たな価値の一端を見出すことができると考えるのである。

第五章 定家本としての『枕草子』―安貞二年奥書の記主をめぐって [佐々木孝浩]

 『枕草子』の伝本は四系統に分類され、その内の「三巻本」系統が現在の流布本的存在となっている。この「三巻本」の諸伝本は基本的に、安貞二年(一二二八)三月の「耄及愚翁」の本奥書を有しており、八十年以上も前からこの奥書の記主は藤原定家であろうと推定されている。今日迄この説に異を唱える意見は現れておらず、と同時にその確定もなされないままとなっている。書誌学の知見や研究方法を古典文学作品の研究に活かそうと考えている稿者の立場から見ると、その確定がなされていないことは大いなる疑問であると共に、『枕草子』研究史上の大きな問題点でもあるように思われる。

 そこで本稿では、「三巻本」との呼称の書誌学的な問題点を指摘した上で、藤原定家の書写した諸作品の奥書との比較等から、この奥書を定家のものと断定できることを検証した上で、定家の『枕草子』からの引用文や、他作品の定家奥書本に存する勘物との比較等によって、本文もその奥書と一連のものと考えてよいことを確認して、今後は三代集や『伊勢物語』等と同様に、『枕草子』においても「定家本」と呼ぶべきことを提唱した。

 続いて、中世期の諸文学作品における『枕草子』の引用文に、「定家本」が殆ど見出せないことを確認する一方で、「定家本」から抜粋されたことが知られている、『枕草子絵巻』と「抜書本」の制作の場をそれらの書風や書物としての形態等から推定すると共に、「定家本」に存する他の奥書の内容を検討して、その本文は寺院で保持されたものが、足利義政の集書活動によって書写されて、現在に伝わるに至ったに過ぎないことをも再確認して、「定家本」の限定的な受容の一端を明らかにした。

 以上の考察と検討によって判明した事実から、今後の「定家本枕草子」の研究の方向性についての提言を行った。

第六章 和歌史の中の『枕草子』 [渡邉裕美子]

 今日、一般的に古典文学史の中で「随筆」に分類されている『枕草子』ではあるが、和歌との関わりは意外に深くて強いものがある。こうしたことは『枕草子』の研究者にはよく知られていて、早くからその関係の解明が課題として意識されてきた。近年、それは、章段構成論理と和歌がいかに関わるのかなど、もっぱら『枕草子』作品内部の問題として論じられる傾向にある。本稿では、そうした問題からいったん離れて、『枕草子』に描かれる和歌関係記事が和歌史の中でどのような位置にあるのかを確認することを目指した。論じる際に軸としたのは、勅撰集に対する意識である。検討してみると、勅撰集の中では『万葉集』と『古今集』に対して特別な意識が見える。現在、『万葉集』は、勅撰集とは数えないが、かつてはそのように考えられており、特に作者清少納言の父元輔が勅命により読解作業に当たった歌集として、尊重する気持ちがあったものと思われる。しかし、『枕草子』の中で、『万葉集』が引き歌などに積極的に用いられているわけではない。『万葉集』が出典と考えられてきた、たとえば「清涼殿の丑虎の隅の」(二〇段)で伊周が朗唱したという歌も、別の形で流布していたと考えられる。ちなみに、この歌は二〇段の中では重要な意味を持つ。一方、『古今集』については、より直接的に規範として尊重する意識が見え、しばしば引き歌にも用いられる。しかも、それは清少納言の個人的な意識としてではなく、定子が単なる教養以上の重みを持つものとして尊重していたさまが描かれる。清少納言の時代には、この二集の他、『後撰集』が勅撰集として既に存在した。元輔はその撰者のひとりである。しかし、『後撰集』は『古今集』のように表立って尊重されることはなく、また、引き歌にされることも少ない。ところが、清少納言は、「打聞」に対する憧れを吐露している。実は、この「打聞」に入るような歌を多く撰入しているのが、『後撰集』なのである。つまり、一方では『古今集』を規範として尊重しつつ、自身の詠歌のあり方とては後撰集的な世界を志向していたことが明らかになる。

第七章 和泉式部の歌の方法 [渡部泰明]

 本稿は、和泉式部の和歌がどうして中世に盛んに享受されたかを考察することを目的とする。そのために、『百人一首』歌「あらざらんこの世のほかの思ひ出でにいまひとたびの逢ふこともがな」を、和泉式部の表現の論理に即して考えることを出発点とする。一首の発想を、『和泉式部集』中の同想の歌と比較すると、あたかも男の立場に立っているかのようであることがわかる。和泉式部の歌には、相手と立場を入れ替えるような発想があり、とくに死が話題とされる際に、それは鋭く表現化されている。観身論命歌群の「命だにあらばみるべき身のはてをしのばん人もなきぞ悲しき」の歌にも、死後の自分と現在の自分や、他者と自分と自分とを交換するような発想が見られる。この観身論命歌群は、特異な制約のもとに詠まれたものだが、それだけに作者の発想の立て方をうかがわせてくれる。この歌群の死にまつわる歌は、死に行く自分を凝視する視線を他者の視線と重ね合わせることで、死者を含む他者との深い共感を実現しようとしている。また、同じ歌群には風景表現に特徴をもつ歌も多数見られる。これらにも自分を他者のように見つめる視線が見られ、その他にもさまざまな二重性をもつ歌の構造が指摘できる。それは強い自意識とこまやかな創作意識が作り上げた、読み手との深い共感を可能にする世界であり、死をめぐる歌々同様、中世歌人たちが魅力を感じた世界でもあった。

第八章 "『源氏物語』の作者は紫式部だ"と言えるか? [加藤昌嘉]

 "『源氏物語』の作者は紫式部である"という通説は、いったい、何を根拠にして導き出されたのだろうか。その通説に、疑問の余地はないのだろうか。

 『紫式部日記』の中には、『源氏物語』にかかわる記事が三つある。そこから、"『源氏物語』の作者は紫式部だ"と言うことは、一応は可能である。しかし、『紫式部日記』が書かれた時点で『源氏物語』の巻のうち何帖が成立していたのか、また、それ以外の巻を紫式部が書いたのか否か、といった点は、不明と言わざるを得ない。

 また、『紫式部日記』の中には、単に「物語」としか書かれていない箇所がある。これまでは、「物語」としか書いていなくてもそれは『源氏物語』を指す、と見なされてきた。しかし、それら「物語」が『源氏物語』ではない可能性も残されているはずである。

 本稿は、諸資料に書かれていることと研究者の憶測に過ぎないことをきちんと分別し、どこまでのことが言えてどれ以上のことは言えないのかを、改めて検証したものである。

第九章 〈非在〉する仏伝―光源氏物語の構造 [荒木浩]

 本稿は、『源氏物語』桐壺巻の予言をめぐる准拠説と「こま人」の比定などの再読を発端として、『源氏』本文に提示された二つの予言が、いずれに向かっても否定的にしか捉えられないという、ネガティブな拘束的構造を有することに注目する。そして、従来より指摘される、仏伝や聖徳太子伝との類比関係をより詳細に分析し、特に仏伝と『源氏物語』の細部が、これまで知られているよりはるかに多くの類似点を持つことを明らかにする。

 それをたとえば以下のように集約してみよう。
 (一)王子に対し、予言が行われるが、それは二者択一的(alterative)あるいは二重拘束的(double bind)な提起である。(二)予言は二段階以上で行われる。(三)遠方から来た予言者は、奇跡の対面を喜びつつ、再会できない別れを悲しむ。(四)母がはやく亡くなり、父の後妻が母代わりとなる。母と義母とはよく似ており、義子は深い愛情をそそぐ。(五)母にとって、一人子である。(六)夫妻は、夫の努力にも拘わらず、因縁を背負った不仲である。(七)義子は、妻よりも義母を深く愛している。(八)四季をかたどった家を作り、愛する女性を配する。その四季は、「春秋冬夏」という、独特の配列を共有する。

 如上の共通性があるのは、光源氏物語の仕組みが、仏伝の裏返しとして、ネガティブなIFに起点する故のこと、と考えてみる。国王の太子だった釈迦が、もし出家できなかったとしたら、彼の人生はどのように転じていただろうか?そうした〈もしも〉が作品を領導し、光源氏物語を誕生させる。いわば、もう一人の、パラレルワールドとしての釈迦が、光源氏であった...。

 ロラン・バルトが示唆する「不在」という創造の契機を、『源氏物語』における〈非在〉する仏伝と捉える時、出家してブッダとなることを封じられた貴公子の、きわめて世俗的で実験的な主人公としての成長と老い、という枠組が顕在する。本論は、そうした興味深い設定が、この物語の根幹構造として潜在することとその意味を考察しようとするものである。


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