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2012年4月 4日

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●岩佐美代子 自著を語る・『讃岐典侍日記全注釈』編

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以前、『岩佐美代子 自著を語る』(笠間書院・無料頒布)というものを作ったことがあります(のちに、加筆訂正したうえで『岩佐美代子の眼 古典はこんなにおもしろい』に収録)。
岩佐美代子 自著を語る・『竹むきが記全注釈』編、も過去に公開しました。

まもなく『讃岐典侍日記全注釈』を刊行いたします。

それにあわせて、岩佐美代子 自著を語る・『讃岐典侍日記全注釈』編、をお書きいただきました。
ここに公開いたします。

お読みいただければ幸いです。

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讃岐典侍日記全注釈
岩佐美代子

 天皇のセックスと愛、闘病と死。残された者の悲しみと再生。『讃岐典侍日記』(さぬきのすけにっき)は、それらを率直に描いた、日本でたった一つの文学作品です。

 今から九百年前、白河上皇が「院政」を創始して君臨した時代、八歳で天皇となった堀河天皇は、政治的実権こそ握れなかったものの、和歌・音楽を奨励して「末代の賢王」とたたえられました。中宮篤子内親王ははるか年長、たった一人の女御は皇子鳥羽天皇を出産してすぐ亡くなり、淋しい天皇の身辺を慰めたのは、その日常のお世話をすべて受持つ典侍(ないしのかみ)、藤原長子(ちょうし)でした。こういう女房が中宮・女御不在の折に天皇のセックスのお相手をするのは、「公務」の一部でして、不倫でも寵愛争いでも何でもなく、遠く明治宮廷まで続いていました。

 天皇は病身ながらなかなかのお茶目さんで、一つ年上の、最高貴族藤原氏の当主忠実(ただざね)がお食事の座に出ると、「君のお給仕じゃいやーだよ」と舌を出して逃げたり、五節(ごせち)の折に御簾の外に出す女房達の袖口を配色よく、と、それぞれの手を引っぱって座席を決めたり、という具合。そんな天皇が、病に苦しんで乳母にだだをこねたり、また眠らず看病する作者をいたわったりする。両々相俟っていかにも人間的な感動を誘います。

 そして嘉承二年(一一〇七)七月十九日、二十九歳の若さで、いよいよ臨終。「釈尊・阿弥陀仏の名号を唱え、西に向い、眠るがごとくに往生された」という関白忠実の公式発表に対し、実は「ああ、苦しい。たった今死んでしまうんだ。伊勢大神宮、お助けください」と繰返し、横になっている事さえできず、看病する乳母二人と愛する讃岐典侍、仏に治癒を祈る僧正、五人が抱きあいもつれ合う中で絶命するのです。このすさまじさは、日本文学中他に類別のない、臨終描写の白眉です。

 悲しみに沈み、出家を考えている作者に、白河院から、わずか五歳で皇位についた鳥羽天皇の許に出仕せよとの命令が下ります。已むなく参上した、翌年正月二日の雪の朝。

「ふれふれこゆき、たんばのこゆき」といふ事、......鳥羽の院幼くおはしまして、雪の降るに、かくおほせられけるよし、讃岐典侍が日記に書きたり」(徒然草一八一段)

しちめんどくさい古文購読の時間の中で、オッ、と興味を誘われた、という方もおありではないでしょうか。

 鳥羽天皇は明けて六歳(満五歳誕生日直前)。ほんとに幼い天皇ですが、いえ、なかなか隅に置けない。讃岐典侍に抱っこしてもらって、清涼殿の中をあちこちするうち、夜御殿(よるのおとど)の壁に、故天皇自筆の笛の譜を貼りつけておかれた、それをはがした跡を見つけ、思わず立ちすくむ典侍。泣顔をごまかそうと、「あくびをしたらこんなに涙が......」と言うのに、「ほ文字のり文字の事、思い出したんでしょ」と、おませな女房言葉で、堀河天皇恋しさを言いあてます。

 物心つくかつかぬに両親を失った幼主の、故天皇そっくりの面ざしを見ながら、悲しみは悲しみとしつつも、典侍の心は次第に再生に向います。そして完成した日記を中に、この人こそと思う一人の友と終日語り合う、という形で、全篇を閉じております。

 この日記の注釈・研究は数多くありますが、本書では従来の理解とは随分違う解釈を、沢山いたしました。「そんな馬鹿な」とか「そこまで言うか」とか、お呆れになる方も多いかと存じます。しかしそれは、たまたま私が幼い時から知っていた、「宮廷生活の常識」「宮廷奉仕者の意識」というものが、現在、研究者も含め、誰にもわからなくなっている、そこから来る誤解釈を訂し、この日記をより正当に味わっていただきたいためです。数々の学恩をいただきながら無躾に批判をも行いました、先行研究者の方々におわび申上げますとともに、読者の方々には先入観にわずらわされず、虚心にこの美しい作品を玩味、愛読していただきたいと存じます。


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