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2011年8月19日

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●篠原進「文学研究の「ヒア アフター」」(小社刊・『西鶴と浮世草子研究 第五号』より再掲載)

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ぎょうせい刊『国文学 解釈と鑑賞』の休刊が明らかとなりました。2年前の学燈社の『国文学』の休刊もあり、小社にとっても、気勢をそがれるニュースで、がっくりきます。が、それらの事象から、衰退・終焉などというキーワードを導き出して、単純化してしまうのも、違う気がします。問題点を整理して、炙り出し、それぞれがそれぞれの立場で、正しいと考えた方向に向かって、それぞれの決意とともに前進していくべきではないか。

小社では先日刊行した、原道生・河合眞澄・倉員正江編『西鶴と浮世草子研究 第五号 特集[芸能]』 で、「研究誌、あるいは研究メディアの未来」という特集を組みました。そこには、以下のような惹句を用い、ページを構成いたしました。

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『西鶴と浮世草子研究』は、本号で終刊となる。
本誌刊行中に、学燈社の『国文学』が休刊し、昨年はぺりかん社の『江戸文学』も休刊してしまった。
状況は、悪化しているのだろうか。
これから研究は、研究誌は、どうデザインしていけばいいのだろうか。
未来に向けて、議論のたたき台とすべく、幅広く問題点を炙り出し多くの人間で共有したい。
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そんな編集部の投げかけに応えてくださり、ご執筆いただいた方の原稿を、再掲載していきたいと思います。第6回目は、篠原進氏です。

※第1回は飯倉洋一「逆境こそチャンス」でした。URLは以下。
http://kasamashoin.jp/2011/08/post_1961.html

第2回は川平敏文「学会、研究誌のゆくえ」でした。URLは以下。
http://kasamashoin.jp/2011/08/post_1963.html

第3回は木越治「私たちは、本を「自炊」できるだろうか?」でした。URLは以下。
http://kasamashoin.jp/2011/08/post_1968.html

第4回は染谷智幸「21世紀、東アジア圏の文学研究用語は? 外国語・IT・漢字漢文」でした。URLは以下。
http://kasamashoin.jp/2011/08/21it.html

第5回は倉員正江「人文科学系研究メディアの未来にむけて」でした。URLは以下。
http://kasamashoin.jp/2011/08/post_1969.html

あと、原道生・河合眞澄・倉員正江編『西鶴と浮世草子研究 第五号 特集[芸能]』も、よろしければ、お買い求め下さい。

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文学研究の「ヒア アフター」

篠原進

 クリント・イーストウッド監督の映画「ヒア アフター」は、心に傷を持つ三人の男女がロンドンで出遭い、互いの傷を癒しながら再生する物語である。交霊に倦んだサンフランシスコの霊媒師ジョージ(マット・デーモン)、双子の兄を交通事故で失ったロンドンの少年マーカス、そしてパリの花形ジャーナリスト、マリー(セシル・ドゥ・フランス)。

 問題の場面は、彼女の悲痛な体験を記す冒頭部分にあった。休暇先の東南アジアで巨大な津波に襲われ、「ヒア アフター(来世)」を覗くマリー。コンピューター・グラフィクスを駆使して作り上げられた、精細なパニックシーンと臨死体験。だが、その三週間後に地獄絵が現実となることを、誰が予想し得ただろうか。

 日本とは一時間ほど時差のある、リゾートホテル。そこに飛び込んできたニュースに、言葉を失った。東日本大震災と、それに伴う原発事故。C N Nが繰り返し映し出すおぞましい光景。それは映画の既視感をはるかにしのぎ、私たちの自然観を根底から覆すほど暴力的であった。

 あれから三週間。人々は動揺を抱えながらも、各々の居場所を見つけ、「3・11」以後の模索をはじめている。枝垂れ桜が満開となった増上寺での募金活動、避難者が不安な日々を送る東京武道館、ライフラインの復旧をめざす被災地へと。

 こんな時、文学に何ができるのか。人に役立つ仕事をしようと思っても、それが見つからないもどかしさと苛立ち。「学問をしていることが、ドブさらいの仕事をする人の社会に対する有益さに劣っていないか」(樺美智子)という永遠の問い。村上春樹はこう書いている。少し長いが引用しておこう。

「僕らは「文学」という、長い時間によって実証された領域で仕事をしている。しかし歴史的に見ていけばわかることだが、文学は多くの場合、現実的な役には立たなかった。たとえばそれは戦争や虐殺や詐欺や偏見を、目に見えたかたちでは、押し止めることはできなかった。そういう意味では文学は無力であるともいえる。歴史的な即効性はほとんどない。でも少なくとも文学は、戦争や虐殺や詐欺や偏見を生み出しはしなかった。逆にそれらに対抗する何かを生み出そうと、文学は飽くこともなく営々と努力を積み重ねてきたのだ。もちろんそこには試行錯誤があり、自己矛盾があり、内紛があり、異端や脱線があった。それでも総じて言えば、文学は人間存在の尊厳の核にあるものを希求してきた。文学というものの中にはそのように継続性の中で(中においてのみ)語られるべき力強い特質がある。僕はそう考えている。
 その力強さはつまりバルザックの強さであり、トルストイの広大さであり、ドストエフスキーの深さである。ホメロスの豊かなヴィジョンであり、上田秋成の透徹した美しさである。」(『雑文集』新潮社・二〇一一年)。

 昨日まで「原発安全キャンペーン」の広告塔を担っていた有名タレントが、今日は「がんばろう日本!」と声高に叫ぶ。そんな厚顔さに戸惑いながら、立ち尽くす日々。なるほど文学はこんな時、無力で即効性を持たない。ただ混乱が収まり、人々が深い喪失感から抜け出そうとする時、生き続けることの意味が問われ、人間の尊厳の試される場面がきっと来る。その時こそ、文学の出番なのだ。

 『西鶴と浮世草子研究』が最終号を迎える。創刊準備号の発行が二○○四年一一月、創刊号が二〇〇六年六月であるから、六年半ほどの時が経ったことになる。「西鶴と浮世草子の研究--変わりゆく教育と研究環境のなかで、今わたしたちにできること」(『リポート笠間』四七号・二○○六年一一月)にあるごとく、創刊の意図は極めて同時代的で商品性豊かな浮世草子という流行小説の闡明を介して今を照射し、俗文学を復権する点にあった。それはまた高度に専門化し社会から孤絶した感のある文学研究の現状と向かい合い、虚構や表現に密着しながら浮世草子の面白さや価値を読者目線で根底から問い直し、近世文学史というダイナミズムの中にその盛衰の必然性を定位するという一つのムーブメントでもあったのである。

 谷脇理史先生の「西鶴を楽しむ」シリーズ(清文堂)や、西鶴研究会編の一連のシリーズ(『西鶴が語る江戸のミステリー』『同ラブストーリー』『同ダークサイド』ぺりかん社・『西鶴諸国はなし』三弥井書店)に通底する試み。まだ途上ということもあり、その成否についての早急な総括は避けるが、『国文学』や『江戸文学』の休刊といった事例は文学研究が依然として逆風下にあることを実感させる。とりわけ、第三号の責任編集者の一人でもあった谷脇先生の死という痛恨事は、そうした逆境に追い討ちをかけることとなった。西鶴研究を志す総ての人が目標とし、誰からも慕われたあの大きな背中は眼の前にない。

 だが、絶望するのはまだ早い。一例をあげよう。昨年、すなわち二○一○年の一月(九、一○日。於立教大学)、私たちは不慣れなテーマと格闘していた。題して、「(国際シンポジウム)エコクリティシズムと日本文学研究--自然環境と都市」(拙稿「エコクリティシズムという幻影--シンポジウムを終えて」『アジア遊学』 一四三号・二○一一年)。コロンビア大学のハルオ・シラネ氏以下総勢三○余名という数の発表者が異口同音に語った、エコクリティシズムという耳新しい術語。だが、ふしぎに違和感はなく、むしろその問題系に既視感さえ覚えた。過剰な都市化への反動としての自然回帰運動。類似の現象が一八世紀半ばの江戸の文化東漸期に認められるからだ(長島弘明「「面影の田園」へ」『日本文学新史』近世・第六章・至文堂・一九九○年)。これに限らず、一つの体制が三百年近くも続いた江戸期には今日的問題を解決するヒントがたっぷりと詰まっている。そこに提示された、多様な知の枠組みは幾らでも応用が可能なのだ。今こそ、江戸に学ぶ時なのである。

 なるほど大多数の人間にとって、文学研究などあってもなくても良い存在なのかもしれない。ただ、「人間存在の尊厳の核にあるものを希求して」いるという矜恃だけは失いたくない。『新参者』でブレイクした加賀恭一郎は言う、「無駄足をどれだけ踏んだかで捜査の結果が変わる」(東野圭吾『麒麟の翼』)と。また言う、「上の人間がどう判断するかなんてことは、下の者は考えなくていい。俺たちのすべきことは、事実を明らかにしていくことだ。固定観念や先入観を捨て、事実だけを拾い上げていけば、全く想像もしていなかったものが見えてくることもある」と。

 職場復帰したマリーを待ち受ける逆風。だが彼女はそれに屈せず、自分にしか出来ない新しい道を切り拓いて行く。その後ろ姿に被災から立ち直り新しい物語を紡ごうとする人々と、私たちのささやかな希望が重なる。「勝ち組と負け組の違いは一つ。勝ち組は決してあきらめない」(映画「リトル・ミス・サンシャイン」)ことなのだ。


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