認識は比喩から離れられるか●【文芸時評】4月号 早稲田大学教授・石原千秋(MSN産経ニュース)

【■認識は比喩から離れられるか
 かつてフランスの哲学者サルトルが「百万人の餓(う)えた子供にとって、いったい文学にはなんの意味があるか」と問いかけ、若い作家が「いったい百万人の餓えた子供は、私の文学にとってなんの意味があるか」と木で鼻をくくったように答えたことがある。この「人生のための芸術」と「芸術のための芸術」の間で行われた問答を、山崎正和は「愚問愚答」と切って捨てた。前者の問いにまず応えるべきなのは政治なのだから、一見謙虚そうに見えて、その実、文学が現実に何かできると思いこんでいる点において傲慢な問いだと言うのだ。後者も、芸術を「あるもの」として信じすぎていると言うのである。大同小異というわけだ。(『藝術・変身・遊戯』)】
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