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2009年7月 3日

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●スタジオボイス休刊に思うこと(海難記)、から思うこと

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ブログ・海難記より。

http://d.hatena.ne.jp/solar/20090702#p1

国文学に限らず、雑誌の休刊が相次いでいますが、上記で書かれている【中味のよしあしに関係なく(それこそ、読まなくてもいい)毎号買ってくれるような、ロイヤルティの高い読者が一定程度いないかぎり、雑誌として出し続けること(=受け取りつづけること)には意味がないわけで】というのには、深く納得・同意出来ます。
が、国文系、歴史系では、上記の条件を満たしていても、厳しくなっていると思われるところがあります。どうしたものか。
例えば国文学で何かをしようと思ったら、【ゼロベースから考え直す】必要がありそうだし、雑誌という形態で研究者・愛好家の連帯を図るのことの、必要・不必要性から問い直していったほうが良さそうだ。では、どんな可能性が?

***

現実的に今は、少ないページであったけれど、学燈『国文学』の最大の売りであった「学界時評」が空白期間を向かえてしまっているわけで、この部分だけでも、なんとかならないものか。早めの復旧が望まれます(>関係各位)。
それとも、年一回で、史学雑誌が作っているような「回顧と展望」のような形態のものを作った方がいいのだろうか(参考・閑山子余録○『史学雑誌』の回顧と展望)。


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