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2008年5月20日

 記事のカテゴリー : 新刊案内

●『岩佐美代子 自著を語る』(笠間書院・無料頒布)

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『岩佐美代子 自著を語る』(笠間書院・無料頒布)、今月下旬に出来予定です。

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『文机談全注釈』刊行記念
『岩佐美代子 自著を語る』(笠間書院・無料頒布)
A4判・16ページ・並製


こちらからダウンロードしてください!!!

小社から刊行した以下の本について、語って頂きました。

『京極派歌人の研究』(笠間書院 昭和49年)
『永福門院 その生と歌』(笠間書院 昭和51年)
『あめつちの心 伏見院御歌評釈』(笠間書院 昭和54年)
『京極派和歌の研究』(笠間書院 昭和62年)
『校注 文机談』(笠間書院 平成元年)
『木々の心 花の心 玉葉和歌集抄訳』(笠間書院 平成6年)
『玉葉和歌集全注釈』全四巻(笠間書院 平成8年)
『宮廷に生きる 天皇と女房と』(笠間書院 平成9年)
『宮廷女流文学読解考 総論中古編』(笠間書院 平成11年)
『宮廷女流文学読解考 中世編』(笠間書院 平成11年)
『永福門院 飛翔する南北朝女性歌人』(笠間書院 平成12年)
『風雅和歌集全注釈』全三巻(笠間書院 平成14〜16年)
次田香澄著『玉葉集 風雅集攷』(責任編集 笠間書院 平成16年)・『校訂中務内侍日記全注釈』(笠間書院 平成18年)
『文机談全注釈』(笠間書院 平成19年)


★現物をご希望の方は、以下までご連絡ください。無料で送付いたします。

【連絡先】
〒101-0064
東京都千代田区猿楽町2-2-3
笠間書院 WEB編集部
●メール
info@kasamashoin.co.jp


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【序文全文掲載】

この世に論文を書く事、
本を作る事より
楽しい事はない
--自著を語るに寄せて


岩佐美代子

 昭和七年、嬉しい一年生。はじめて手にした自分の「国語読本」を、「ハナ ハト マメ マス  ミノ カサ カラカサ」と得々と読んでいる私に、「来年からこんな読本になるんだよ」と父が見せてくれたのは、表紙はうすいピンクにこまかい花や鳥の線描。開ければ「サイタ サイタ サクラガ サイタ」と、満開の桜の色刷り。白・黒・灰色だけの私の読本と、まるで違う。うらやましい!私は母にうすい紙をねだって、鉛筆ですき写し、自分だけの読本を作りました。

 それから七十六年。こんなに沢山、「自分だけの本」を作ることが出来ました。その時その時、やりたい事をやっては、それを書物として形にする事ができた幸せ、それを可能にして下さった、すべての方々への感謝をこめて、一つ一つの本をどのような気持で企画し、作ってきたかをお話してみたいと存じます。お聞き苦しくもございましょうが、年に免じてお笑いすて下さいませ。

   * * *

 本の中に人間が居させてもらっているような家に生れ、本を読むのは息をするのと同じくらい当り前の事。児童書ばかりか、大人の小説、戯曲、古典文学入門書、はては随分あやしげな芸能関係雑書まで、何を読んでいても叱られた事はなく、但し新刊の少年倶楽部・少女倶楽部は兄や姉が優先で、末っ子の私は頭を突きあわせて反対側から読み、おかげで逆さ文字で読む事、向うがパッと頁をめくる前に斜め読みで速読、という術を心得ました。

 テレビはなく、ラジオも特別の番組だけかしこまって聞くものであった当時、夜の楽しみは父の読んでくれる落語(三代目小さんばりでとてもうまかった)、浄瑠璃本、膝栗毛・浮世風呂の類。きわめて非教育的な教育で、しかも何の説明もしてくれないのを、みそっかすの私は何もわからないまま、みんなが笑えば自分も笑い、浄瑠璃の名文句を意味もわからず覚え、知らず知らず、時代々々の多様な語彙、縁語掛言葉の技巧、洒落・ユーモアの味を承知しました。漢文の素読は父に習い、学校では大変にきびしい国語の先生に、「もっと大声で、間合に気をつけて」と朗読を仕込まれ、きれいなイギリス人のミセスに英詩を習って「エクセレント」とほめられるのが嬉しさに暗誦しました。

 私が戦前の子供なり女学生なりとして受けた教育の中で、特別のもの(たしかに相当特殊でしたが)はこれぐらいです。その後も、高等科(今日の短大程度)での久松潜一先生の国文学史、斎藤勇先生の英文学史で、文学研究の匂いを嗅がせていただいたばかり、あとは大学にも行かず、どなたのお講義にも演習にも無縁でした。そんな私が、今日これだけの書物を出版し、皆様に読んでいただけるようになりましたのは、縁もゆかりもない私を折にふれ御指導下さり、バックアップして下さった、諸先生と出版社の方々のおかげ様と、心からありがたく存じております。

   * * *

 今日の日本文学研究の姿は、大きく変わりました。以前は入手困難で、筆写し、自分で苦心読解した諸作品の訳注がすっかり行き渡って、研究者もつい批判検証せずにこれに頼る。言語的統計などは原作を通読せずともCD-ROMの完備でアッという間にコンピュータ処理できる。資料の探索報告にも社会的理解と便宜が進み、まずは書誌的研究整理にいとまない状態。ジャンルも時代もきっちり区分されて、他分野へは口を出さず、専門の城を守る。それは皆それぞれにいい事かもしれない。でも、かんじんの文学の美しさ、面白さの論証は、どこへ行ってしまったのでしょう。それを学問的に解明した上で、更にわかりやすい表現でこれを一般の方々に語りかけ、古代から現代まで続く日本文学のさまざまの姿、そのすばらしさを知っていただく。そこまで行ってはじめて、文学研究者として社会にお返しができた、という事になるのだと思いますが。

 私は全くフリーの立場で、どなたに遠慮する事もなく、自分の関心の赴くままに研究し、論文を書いてまいりました。第一、京極派のことを知りたいのに、何もそういう論がないから自分で書くよりしょうがない。書くためには、周辺資料--同時代の漢文日記・女流日記を読む。するといろんな歌人が歌だけでない生活者として現れて来て、その伝記が知りたくなり、系図をあさるうち、今まで気づかなかった音楽伝授の系譜の中に、何人もの名前を発見。それをきっかけに楽書、文机談の世界にはまり込む。一方、とはずがたりは別として、その他中世女流日記のあまりの評判の悪さに義憤を感じ、その研究から遡って中古日記・枕草子・源氏物語の読みにまで口出ししてしまいました。

 更に、京極派の新しさがどこにあるのかを「言葉」の面から論証するために、旧国歌大観の各句索引を少くとも十五回全部めくって、勅撰集中玉葉風雅だけにある句、初出の句、既出例はあるが両集に特に多い句を数え、千載集以後十五集の統計を取りました。つまり二十一代集を十五回「横に」読んだわけで、その中で玉葉風雅のみならず、他の諸集の性格をもある程度体感できました。また同派の思想的バックボーンを求めて、わからないながらに唯識説や天台本覚論を勉強しました。そのような諸研究をふまえて、しかし基本的に大切なのは、玉葉風雅や、その主要歌人達の作品を、研究者と一般愛好者の方々に直接読み味わっていただく事だと考え、両集の抄出本や全注釈、主要歌人作品の注釈本をも作ったわけです。

   * * *

 前に申しました「社会へのお返し」という事も、大変大事だと考えておりますし、私自身、こういった研究を一般の方々にわかりやすくお話しする事が好きでもございますので、そのような形でまとめたものもございます。これには、「法律の社会化」という事を一生の仕事として、固苦しい法律をやさしく砕いて話すのを好み、そうした講演の予行を聞かせるばかりか、「今日はこんな話をして来た」と、うちに帰ってもう一度実演することもある(そんな人ってあるでしょうか)という、そんな父親の姿を見て育った影響が大きいかと思いまして、方面は違ってもその志は継いで行きたいと存じております。

 この世に論文を書く事、本を作る事より楽しい事はなく、大学の仕事が終わって時間ができましたら更にその思いが昂じて、一番おなじみの笠間書院にお願いしては、半ば自分の道楽で次々と出版していただきました。今どき、ありえないありがたい事だと存じます。その上、思いもよらずこのようなパンフレットまで企画して下さって、なんとも気はずかしく、穴があったらはいりたい思いでもございますが、せっかくの御好意に甘え、八十年のたどたどしい歩みをかえりみて、一筆書かせていただきました。重ねて、その他の出版社を含め、これまでお世話様になりましたすべての方々に、心から御礼を申上げます。


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