●説話・伝承学会 2007年度9月例会(2007年9月23日(日)、神戸女子大学教育センター特別講義室 )
学会情報です。
以下、公式サイトからの転載です。
----------------------------------------
説話・伝承学会 2007年度9月例会
期日: 2007年9月23日(日)午後1時〜5時
会場: 神戸女子大学教育センター特別講義室
郵便番号650-OO04 神戸市中央区中山手通2丁目23-1
電話 078-231-1061
会場は、須磨区の神戸女子大学校舎ではありませんので、御注意下さい。
会場までの交通: 阪急、阪神、神戸市営地下鉄、JR「三宮」駅下車北へ、生田神社の北側、徒歩で約5〜10分。
テーマ 「ミニ・シンポジウム 説話・伝承と老人」
●シンポジウム主旨
本格的な高齢化社会の訪れを迎え、現在、日本では、老人の存在についてかつてない関心が寄せられている。しかしながら、議論は介護・福祉の対象としての老人という方面が中心で、社会の中で不可欠の役割を果たす老人という点は希薄なのではないだろうか。多くの社会の説話・伝承においては、老人の積極的な役割が語られている。そこからわれわれは、生涯現役ということにこだわらない老年期の柔軟な生き方のモデルを探り、現代社会を生きる知恵として活かしていくことができるのではないだろうか。
このシンポジウムでは古典文学、昔話、外国の説話・伝承から事例を提供し、肩のカを抜いた老人力の役割を検討してみたい。それはきっと若者や中年男女にとっても、重要なメッセージになるはずである。
〈報告(順不同)〉
◆語る老人/語られる老人 川森博司 (神戸女子大学)
【要旨】
昔話は老年期に至って語られるようになる必然性があるのではないか。そして、そのことは昔話の中で語られる老人像のあの方にかかわっているのではないか、という問題を、日本昔語の語りの場と語りの内容の具体例に即して考察する。そこから、世代間の伝承における老年期の重要性に思いをめぐらしてみたい。
◆お伽草子における老人の諸相 三浦俊介 (立命館大学)
【要旨】
日本文学には、『源氏物語』の恋多き老女「源典侍」や老境に悩む光源氏、説話集に多出する往生を希求する高僧、能『翁』に代表される「老人の姿で顕れる神」など、多様な老人像が見出される。老い先短くとも生や性を求めて時に激しく行動する者、あるいは病や死と向き合っても独り静かに達観できる者もいた。
室町から江戸にわたって人気を博した絵入り短編物語である「お伽草子」は、前代の物語・説話・芸能などを継承して、数百年の物語、何千という伝本が製作された。例えば、『一寸法師』冒頭では媼が四十一才で出産する。「申し子」は後事を託する子どものいない老夫婦を前提とする。『おようの尼』で老法師は身の回りの世話をする女性が欲しくなり、七十ぱかりの老尼は法師を騙して夜を共にする。「おいらくの恋」を求めた二人は、その後も夫婦であり続けた可能性がある。『浦島太郎』で太郎は玉手箱を開けて、齢七百の老人となり、鶴になり、神になる。長寿と神格化には深い関連がある。『酒呑童子』では三人の翁が源頼光一行に酒や武具を贈与する。住吉・石清水・熊野の神々が英雄を援助する「老賢者」として顕現したのである。その他のお伽草子にはどのような老人像が描かれているであろうか。また、お伽草子独自の老人像なるものはありうるのか。
シンポジウムに際しては、最初に「お伽草子における老人」の全体像を見渡してから、本文や絵画の問題に入るつもりである。
◆山の老人—中国の伝承から— 松家裕子 (追手門学院大学)
【要旨】
北宋の煕寧七(1074)年、嘉興(現浙江省嘉興市)の僧、道観が温州鴈蕩山に遊んだとき、粗末ななりをして谷を行く人に出会った。それは身軽で、木の葉を踏んで行くが葉は動かない。常人ではないと思い、谷に下りてあいさつをし、いっしょに岩に腰かけた。氏族、郷里、年齢を尋ねても答えない。髪も髭もまっ白だが、顔色は若者のようであった。
この老人は、丸薬一粒と柏の葉一枚とを道観に与え、丸薬は九年ののち、ときの神宗皇帝が病むのでそのとき献上するように、柏の葉は来年疫病が大流行して道観も死ぬことになっているが、これを食せば免れる、と言い、のちに果たしてその言のとおりなった(『事実類苑』巻四十六引『筆談』「鴈蕩山老人」)。
中国の山にはしぱしぱこうした老人が現れる。山と老人とのかかわりは深く、老人 山、老人峰と名づけられた山も多い。老君山を加えれぱ、数はさらに増える。
わたしたちは、明言されなくても、このような老人を神仙だと考え、それで納得す る。では、神仙というレッテルをいったんとりはずし、老人と山とのかかわりから、こうした伝承をみるとどうなるか。家族と離れ、ひとり山に入り、下界の人々と異なる食物を食するこうした人々は、なぜ超常的なカをもつとされるのか。そして、不老不死であるはずなのに、なぜ老形なのだろう。
中国の志怪小説・伝奇小説、地方志、そして二十世紀以降に集められた民間伝承を主たる材料として、棄老伝説なども視野に入れながら、老人が山に行く・居ることの意味を考えたいと思う。
◆沖縄県竹富島のホンジャーと伝承 狩俣恵一 (沖縄国際大学)
【要旨】
琉球では、中国からの冊封使を迎えて琉球王の即位式を行ったが、その折に、「御冠船踊り」と称する芸能が行われた。その御冠船踊りでは、翁が登場して口上を述べ、老人踊りの「かぎやで風」を演じた。また、沖縄各地の地方の村踊りにおいても「長者の大主」と称する翁の芸能が伝承されている。
竹富島の種子取祭では、ホンジャーと称する神事的な芸能が伝承されているが、これは沖縄の地方の村踊りで伝承される「長者の大主」系の芸能であり、首里方言で口上を述べる。
竹富島には玻座間集落と仲筋集落があり、国吉家の家長が継承する玻座間集落のホンジャーと、生盛家の家長が継承する仲筋集落のホンジャーがある。両者の口上には若干の相違はあるものの、いずれも神様に奏上するのではなく、石垣島から赴任した士族役人に口上を述べる。ホンジャー家の床の間には、ホンジャーを神として祀っており、種子取祭狂言部の稽古は、ホンジャーの神に祈ることから始まる。そして、ホンジャー家の家長は、種子取祭当日の舞台芸能の最初に口上を述べる。
口上では、自らの長寿と富と子孫繁栄を述べ、「子や孫たちよ、踊りなさい」と命じて退場する。つづいて、狂言・踊り・組踊などの芸能が奉納されるが、種子敢祭が終わると、狂言部の人々は再びホンジャー家に集合し、ハジリと称する儀式を行って、奉納芸能が無事に済んだことを報告する。
このように神格化されたホンジャーには、さまざまの話がある。例えば、種子取祭以外でホンジャーを演じたため、怪我をした。ホンジャーの口上は教えたり、書き留めたりすべきではない。空き家となったホンジャー家に他人が宿泊したところ、ホンジャーの扮装をした白髭の老人が夜中に現れたという話などであるが、このような話は、沖縄本島から伝来した芸能が島に根付き、神格化・神事化していったことを示していると考えられる。
司会:川森博司(神戸女子大学)
説話・伝承学会事務局
〒602-8580 京都市上京区今出川烏丸東入ル
同志社大学文学部 廣田收研究室内
問い合わせ: setsuwadenshouXXXXX@gmail.com
(XXXXXを除いたものがメールアドレスです。SPAM及びウィルスメール対策のためご不便をおかけしますがご了承ください。)






























































































































































