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小田原文学館特別展「生誕120年記念 牧野信一の心象風景」(平成28年10月15日(土)~12月4日(日)午前9時00分~午後5時00分(入館は午後4時30分まで) ※会期中無休)・記念講演会 矢野 利裕氏「幻想文学としての私小説――牧野信一の世界」(平成28年11月6日(日)午後1時30分~3時30分、国際医療福祉大学 小田原キャンパス本校舎)
「上山あゆみさんに『統語意味論』の手ほどきをしてもらう会 〈待ってました応用編〉」(2016年9月15日(木)13:30〜18:00ごろ、大阪大学豊中キャンパス・文法経研究講義棟・文11教室 (文法経研究講義棟1階))
中原中也の会 第17回セミナー(2016年9月18日(日) 午前10時~、セントコア山口 (講演後、中也記念館へ移動))
中原中也の会 第21回大会(2016年9月17日(土)午後1時30分~、セントコア山口 (山口市湯田温泉))
国立能楽堂公開講座・能楽をより楽しむために⑲ 能面、大谷節子氏「うつ・うつす・つかふ ―能面の話―」(平成28年10月21日(金) 午後3時~、国立能楽堂大講義室、無料・要申し込み)
第9回 日文研・アイハウス連携フォーラム・稲賀繁美氏「海賊史観からみた世界史500年-『文明の海洋史観』の裏側を覗く」(2016年10月14日、国際文化会館(アイハウス)講堂 (住所:〒106‐0032 東京都港区六本木5-11-16))
2016年度大学院生の研究・生活実態に関するアンケート調査(Web版)へのご協力のお願い(全国大学院生協議会)[Web版アンケートは【2016年9月15日】までが期限です。]
楊 暁捷氏「劇画・絵師草紙 Comic: A Painter's Story」を公開
玉川大学リベラルアーツ学部リベラルアーツ学科教員(助教または准教授)の公募【日本学関係(Japanology, Japan Pop Culture, Modern Japanese History, East Asia History などのうち、いずれかを英語により担当】(2016年09月20日 必着)
東北芸術工科大学・教授又は准教授の公募(編集分野)(2016年08月26日 ~ 2016年10月11日 必着)
文部科学省、科学研究費助成事業の審査システム改革(中間まとめ)を公表(科学技術情報プラットフォーム)
日本比較文学会 関西支部・9月例会、小橋玲治(大阪大学)「明治期日本におけるgoverness表象」ほか(2016年9月17日(土) 午後2時半~5時半、関西大学千里山キャンパス 第一学舎一号館)
国立大学の教授はさらに"研究貧乏"に。6割が年間50万円未満 減少傾向続く。「これほど少額とは衝撃的」(日刊工業新聞)
東京国立博物館・特集「藤原行成の書 その流行と伝称」(2016年8月23日(火)~10月2日(日))
Breaking boundaries between literature and medicine○ボグダン真理愛[愛媛大学(院)]―福田安典『医学書のなかの「文学」』(笠間書院)英文紹介文公開
中醫經典被「另類改編」成娛樂刊物!?○陳 羿秀[お茶の水女子大学(院)]―福田安典『医学書のなかの「文学」』(笠間書院)中文紹介文公開
文芸評論家の川西政明さん死去(共同通信)
2016年度甲南女子大学公開講座&クリスマスチャリティーコンサート「宮沢賢治生誕120周年記念ーもうひとつの宮沢賢治ー」(2016年12月8日(木)〜第4回 ※要申込)
人文科学とコンピュータシンポジウム 「じんもんこん2016」(2016年12月9日(金)〜11日(日)、国文学研究資料館・国立国語研究所)
明治大学和泉キャンパス図書館内ギャラリー「演劇人、詩人、文学者としての唐十郎展」(2016年9月30日(金)~10月10日(月))
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2016年8月29日

 この記事のカテゴリーは : 学会・講演会・展覧会情報です。

●小田原文学館特別展「生誕120年記念 牧野信一の心象風景」(平成28年10月15日(土)~12月4日(日)午前9時00分~午後5時00分(入館は午後4時30分まで) ※会期中無休)・記念講演会 矢野 利裕氏「幻想文学としての私小説――牧野信一の世界」(平成28年11月6日(日)午後1時30分~3時30分、国際医療福祉大学 小田原キャンパス本校舎)

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展覧会情報です。

●公式サイトはこちら
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/public-i/facilities/library/liblaryevent/makino.html

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【大正・昭和を駆け抜けた夭折の作家・牧野信一は、 幻想的な作風の一連の小説群を発表し、文壇に独自の境地を拓きました。
初期の「爪」が島崎藤村に激賞され、以後、「父を売る子」、「「悪」の同意語」など、父や母をテーマとしたセンセーショナルな内容の作品群で文壇に登場しました。
昭和初年以降は、作風に幻想的色合いが濃くなり、郷里小田原の土地や人をモチーフにした「吊籠と月光と」、「ゼーロン」などの明朗で異国的な作風の一連の作品群を発表し、その独自の境地をして「ギリシャ牧野」と称されます。
父母をテーマにした「私小説」から郷土をモチーフにした「幻想小説」へ。
ダイナミックともいえる転回に一貫性を見出すとしたら、そこには「わたし」とわたしを取り巻く「身近なるもの」への絶え間ない関心という、現代的かつ普遍的なテーマが浮かび上がってきます。
生誕120年、没後80年を迎える本年、牧野文学の源泉となった小田原で、牧野信一の心の風景を眺めてみませんか。】

開催日時
平成28年10月15日(土)~12月4日(日)午前9時00分~午後5時00分(入館は午後4時30分まで)
※会期中無休
開催場所
小田原文学館(小田原市南町2-3-4) 本館展示室
入館料
一般250円、小・中学生100円(20名以上で団体割引有、障害者手帳をお持ちのかた割引有)
アクセス
徒歩:小田原駅東口から20分
バス:小田原駅東口から箱根方面行バス H・T・J・Z・U線「箱根口」下車徒歩5分
車:国道1号線「箱根口交差点」から路地に入り220m先右折後直進100m(駐車場7台・無料)

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記念講演会「幻想文学としての私小説――牧野信一の世界」

【特別展の開催を記念し、第57回群像新人文学賞受賞作家による講演会を行います。牧野信一はある時期から、小田原近郊の風景にギリシア神話的な風景を読み込むようになり、「ギリシア牧野」の異名を取る。私小説作家として出発した牧野は、いかなる問題意識から幻想的な作品を描くようになったのか。その歩みについて考える。】

日時
平成28年11月6日(日)午後1時30分~3時30分(受付は午後1時から)
講師
矢野 利裕 さん(批評家、ライター、第57回群像新人文学賞受賞)
講師プロフィール
1983年11月東京都生まれ。
東京学芸大学大学院教育学研究科国語教育専攻修了。
私立高等学校・中学校特任講師。東京都在住。
2014年、「自分ならざる者を精一杯に生きる 町田康論」で『第57回群像新人文学賞(評論部門優秀作)受賞。
【主要な著書】
・矢野利裕「自分ならざる者を精一杯に生きる 町田康論」『群像』69(6)、2014年6月
・矢野利裕『SMAPは終わらない : 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」』垣内出版、2016年 ほか

会場
国際医療福祉大学 小田原キャンパス本校舎(城山1‐2‐25)
費用
無料
申込
小田原市立図書館に電話またはメールで。
電話 0465-24-1055
メール tosho@city.odawara.kanagawa.jp(郵便番号、住所、氏名、電話番号を明記)
会場アクセス
小田原駅西口から徒歩3分

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●「上山あゆみさんに『統語意味論』の手ほどきをしてもらう会 〈待ってました応用編〉」(2016年9月15日(木)13:30〜18:00ごろ、大阪大学豊中キャンパス・文法経研究講義棟・文11教室 (文法経研究講義棟1階))

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研究会情報です。

●公式サイトはこちら
http://skinsui.cocolog-nifty.com/linguistics/2016/08/post-3260.html

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【統語論、意味論に関するイベントのお知らせです。6月に引き続き、『統語意味論』の著者である上山あゆみさんが、ご自身の理論について分かりやすく解説して下さいます。今回はお二人の若手研究者の発表を交えて、理論への理解をより深めていきます。どなたでも参加自由です。】


タイトル:
「上山あゆみさんに『統語意味論』の手ほどきをしてもらう会
  〈待ってました応用編〉」
日時:2016年9月15日(木)13:30〜18:00ごろ
場所:大阪大学豊中キャンパス・文法経研究講義棟・文11教室
   (文法経研究講義棟1階)
下記リンクのキャンパスマップ、6番の建物1階です。
http://www.let.osaka-u.ac.jp/ja/access
参加条件:どなたでも自由に参加できます。『統語意味論』をお読みであればより理解が深まりますが、お読みでなくてもかまいません。
多数のご参加をお待ちしています。
『統語意味論』の購入情報

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●中原中也の会 第17回セミナー(2016年9月18日(日) 午前10時~、セントコア山口 (講演後、中也記念館へ移動))

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セミナー情報です。

●公式サイトはこちら
http://www.chuyakan.jp/nts/01news/01news.html

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日  時 2016年9月18日(日) 午前10時~
会  場 セントコア山口
(講演後、中也記念館へ移動)
参加費 入館料のみ(一般:320円)

プログラム

 9:30  受付開始

10:00  講演「中原中也の初公開資料をめぐって」
講師:原 明子(中原中也記念館学芸員)

11:00  中原中也記念館特別企画展 「太宰治と中原中也」見学
解説:原 明子

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●中原中也の会 第21回大会(2016年9月17日(土)午後1時30分~、セントコア山口 (山口市湯田温泉))

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研究会情報です。

●公式サイトはこちら
http://www.chuyakan.jp/nts/01news/01news.html

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テーマ 「中原中也の会の20年」
日  時 2016年9月17日(土)午後1時30分~
会  場 セントコア山口
(山口市湯田温泉)
整理費 500円(当日受付にてお支払いください

プログラム

13:00  受付開始

13:30  開会

13:40  講演「太宰治と中原中也」
講師:平岡 敏夫(筑波大学名誉教授・群馬県立女子大学元学長)

15:00  トークセッション「中原中也の会の20年」
出演:福田 百合子(中原中也記念館名誉館長・中原中也の会理事)
佐々木 幹郎(詩人・中原中也の会会長)
司会:中原 豊(中原中也記念館館長・中原中也の会副会長)

総合司会:渡邊 浩史(大月短期大学助教・中原中也の会理事)

17:20  総会 [会員のみ]

18:10  懇親会(会費 5,000円)

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●国立能楽堂公開講座・能楽をより楽しむために⑲ 能面、大谷節子氏「うつ・うつす・つかふ ―能面の話―」(平成28年10月21日(金) 午後3時~、国立能楽堂大講義室、無料・要申し込み)

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講演会情報です。

●公式サイトはこちら
http://www.ntj.jac.go.jp/nou/course.html

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※申し込み方法は上記公式サイトで。

能楽をより楽しむために⑲ 能面
うつ・うつす・つかふ ―能面の話―
日時 平成28年10月21日(金) 午後3時~
開場は30分前
講師 大谷節子
(成城大学教授)
応募締切 平成28年9月30日(金) 必着

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●第9回 日文研・アイハウス連携フォーラム・稲賀繁美氏「海賊史観からみた世界史500年-『文明の海洋史観』の裏側を覗く」(2016年10月14日、国際文化会館(アイハウス)講堂 (住所:〒106‐0032 東京都港区六本木5-11-16))

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講演会情報です。

●公式サイトはこちら
http://events.nichibun.ac.jp/ja/archives/kohenkai/s005/cal/2016/10/14/index.html

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場所: 国際文化会館(アイハウス)講堂 (住所:〒106‐0032 東京都港区六本木5-11-16)
開始時間: 18:30
終了時間: 20:00
申込み: 要(先着順)
受講料: 無料
申込み方法: 国際文化会館ホームページよりお申込み下さい。
主催: 国際文化会館
共催: 国際日本文化研究センター

「海賊史観からみた世界史500年-『文明の海洋史観』の裏側を覗く」
稲賀 繁美 国際日本文化研究センター 副所長/教授

【 インターネットの発達や世界的な物流・金融の変貌とともに、従来の国民国家中心の世界秩序は現在大きく揺らいでいます。その問い直しのためには、世界史を500年遡り、いわゆる大航海時代の西洋列強による地球表面の分割、自然資源の搾取、労働力としての人的資源の再配置などを再考察することが不可欠です。歴史的に国際的な商取引の重要な部分は違法に行われ、その規制のために公海の規定を含む国際法が確立されました。よって、いわゆる海賊行為の再定義が、学術的にも重要です。本講演では海賊行為をとりまく常識に再検討を加え、文化史、物流史の観点から、世界交易の過去・現在さらに近未来を展望します。
※発表は日本語のみ】

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●2016年度大学院生の研究・生活実態に関するアンケート調査(Web版)へのご協力のお願い(全国大学院生協議会)[Web版アンケートは【2016年9月15日】までが期限です。]

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詳細は以下より。全国大学院生協議会。
http://zeninkyo.blog.shinobi.jp/zeninkyo/2016年度大学院生の研究・生活実態に関するアンケート調査

2016年8月28日

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●楊 暁捷氏「劇画・絵師草紙 Comic: A Painter's Story」を公開

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詳細は以下より。「劇画・絵師草紙 Comic: A Painter's Story」。

http://people.ucalgary.ca/~xyang/eshi/eshi.html

【「絵師草紙」は間違いなく中世絵巻の代表作の一つである。絵師自身の悲喜こもごもの運命というユニークなテーマもさることながら、誇張していて的確な群像、予想を裏切る物語の展開、そしてあまりにも注目されていない絵師の矜持ある告白、どれを取り上げてみても貴重なものである。
 ここに、あらためて物語に親しんでもらうために、「動く四コマ漫画」の体裁を編み出して同絵巻を表現してみた。画像はあくまでも原作から切り取ることに止まり、文字は原作の詞書を抜き出して超訳を試みた。いわば古典作品に対する現代語訳にならぬ、絵巻に対する「まんが訳」である。
 用いる絵巻の底本には、あえて国会図書館蔵の模写を選んだ。中世の絵巻を見慣れた視線にも新鮮感があって、よりコミカルで漫画っぽい。】

2016年8月27日

 この記事のカテゴリーは : 研究者のための公募情報です。

●玉川大学リベラルアーツ学部リベラルアーツ学科教員(助教または准教授)の公募【日本学関係(Japanology, Japan Pop Culture, Modern Japanese History, East Asia History などのうち、いずれかを英語により担当】(2016年09月20日 必着)

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●詳細はこちらから(JREC-IN)
https://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekJorDetail?fn=3&id=D116080823&ln_jor=0

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●東北芸術工科大学・教授又は准教授の公募(編集分野)(2016年08月26日 ~ 2016年10月11日 必着)

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●詳細はこちらから(JREC-IN)
https://jrecin.jst.go.jp/seek/SeekJorDetail?fn=3&id=D116081087&ln_jor=0

2016年8月26日

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●文部科学省、科学研究費助成事業の審査システム改革(中間まとめ)を公表(科学技術情報プラットフォーム)

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【科学省はこのたび、科学研究費助成事業の審査システム改革について(中間まとめ、pdf:74ページ)を公表した。

「科研費審査システム改革2018」については、今後、平成 30 年度の助成(平成29年9月に公募予定)からの新システムへの移行に向けて、本案に対する各界の意見を踏まえて審議を深め、本年中に最終的なとりまとめを行うことを目指す。】
つづきはこちらから。科学技術情報プラットフォーム。
http://jipsti.jst.go.jp/johokanri/sti_updates/?id=8918

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●日本比較文学会 関西支部・9月例会、小橋玲治(大阪大学)「明治期日本におけるgoverness表象」ほか(2016年9月17日(土) 午後2時半~5時半、関西大学千里山キャンパス 第一学舎一号館)

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研究会情報です。

●公式サイトはこちら
http://hikakukansaishibu.blogspot.jp/2016/08/blog-post.html

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日 時:2016年9月17日(土) 午後2時半~5時半
会 場:関西大学千里山キャンパス 第一学舎一号館 4階 実験実習・語学系教室1

【研究発表】

講 師:小橋玲治(大阪大学)
題 目:明治期日本におけるgoverness表象

司 会:廣野由美子(京都大学)

【読書会】

書 籍:稲賀繁美『接触造形論』(名古屋大学出版会、2016)

発題者:南明日香(相模女子大学)

〔内容紹介〕
 感覚と藝術、その臨界へ------。「触れる」ことで作品は紡がれ、「接触」によって思想や文化が「写り/移り」を遂げる。彫刻・陶藝などの立体作品から、建築や翻訳の領域まで、異質なるものが触れあう時に何が生まれるのか。「接触造形」の視点から近現代の藝術や文化を探究し、未踏の領野へと踏み出す。

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●国立大学の教授はさらに"研究貧乏"に。6割が年間50万円未満 減少傾向続く。「これほど少額とは衝撃的」(日刊工業新聞)

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【国立大学が国から受け取る運営費交付金など「基盤的経費」から、大学の研究者に配分する「個人研究費」が減少傾向にあることが文部科学省の調査で分かった。研究者の4割が「10年前より減った」、2割が「半減以下」と回答した。】
つづきはこちらから。日刊工業新聞。
http://newswitch.jp/p/5855

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●東京国立博物館・特集「藤原行成の書 その流行と伝称」(2016年8月23日(火)~10月2日(日))

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●公式サイトはこちら
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1816

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参考※1089ブログ・藤原行成の書

藤原行成の書 その流行と伝称
本館 特別1室 2016年8月23日(火) ~ 2016年10月2日(日)

【藤原行成(ふじわらのこうぜい、972~1027)は平安時代中期の貴族で、能書(のうしょ)として知られ、小野道風、藤原佐理とともに「三跡」と称されています。中国から伝わった書をもとに発展した日本風の書である和様(わよう)の書は、行成の活躍した時期に完成しました。その後、鳥羽天皇(1103~56)の時代まで、みな行成に倣って書いていたと言われるほど、行成の書風は流行しました。また、行成の子孫は代々、宮廷の書役として活躍し、平安時代から鎌倉時代の和様の書の中心的役割を担っていました。後に世尊寺(せそんじ)流と呼ばれるその一系の書流の祖としても、行成は尊重されてきました。

今回の特集では、まず、藤原行成の真跡(しんせき/真筆(しんぴつ)、直筆(じきひつ))をご堪能いただきます。国宝「白氏詩巻(はくししかん)」には、行成の子孫である藤原定信(1088~1154~?)がこれを行成の書と鑑定した跋語(ばつご)があり、確実な、そして代表的な作品です。また、重要文化財「書状」(個人蔵)には、尊円親王(そんえんしんのう)が行成の書を褒め称える添状(そえじょう)が附属しており、行成の書が愛好されてきた歴史がうかがえます。

次に、行成の書風をよく真似ている作品をご覧いただきます。国宝「延喜式(えんぎしき)」は、平安時代に行成の書がいかに人気を博したかを物語るものです。そして、「升色紙(ますしきし)」などの古筆切(こひつぎれ)は、その流麗な仮名が「行成の書であってほしい」という望みをこめて行成筆と伝称されてきました。

藤原行成の書がどれほど流行し、尊重されてきたのかを、数々の作品からご紹介します。】

主な出品作品
*所蔵の表記の無いものは、当館蔵品です。
国宝 白氏詩巻 藤原行成筆 平安時代・寛仁2年(1018)
国宝 延喜式 巻三十六 平安時代・11世紀
重要文化財 書状 平安時代・寛仁4年(1020) 個人蔵
重要文化財 藤原師通願文 平安時代・寛治2年(1088) 個人蔵


図録

藤原行成の書 その流行と伝称
恵美千鶴子執筆

編集・発行:東京国立博物館
定価:600円(税込)
オールカラー24ページ (A4版)

※ 8月23日(火)より、ミュージアムショップにて販売。

 この記事のカテゴリーは : 新刊案内です。

●Breaking boundaries between literature and medicine○ボグダン真理愛[愛媛大学(院)]―福田安典『医学書のなかの「文学」』(笠間書院)英文紹介文公開

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福田安典『医学書のなかの「文学」』(笠間書院)の、ボグダン真理愛氏による英文紹介文を公開いたします。

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福田安典『医学書のなかの「文学」 江戸の医学と文学が作り上げた世界』(笠間書院)
ISBN978-4-305-70804-5 C0095
A5判・並製・カバー装・280頁
定価:本体2,200円(税別)

○本書の詳細はこちらをご覧下さい。
http://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305708045/

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Breaking boundaries between literature and medicine

ボグダン真理愛[愛媛大学(院)]


  When a person hears the expressions "medical books" or "books on herbal medicine" (『本草書』honzousho in Japanese), they often associate them with scholarly (and often dry) reports on research and findings in these sciences. Yasunori Fukuda, however, takes a fresh look at this "scientific literature" and opens our eyes to the fact that it is, in fact, literature.

  In the academic world, we often see a focus on differences between subjects, a focus that leads to the creation of multiple, highly specialized genres. A problem with this line of thinking is that when you concentrate on the differences, you tend to view genres in isolation―as though they have been developed completely independently of each other―and can often miss the important connections that exist between them. We need to realize that a genre is merely an artificial construct in a person's mind used in categorizing the outside world which we perceive.

  Once the foundation has been laid in which objects or concepts have been separated, given individual concrete definitions, and organized into systems, we also need to shift our focus more onto examining the connections and interactions between them. Finding new connections and offering ways to see the everyday world from a more holistic point of view can lead to us having a richer, deeper perspective of the universe.

  The shift to an interdisciplinary focus can be observed in recent changes in pedagogical approaches. For example, the new curriculum which Finland will put into effect in August of 2016 will depend heavily on a move toward phenomenon-based teaching, which is a move away from subjects and toward interdisciplinary topics. In Switzerland, another country renowned worldwide for its educational system, elementary school students, rather than being taught "subjects", are able to decide on a theme and learn whatever is related to that theme through a certain period of time.

  For instance, if they decide to learn about horses, they may read stories about horses, learn the history of the horse, look into their bone structure, or even calculate their average speed when they run. In this way, the learning process for such a project can, for example, draw upon Physical Education (by actually riding a horse) and Art (by drawing pictures of horses), among other disciplines. Even though this novel approach to education can be difficult to put into practice in an ideal way―considering what is involved in trying to balance the level of the things you teach and attempting to cover every field―it shows great potential in children's education and has been gathering attention from all around the world. It is becoming evident that more and more people are realizing the importance of looking into the connections and interactions between different genres and the value of building a holistic point of view.

  In recent years, interest in analyzing medical books, a genre which had been largely neglected in the past, has been on the rise. However, those who have worked with only "pure" literature in the past can find the prospect of dealing with medical texts quite daunting. This book by Professor Fukuda provides an easy-to-understand introduction for such readers.

  One can not consider research into or enjoyment of literary works written from around the early seventeenth century to the late nineteenth century complete without a look into the medical books written during that period. In order to understand those types of books, you need to be well-informed about medical books that are related to them. The authors and readers of these medical works viewed them not only as reference material for their medical practice, but also as literature to be enjoyed for its own sake.

  While such books were, of course, usually used as tools in the medical trade, they also began to be regarded as works of parody that could be enjoyed away from the job. In this way, we can see a process of evolution in which medical books came to be used in a way apart from their original purpose.

  Eventually, this type of literary pursuit started to spread among people who did not practice medicine, and many parodies of medical books began to emerge. This trend had the end result of producing many readers who did not actually practice medicine, but who held a knowledge of medical books. They would pick up medical books just to enjoy them for their "literary" value. The present book introduces us to examples of such works and shows where "medical" and "literary" can crossover with one another, making a distinction between them blurred.

  On p.102, we see a case in which a medical work takes on aspects of a literary work. It is a "fill-in-the-blank form" published in 1778 to aid in easily producing a medical chart/record for a patient, in which the doctor can fill in the pertinent data. Medical records based on such forms were quite common in the period.

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  The doctor can begin by including information one would typically expect, such as the name, age, and symptoms of the patient. It then goes on, however, to describe failed treatments by other doctors as "murder" and then suddenly stress the amazing success of the present treatment and how it surprises even the doctor himself and astonishes relatives. In this way, the medical record reads as if it comes from the scene from a highly dramatical play.

  In Dr. Fukuda's commentary, he suggests that such sensationalism was deemed necessary to add to the credibility and vividness of the record. Reading such records gives the reader a certain sense of enjoyment or entertainment, as if they were reading the script from a dramatized literary work.

  Now let us look at another example from the book (p. 30-31). Can you tell which of the two is the original medical book?

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  It is the one on the left. This was a medical book written by a skilled medical practitioner from the early Edo Period named Dousan Manase, a book which was in widespread use at the time. On the right, however, you see a literary work which imitates the original medical book in order to get people's attention. In this parody, a prescription to cure a "distortion of the mind" is written by merely making an analogy to the medical book. Doctors can cure optic and oral distortions, but not distortions of the mind. You can see in the lower part of the right-hand figure an itemized section which resembles a list of medicines, but which is actually a list of books of moral teachings and Dangibon books (literary works that contained both humor and teachings popular in the Edo Period). In this way the parody plays on the medical book, and it only worked effectively based on the presupposition of the fact that "Deviated eyes and mouth lead to optic and oral distortion" was widely known to people.

  Such medical texts stood not as specialized books, but were treated as "reading material". We need to throw out the preconceived notion of seeing literature and medical books as being completely separate entities with no common ground, and then we can realize the value in reading medical works published in the early modern era.

  This present work discusses books that require a knowledge and an understanding of the world of medicine and medical herbs especially for people who have not studied medicine in order for them to understand these "literary works".

  As the title of this book, "The 'Literature' You see in Medical Books", clearly suggests, we can find elements of what we would commonly consider to be "literature" contained in medical works.

  You could say that Yasunori Fukuda is opening a new window onto the study of literature.

  The book consists of the following sections:

Introduction
Chapter One: "Medical books"? or "Literature"?
Chapter Two: Chikusai; a Fictional Quack Doctor beloved by readers during the Edo Period
Conclusion: New Fields of Edo-Period Literature

  In the first chapter, the author begins with an analysis of a book titled "Isha Dangi (Lectures for Doctors)", a work which can not be easily categorized as a medical book or a literary work, but rather takes on both roles. He then goes on to provide an overview of other works which, at first glance, have the appearance of medical books, and then follows this with a discussion of medical records from the Edo Period.

  The second chapter centers upon a work called "Chikusai", which is considered to be a representative of kanazoshi, or "books written in kana" and has been called an exemplary novel from the modern period. It also discuss books that are in the same category as "Chikusai" and other relevant material from the viewpoint of the Manase "School" of medical science.

  The final section provides us with general observations and conclusions based on the analyses and discussions of the earlier sections.
  Even the reader who wants to look into medical books from solely literary point of view will still need some basic medical knowledge. With this book, Yasunori Fukuda has provided us with entertaining and insightful perspectives on how to create a foundation which will allow us to enjoy this intriguing area of literature.

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●中醫經典被「另類改編」成娛樂刊物!?○陳 羿秀[お茶の水女子大学(院)]―福田安典『医学書のなかの「文学」』(笠間書院)中文紹介文公開

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福田安典『医学書のなかの「文学」』(笠間書院)の、陳 羿秀氏による中文紹介文を公開いたします。

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福田安典『医学書のなかの「文学」 江戸の医学と文学が作り上げた世界』(笠間書院)
ISBN978-4-305-70804-5 C0095
A5判・並製・カバー装・280頁
定価:本体2,200円(税別)

○本書の詳細はこちらをご覧下さい。
http://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305708045/

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中醫經典被「另類改編」成娛樂刊物!?

陳 羿秀[お茶の水女子大学(院)]

 在日本江戶時代(十七世紀初至十九世紀後半)出現了一些需具有醫學(指以中醫理論為基礎的日本漢方醫術)知識及須精通相關醫學著作方能理解的文學作品。而從事這類著作的作者抑或其讀者,具有醫學背景,平時可能一面運用醫書從事醫業,一面卻將這些嚴肅的醫學專書改寫成通俗文學作品,或成為其讀者。因此,醫學專書既是他們賴以為生的工具;亦是其自娛自樂的一種方式。

 然而,隨著時代的推進,從事醫學著作改編的作者漸漸的已不侷限為醫師,一些非醫師本業者也加入改編醫書以娛樂大眾的行列,使原本枯燥乏味的醫學經典,經由作者巧妙的改寫後,搖身成為通俗的大眾文學,使作者與讀者層面擴大,即使非醫學專家的讀者也能藉由閱讀這些作品而間接獲得醫學相關知識。但對他們而言,閱讀這些讀物的初衷並不是為了獲得醫學知識,而只是單純為了打發時間並娛樂自己而已。

現代人潛意識裡認為醫學與文學是各屬不同的領域,但於江戶時代,醫學與文學確實是無法分類的。而藉由這些具有娛樂性質,但卻也需有醫學或本草知識才可理解的醫學改編文學,印證醫學與文學是可相容的,且經由改編者的巧思將其發揮得淋漓盡致。透過這些漢方「醫學」經典改編成的詼諧「文學」作品,闡明醫學與文學間的關係,是本書作者福田安典教授特別想深入探討的。

 於江戶時代的確存在不少需要醫學知識才能理解的文學作品,例如在江戶中期,有一本在日本京都出版以妓院為題材名為《本草妓要》寶曆年間(1751─1764)的庶民文學,《本草妓要》的書名是參照《本草備要》而命名,即使是序的部份也依據《本草備要》的和刻本(於日本刻版複製且漢字旁附有日文讀法之中國書籍)的「序」逐字改寫成符合妓院情境的內容。而內文中的插圖〈妓類附圖〉(圖1)則仿照李時珍的《本草綱目》中之〈木部香木類附圖〉(圖2),將原本為植物圖鑑的內容, 詼諧改編成各類層級妓女的使用器具示意圖。提及《本草綱目》,江戶時代中後期出現許多看中《本草綱目》的知名度,而模仿《本草綱目》的書名,藉以吸引當代讀者的注目,進而換取銷售量的文學作品。譬如明和5年(1768年)出版的《加古川本草綱目》,其書名即是融合《本草綱目》與當代知名的淨瑠璃劇本《假名手本忠臣藏》中的出場人物「加古川本藏」,本書除了書名及故事最初介紹本草學歷史的部分參考《本草綱目》「歷代諸家本草」之外,其餘的內容與《本草綱目》皆無關係;而文政2年(1819年)出版的《本草盲目集》是本娛樂取向刊物,其書名雖取自《本草綱目》之諧音,但內容與《本草綱目》毫無相關,若將《本草盲目集》(圖3)與《本草綱目》(圖4)的封面擺在一起,應可更清楚看出兩書性質之差異。


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《本草妓要》(圖1)
「太夫,天神,白人,藝子為關西地區妓女之階級名稱」

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《本草綱目》(圖2)

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《本草盲目集》(圖3)

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《本草綱目》(圖4)

 《本草妓要》與上述作品相對照,其不僅是書名參照醫學著作,文章主體內容也依照當時日本京都著名的漢方醫師香川修庵的兩本著作《一本堂藥選》和《一本堂行余醫言》來作巧妙的通俗化。例如:
 
凡藥之美惡真偽故,醫人之所當識辨,藥不真美病不可癒。《一本堂藥選・凡例》
凡妓之美惡真偽故,嫖客之所當識辨,妓不真美茍不可買。《本草妓要》

 以上兩則對照可顯示出經過改編後,能將一本原來生澀的醫學專書轉換成會心一笑的刊物。因此,若想要了解《本草妓要》究竟如何被<另類>改編,必須要先精通《本草綱目》及修庵的《一本堂藥選》《一本堂行余醫言》,以它們作為基石,才能完全理解本書的詼諧之處;但遺憾的是《一本堂行余醫言》的刊本至今尚未齊全,當時此書的流傳僅靠其子弟間的抄寫本,一般大眾無法窺其全貌,可見《本草妓要》的作者及讀者必然是精通修庵著作的人,例如都賀庭鐘這位修庵的得意門生,他擅於寫雅俗共賞的作品,就極有可能是此書的作者或讀者。本書屬當代典型的醫書改編著作,這類的作品可能當時在同好之間私下流傳,而其作者或讀者就如同都賀庭鐘一般,一邊從事醫業,一邊於閒暇時將醫書改編成妓院文學用以抒發壓力。

 修庵是提倡儒醫一體的古方派(江戶中期興起的漢方醫學門派,批判宋代以後的醫學著作,提倡重現宋以前的醫學療法)大家,但因其個性擇善固執,而易引發當代文人對他的嘲諷,如平賀源內在他的《放屁論》等著作中對他嘲弄和批判;但也有敬佩他的人,比如曾私淑修庵的江戶後期漢方醫師橘南溪,就曾在其隨筆《北窗瑣談》裡提到修庵年少時因太忙於醫治病人,而不曾在行醫時中途如廁的軼事,諸如此類的逸聞,傳為美談,可見其行醫之認真態度。而其弟子中自然有景仰這位老師者也有嘲弄的,對他的弟子而言,平時奉老師的著作為金科玉律,當一旦脫下醫袍化為文人騷客時,老師的著作即刻轉變成他們調侃改編的對象。

 《本草妓要》一書出乎意料的受到當時讀者們的熱烈歡迎,而不斷的再版,其讀者群也擴展至修庵的弟子以外的一般民眾,而這本書的讀者大多是不精通醫學的門外漢,他們有可能會發現這本書與修庵的著作有相關,進而在閒暇時將修庵的著作找出來閱讀嗎?還是只有醫生才能看穿本書與修庵著作的關連呢?若真為了將《本草妓要》「融會貫通」,而特地去翻閱如《一本堂藥選》等專業醫書的讀者存在的話,那麼,我們是否可說修庵的著作不僅只是醫學專書,並具有近似文學讀物般的存在意義呢?從《本草妓要》書中所舉的例子可知於江戶時代醫書與文學作品的界線比現代人想像中更為模糊。

以下再舉一例,各位是否可分辨出A與B何者為醫學作品,又何者為文學作品呢?

A太陽病,項背強几几,無汗惡風,葛根湯主之。
B知是太陽病,脈浮頭項強,藥方何所主,仲景葛根湯。

 A是醫學書《傷寒論・弁太陽病脈證并治》裡的醫學理論,而B為文學作品《茶果子初編》裡的五言絕句,這首詩在文句上很難說它有改變成詼諧的詩文意味,只是將《傷寒論》的文章改寫成韻文以利於當代人背誦;它的重點並不在於其文學價值,而在於它不僅是作者自得其樂的小品文,且因獲出版商青睞,將其印刷成為民間廣為流傳的讀物。由此觀之,醫學經典也因改寫成為大眾文學而使讀者群擴大。

 江戶中期的醫師兼文人勝部青魚曾於《剪燈隨筆》中提到,當時的思想界流行伊藤仁齋等人的古學派(否定宋明理學,強調回到孔孟時代的復古運動),而此派之風氣傳至醫學,更甚至影響國學(盛行於十七十八世紀的日本,專門研究考據日本古代文學與神道),以致萬葉集和歌的研究因而盛行。換言之,當代確實有文人認為儒學的古學派影響擴及到醫學的古方派甚而再傳至國學的研究,可見醫學融合文學,它們之間的相關性在那個時代是有其脈絡可尋的。綜觀前所述,現代人總認為醫學與文學是不相關的領域,但這樣的分類法卻無法完全掌握江戶文化之全貌。期盼各位讀者能透過本著作,對江戶時代的醫學與文學之間的關係有全新的認識。

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●文芸評論家の川西政明さん死去(共同通信)

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謹んで哀悼の意を表します。

【「武田泰淳伝」など文学者の評伝や作家論を数多く手掛けた文芸評論家の川西政明(かわにし・まさあき)さんが26日、急性心筋梗塞のため死去した。75歳。大阪市出身。】
つづきはこちらから。共同通信。
http://this.kiji.is/141736057601032196

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●2016年度甲南女子大学公開講座&クリスマスチャリティーコンサート「宮沢賢治生誕120周年記念ーもうひとつの宮沢賢治ー」(2016年12月8日(木)〜第4回 ※要申込)

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講座&コンサート情報です。

●公式サイトはこちら
http://www.konan-wu.ac.jp/news/detail.php?id=1898

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2016年度 甲南女子大学 公開講座&クリスマスチャリティーコンサート
〈東日本大震災復興支援〜神戸から音楽のエールを!Vol.9〜〉「宮沢賢治生誕120周年記念ーもうひとつの宮沢賢治ー」の参加者を募集しております。
生誕120周年を迎えた宮沢賢治は、現代に至っても国語教科書の定番であり続け、多くの人々に親しまれています。今年の公開講座は、教科書とは少し違った視点で眺めることによって、もうひとつの賢治を追求し、新しい賢治像を生み出すことを目指します。
参加ご希望の方は、以下の開催概要をご覧いただきお申込みください。みなさまのご来場をお待ちしております。

■ 講座内容
回 開催日・時間 テーマ 講師・出演

第1回 12月8日(木)14時〜16時
宮沢賢治の愛と性
信時哲郎(本学日本語日本文化学科教授)
宮沢賢治は37歳の生涯を独身で過ごしました。しかし岩手の山々、岩石、植物、星や月を愛し、また、古今東西の文学や絵画、音楽を愛した賢治が人間を愛することがなかったわけはありません。賢治は愛について、性についてどう考えていたのでしょうか。第1回ではこのことにスポットを当ててみたいと思います。

第2回 12月15日(木)14時〜16時
宮沢賢治と鉄道 信時哲郎(本学日本語日本文化学科教授)
東北本線が賢治のふるさと・岩手県花巻を走るようになったのは明治23年。賢治が生まれるよりも前でした。しかし、岩手県下に鉄道網が広がるのは大正時代。つまり賢治の青春時代と一致しています。第2回では、岩手県の鉄道の歴史と賢治について考えてみたいと思います。

第3回 12月23日(祝)13時〜16時45分
宮沢賢治と音楽 〜宮沢賢治学会地方セミナーin神戸〜 浜垣誠司(精神科医)、
佐藤泰平(立教女学院短期大学名誉教授)、林晶彦(ピアニスト・作曲家)
第3回は、宮沢賢治と音楽についての講演です。「宮沢賢治の歌曲をめぐって」(浜垣誠司・精神科医)、「宮沢賢治の音楽『賢治がゴーシュに託した夢』」(佐藤泰平・立教女学院短期大学名誉教授)。また、林晶彦(ピアニスト・作曲家)によるピアノ演奏。パイプオルガンの演奏も予定しています。なお、第3回は宮沢賢治学会イーハトーブセンターと神戸賢治の会の主催による「宮沢賢治学会地方セミナーin神戸」を兼ねます。

第4回 12月24日(土)14時30分〜16時
賢治の愛した音楽―オーケストラとパイプオルガン― 〜クリスマスチャリティーコンサート〜 芦屋交響楽団、土橋薫(オルガニスト・本学メディア表現学科非常勤講師)、信時哲郎(本学日本語日本文化学科教授)、
本学合唱同好会、甲南女子中高コーラス部
第4回は、賢治の愛した音楽と題して、賢治が作曲した曲、また、愛した曲を選んだコンサートを企画しました。主な曲目は、応援歌、星めぐりのうた(宮沢賢治)、トッカータとフーガ・ニ短調(バッハ)、交響曲第5番「運命」第1楽章、交響曲第6番「田園」第1楽章(ベートーヴェン)、交響曲第9番「新世界より」第2楽章(ドヴォルザーク)、トロイメライ(シューマン)、讃美歌「いづれのときかは」、「主よ御許に近づかん」。演奏は芦屋交響楽団、土橋薫(パイプオルガン)、本学合唱同好会、甲南女子中高コーラス部。なお、第4回は「クリスマスチャリティーコンサート」を兼ねます。
※第4回当日のみ、ご来場の皆様より募金を募らせていただきます。募金は全額、あしなが育英会「あしなが東日本大震災遺児支援募金」へ寄付させていただきます。

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●人文科学とコンピュータシンポジウム 「じんもんこん2016」(2016年12月9日(金)〜11日(日)、国文学研究資料館・国立国語研究所)

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研究会情報です。

●公式サイトはこちら
http://jinmoncom.jp/sympo2016/index.html

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開催概要
日程 2016年12月9日(金)〜11日(日)
9日(金) 招待講演・アイデアソン(参加無料)
10日(土)・11日(日) 口頭発表・ポスター発表
会場 国文学研究資料館 ・ 国立国語研究所 (東京都立川市)
主催 情報処理学会 (IPSJ) 人文科学とコンピュータ研究会 (SIG-CH)
共催 国文学研究資料館 ・ 国立国語研究所
後援 アート・ドキュメンテーション学会
記録管理学会
情報知識学会
情報メディア学会
全国歴史資料保存利用機関連絡協議会
電子情報通信学会
日本計算機統計学会
日本行動計量学会
日本デジタル・ヒューマニティーズ学会
日本統計学会
日本図書館情報学会

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●明治大学和泉キャンパス図書館内ギャラリー「演劇人、詩人、文学者としての唐十郎展」(2016年9月30日(金)~10月10日(月))

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展示情報です。

●公式サイトはこちら
http://www.meiji.ac.jp/bungaku/info/2016/6t5h7p00000lx4bf.html

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2016年9月30日(金)~10月10日(月)
 和泉キャンパス図書館内ギャラリーにおいて唐十郎企画展「演劇人、詩人、文学者としての唐十郎展」を実施します。
 あなたの知らない世界の扉を開いてみませんか?
 連動企画も盛り沢山

チラシ「演劇人、詩人、文学者としての唐十郎展」
   唐十郎展連動企画